ウェンディール王家



ふう、と一息吐き出した国王は、手を目元から外すと今度は俺を見据える。

あ、俺の番か。

…けど、俺の望みなんて…。


「望みを言うがいい、ヴィンセント・セレナード。其方の家に爵位を与えるも良し、気になる娘がいるのならば…その娘を望むも良し…なんでも構わぬぞ」

「ええと、では恐れながら…」


なんもないです。

…と言うと王家に恥をかかせることになりかねないんだよな。

王家は使用人1人の望みも叶えられなかったのか、なーんて陰口を叩く奴が現れかねないので。

それなら何か…望みを口にした方がいい。

俺の望みなんてお嬢様のご無事と幸せのみだ。

でも、お嬢様の幸せがなんなのかは正直よくわからない。

お嬢様に聞けば答えてくれるのかもしれないが、この人「民の幸せがわたくしの幸せよ」とか言いそう。

なので…。


「亜人族を…この国の民として認めてはいただけませんか」

「なんだと…⁉︎」


ダメ元だ。

でも、もしも…あいつを『代理戦争』に『人間族の代表の1人』として連れて行けたなら…俺たちの生存率は確実に跳ね上がる!

クレイの魔力属性は全従者唯一の『闇属性』。

全ての『攻撃魔法無効化』なのだ。

なによりレオと遜色ないステータス(だったはず)…。

バカみたいな身体能力は星降りの夜のダンスホール崩壊時に見せつけられている。

あいつがいればすごい戦力アップ間違いなし!


「亜人族をこの国の民とし、『代理戦争』勝利に協力してもらってはいかがでしょうか」

「…⁉︎ 貴様、正気か⁉︎」

「陛下、その考えには僕も賛成です」

「なんだと、レオハール⁉︎」

「恐れながら、俺も賛成です」

「エディン⁉︎」


お?

レオとエディンも手を挙げてくれた。


「亜人族の身体能力の高さは獣人族と遜色ありません。我ら人間族の身体能力はどんなに鍛錬を積み、『記憶継承』で技術を引き出しても獣人族のような頑丈さまでは手に入れられません。僕も力を使い過ぎれば肌が裂け、怪我をしてしまう…。でも、彼らは半分が獣人や人魚たちなのです。この間の星降りの夜、同じタイミングで剣を振ったのに彼の方は至って平気そうでした。あれは生来のものでしょう」

「…………亜人族…を、いや…しかし…」


ああ、レオは剣ぶっ壊したしな…。

驚いたわ、剣ってあんな壊れ方するんだと思った…。

根元から刃が折れただけでなく、柄がひしゃげてて素直にゾッとしたっつーの。


「星降りの夜に現れ、マリアベル元妃を捕らえた亜人は人の目で動きを捉えるのも難しかった。陛下、あの亜人を我ら人間族の協力者に迎えればレオハール殿下の生存確率が跳ね上がると思います。確かに、亜人たちを受け入れる土地を探すのは多少困難とは思いますが…それで我ら人間族の宿願…覇権の奪取が近づくのであれば、利用出来るもの全て利用されてはいかがでしょう?」

「ふむ、悪くないかもしれませんね。セントラルでは難しいが、地方の未開の土地でも与えれば…」

「彼らもあまり寒いところは得意ではないんじゃないかな。…南の方がいいんじゃない?」

「殿下…相手は亜人なのでしょう?」

「でも亜人族の半分は我ら人だよ? 彼らは先人たちの血を引いている、同胞だよ。そんな扱いはやめて欲しいな。僕もクレイとは仲良くしたいし…」

「レオハール…」

「すみません、陛下…でも、僕は…」


アンドレイ様もニンマリ顔で俺たちの味方になってく…味方?

あれ、味方になったのかと思ったら意外とそうでもない?

苦い表情の国王に謝るレオだが、お前が謝る必要はないと思うぞ!

そもそも言い出しっぺは俺…。


「いや、次期国王のお前がそうしたいのなら好きにすればいい。ただし、その土地の民を説得するのは簡単ではないだろう。…それに、勝利のために亜人の力を利用するのは…確かに合理的だ。奴らは我ら人間族よりも強い生き物だからな…。勝利の暁には土地と権利を与えるのも良いだろう」

「なんと、陛下…」

「レオハールがそれを望むのだ。アンドレイ」

「………分かりました。サウス区の、人の住まわぬ土地を用意しておきましょう」


…………あれ、なんか…もしかして…。

うまく、いった?


「……陛下、熱が上がりましたか…?」

「お前が言い出したことだろう」

「そ、そうなんですけど…陛下が僕の提案をのんでくださるのは初めてで……あ、あまりご無理はなさらないでください」

「…………」


…こ、ここの親子関係も歪んでるなぁ…。


「ヴィンセント・セレナード」

「は、はい」

「其方の望みは亜人族の者の協力次第で叶えられるだろう。これで満足か」

「は、はい! ありがとうございます」

「……全く、ローナ嬢といい、其方といい…こんなに毒のない願い事など初めてされた」

「ははは、うちの娘とその執事は良い子だろう?」

「…ふん、貴様に似なくて良かったな」

「ほんとだよな〜。あ、でもそれ言ったらレオハール殿下もお前に似なくて良かったね〜。あははは」


笑い事ですか旦那様…。

場の空気が完全に渇いた笑いに包まれてますよ…⁉︎


「……ふぅ…」

「大丈夫か、バルニール。オズワルド殿下の話はまた今度にするか?」

「いや、それのことは早急に調べねばならん。知っていることを報告しろ」


…?

オズワルド、殿下?

レオはマリアンヌと2人兄妹じゃないのか?


「ローエンスさん、どなたですか?」

「…レオハール殿下には兄君がいたらしいよ。生まれて間もなく亡くなられた為、お披露目もされず知っている貴族も少ないようだけど」

「そうだったんですか…」


そういえばレオもエディンがたまたま城に忍び込んで友達にならなければ存在を公表されていなかったらしい。

レオの場合は国王が『兵器』として『作った子供』。

世間的に見れば正式な王妃と側室ですらない『下女』との浮気。

エディンと出会わなければ存在そのものを秘匿されて戦争に駆り出されていたと言うのだから…………やっぱクズだ、この国王…。

…でも、そうなるとそのオズワルド殿下とやらは亡くなっているんだよな?

なんでその名前が今出てくるんだ?

とりあえず、一歩下がってローエンスさんと共に旦那様の話を聞くことにする。

そもそも、俺のように『オズワルド殿下』なる人物の存在を初めて聞いたお嬢様やケリー、スティーブン様、ライナス様もキョトンとした顔だ。

なのでスティーブン様が「あの、レオ様」と手をあげる。


「どうしたの、スティーブ」

「オズワルド、殿下? とは…」

「あ、そうか…知らない人が多いんだっけ。…僕の異母兄だよ」

「な、なんと⁉︎ レオハール様には兄君がいらしたのですか⁉︎」

「うん。正妃…まあ、当時だけど…母君はユリフィエ様。2歳くらい年上だね、生きていれば…」

「亡くなられたのですか?」

「そう、だね……お身体が僕ほど強くなかったみたい。お生まれになってすぐに体調を崩されて、そのまま…。だから世間的には流産された、という事になっているよ」

「…では、ユリフィエ様が御子を流産されたために正妃の座をマリアベル様に譲られたというのは…」

「スティーブン」

「も、申し訳ございませんっ!」


宰相様に怒られるスティーブン様。

けど、それ酷いな…。

王家のお妃事情にそんな事があったのか。

でもそれって、そのユリフィエ様って人は全然悪くないじゃん。

マリアベル元妃に入れ込んだ国王が、マリアベル元妃を正妃にするための口実…って事だろう?

さ、最悪すぎる…。

…あれ、ディリエアス親子が物凄く不機嫌そうになったんだがどうかしたのか?


「…………良い、アンドレイ…事実だ」

「はぁ…。なんにしても、陛下の正式な婚約者であり、正妃であったユリフィエ様がご懐妊され、そのご子息としてお生まれになったオズワルド殿下はご存命ならば第1王子…。無論、正妃の息子として王太子となっていた事でしょう」


と、宰相様が首を横に振る。

…ふーん、そうなのか…正妃の息子。

その王子が生きていればレオはもう少しまともな生活を送れていたのだろうか?

…でも母親が全員違う兄妹って事になるんだよな?

あんま良さげな気配がしない。

しかもレオの母親は身分も低いし。

これまでよりもっと不憫な扱いだったかも。

いや、もちろんマシだったかもしれないけど。


「…ええと、それで…その、オズワルド殿下のお話がなぜ今出てきたのですか?」


と首を傾げて話を促したのはケリー。

それもそうだ、亡くなった人の話がなぜ今出る?

すると旦那様が相変わらず笑顔で「それがね」と話始めた。


「ルコルレ街を発展させていく中で面白い話を聞いたんだ。…実はオズワルド殿下の墓は作られてすぐに墓荒らしに遭い、暴かれてしまった」

「なんと⁉︎ 王族の墓を暴く愚か者が⁉︎」

「いいや、ライナス君。オズワルド殿下はそもそもこの世に生まれていない事になっていたから、それが王族の墓であると墓荒らしが知っていたわけではない。…私にこのことを懺悔してきた者たちは、その墓を暴いたのは「墓から赤子の泣き声がしたので、生きているのに埋められてしまったのではないかと思い、助けただけ」と言ってきた」

「え…?」

「⁉︎ お父様、それは…」

「オズワルド殿下は墓に入れられた後に息を吹き返したのだとしたら」


ハッと息を飲む。

…この国の墓は…土葬。

しかし貴族や王族は石の土台に遺体を寝かされ、その周りを古墳みたいにレンガの部屋で覆われる。

だから、墓に入った後に息を吹き返したとして…そこから助け出すことは難しくはない。

でも、それよりももっと重要なことがある。

…………いや俺ぶっちゃけそのオズワルド殿下とやらのこと全ッッッ然知りませんけど⁉︎

ゲームで名前も出てませんけど、それは…!

…………まさか…『トゥー・ラブ』の、隠れ攻略キャラ…?

ほとんどの攻略サイトやネタバレサイトにも『出現させるのが鬼難しい最強の隠れキャラ』として数多の戦巫女(プレイヤー)たちが「アップデートか完全版の発売を待つ」と挫折したと言われる伝説の?

メイン攻略キャラ5人、敵国4人、追加攻略キャラ5人、そして無印隠れキャラのミケーレ…全員を、3人のヒロインで全て攻略し…ハーレムルートを含む全てのエンディングを制覇。

その上でレオハールルートに追加されたという『戦闘難易度・鬼』で出現する『真のラスボス』を倒すと次の周回でようやくプレイ可能になるという…戦巫女(プレイヤー)たちの心をこれでもかというほど折って折って叩き折りまくった末の『トゥー・ラブ』隠れキャラ…。

名前はおろかビジュアルもボイス担当もプロフィールも全てが謎に包まれており、もはや存在そのものを怪しむ声すら出ていた戦巫女(プレイヤー)泣かせすぎて本当に伝説と化した…あの⁉︎

…………なのでオズワルドというのが『トゥー・ラブ』の隠れキャラかどうかもわかんねーや…。


「…レオハール」

「ふぁ⁉︎ は、はい」

「その話が本当だとしても次期王はお前だ。あまり狼狽えずに聞け」

「! …は、はい…」


…国王…。

……、…そ、そうか…それなら…もう権力争いみたいなのは起きないと思っていいんだろうな。

まあ、確かに政治から離れていた王子や姫に王位を継がせるのは不安すぎる。

…特に、姫の方は!


「オズワルドの話を出してきたのは、お前が子を残せずに戦死した、最悪の場合を想定してのことだ」

「…………」

「マリアベルの話から、本物のマリアンヌは平民として…飢えや寒さ、流行病で死んでいるかもしれない…。無論、オズワルドも同じだろう……そして、王族である自覚もないはずだ。…最悪、2人とも生きていない可能性がある…」

「その場合はやはり陛下に頑張って頂くしかありませんな」

「…………」


にこやかな宰相様。

その言葉に、ますます縮こまる国王。

…レオが子供を残せなかった場合…か。

マリアンヌ…マーシャは健在なのを一応知ってる身としては複雑だな。


この国、ウェンディール王国の王族…ウェンディール家は女神エメリエラと契約して『記憶継承』を与えられた無二の一族。

故にこの国の者たちはこの一族を大切にしている。

ウェンディール家に王位を与えたのも、その血を守るためというのが最もな理由。

王家が『記憶継承』の能力が出やすいのは、女神と契約したから…。

『記憶継承』の力を守るために、ウェンディール家の血は絶やしてはならない。

これはこの国の最も重要な『常識』。

ウェンディール王家の血が絶えたら…それは…500年周期の『大陸支配権争奪代理戦争』の切り札になる『記憶継承』が失われるということと同じだからだ。



「陛下が若い頃にもっと頑張ってくだされば良かったんですけどね〜」

「無茶を言うな…!」

「レオハール殿下は頑張ってください。なんなら、10人くらい側室を迎えてもいいですからね!」


…と、無茶苦茶言う宰相にレオが無言で首を横に振る。

もはや言葉も出ない無茶振り。

…だから、この人だけお城で1人テンションがおかしいよ…!


「こほん!」


ディリエアス公爵が大きめに咳払いをして、宰相様を止める。

そうだよ、まだ旦那様の話は途中だったよ…!

皆が気を引き締め直して、旦那様に「それで…」と言う視線を送る。


「うん、それで一応調べさせた。ルコルレ街で王家の墓と知らぬまま、墓の中で泣く赤子を連れ出した者たちの話を聞き、そして、育てたという者たちを見つけたよ」

「! では、オズワルド殿下は生きていたのか⁉︎ 殿下を見つけたという事だな、リース伯爵⁉︎」


ディリエアス公爵が前のめりになり、旦那様に詰め寄った。

…確かに、その証言が本当なら…。

あの場所は昔スラムだった。

身寄りのない者が寄り集まり、子供も赤子もみんなが少しずつ協力して育てる…俺もその1人。

その街で王家の血を引く…王子が育てられていた…って…マジかよ…!

金髪青眼の子なんて居たかなぁ…?

同い年くらいの子供は10人くらい居たが…金髪青眼……あ、金髪の奴は1人いたな…。

でもあの子、女の子だった気がする。

あの街の子供は大体小汚かったから最初は金髪だと分からなかった。

目の色は思い出せない。

それにあの場所の子供は一括りに「ガキ」「チビ」「小僧」「小娘」等のNO固有名詞だったからな〜…。


「この子がその子だよ」


ぽん。

と、旦那様が肩を叩く。

そう、俺の。


「……………………」


ん?

俺の?

なんで俺の肩……?


「…………?」


話の流れ的に、なぜ俺に視線が集まるのだろう…?

…………あ?

旦那様、今なんと…?




「…………………………………………はい?」




今、なんと仰いました……?





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る