番外編【レオハール】4





「へえ、スイートポテトケーキというの? ポテト…」

「ああ、なんでも甘い品種の芋があるんだと。それで作っているから砂糖を使わなくとも素材の味だけでかなり甘い。俺も試食したが、なかなかだった」

「ほんと? わあ、楽しみだなぁ〜」


監禁状態にされて早2週間…あれ、2週間くらい経つっけ?

…そろそろ日付の感覚が怪しい。

でも今日は12月12日、僕の誕生日だ。

二階の僕の私室には、木を登って現れたエディンが居る。

テラスを開けて招き入れると、ヴィンセントとスティーブンが作ってくれたというケーキを手渡された。

こんなの持ったままよく木登りなんて出来るな、と思うけど…そこは『記憶継承』で身体能力もかなりいいエディンだからこそかも。

箱をテーブルに乗せて、開けてみる。

黄色く丸いケーキが綺麗な形で入っていた。

なんて素朴な甘い香りだろう。


「エディンも一緒に食べようよ」

「俺はもう試食で食べた」

「だって1人じゃ食べきれないし」

「はぁ…」


庶務机から椅子を一つ持ってきて、テーブルに添える。

もとからテーブルに備え付けの椅子にエディンを座らせて、食器棚から小皿とフォークとケーキナイフを持って戻った。

本当は僕1人でも食べきれるようにヴィンセントとスティーブが気を利かせて、それなりに小さなサイズだけど…誕生日ケーキを1人で食べるなんて寂しい。

エディンもそれを分かっていて椅子に座ってくれた。

適当に四当分して、一つを小皿に乗せる。


「お茶は?」

「んー、あった方がいいが…お前マリー姫のところで飲んできたばかりじゃないのか?」

「んー…」


時間は午後4時過ぎ。

なので、まあ…エディンの言う通り。

僕の部屋の食器棚がやけに充実していることに勘付いたんだろう。

監禁状態になってからは3時のお茶会は僕の部屋で行われるようになっている、という事に。


「…でもエディンは飲みたいんじゃない? いいよ、せっかくのケーキだし淹れるよ」

「いや、いい。あんまり証拠残すのもまずい」

「あはは」


エディンらしい気遣いだ。

女性の部屋に忍び込んでいる時もこんなこと言うんだろうな。

まあ、そう言われては仕方ないので行儀は悪いけど…。


「なら、僕と回し飲み」

「それなら飲む」


カップが一つなら、もし誰かが来てもバレない。

まあ、椅子が二つテーブルにあったら鋭い人間だとバレそうだけど。

こういうのは少しスリリングで楽しい。

茶葉とお湯をポットに淹れて、席に座る。

少し蒸らしてからカップへ注ぐと、それをまずはお客様であるエディンに差し出す。


「みんな元気?」

「まあ、自己管理が出来ない奴はいないな。お前こそ勉強はどうしてるんだ? 流石に仕事ばかりしているわけじゃないんだろう?」

「うん、まぁ…午後は出来るだけ勉強するようにはしているよ。…午前中は仕事ばかりだな。途中でマリーが部屋に来るから午前中じゃないと仕事出来ない」

「優先順位おかしくないか? 一応学生だろうが、お前。…というか、お前のこの状況、陛下は何も言わないのか?」

「そうだね〜…」


…いや、そもそも知ってるのかな?

陛下とはまずプライベートで半年に一度…王誕祭と女神祭の時にしか会わないからなぁ。

あとは大体従者の人伝(ひとづて)…。


「耳に入っていても、今は魔宝石の変化に夢中かも」

「? 魔宝石になにかあったのか?」

「女神祭の後、目に見えて輝きが増したんだ。エメリエラの存在が安定し始めたらしくて、最近は手をかざすと疲労が取れたり目のこりや肩こりが治ったりするんだよ」

「……な、なんだその微妙な効果は…」

「エメリエラは治癒の力を持つ女神なんだって。その魔力を他の者が借り受けることが出来れば、その者の魔力属性に関わる魔法が使える。…魔宝石そのものには攻撃に特化した魔法はないらしいよ」

「戦いには使えないって事か」

「そうだね。…人を癒す力はあるけど…傷つける力はない…」

「…………」


その事をエメリエラから聞いて、陛下に話した時の顔といったら…。

それはもうすごいお怒りようだったなぁ。

…結局、女神祭でもエメリエラを見ることのできる令嬢はいなかった。

中継地点となる乙女は未だ現れない。

僕は正直それでもいいかもと思っているけど…陛下は魔宝石に力が現れ始めてからというもの、何が何でも女神の力の媒体になる乙女を探し出そうとしている。

媒体がなければ、攻撃の魔法は手に入らない。

治癒の力があっても今のままでは肩こりだの疲れだのを癒す程度。

戦争という苛烈な場所で役に立つとは思えない。

目を伏せた。

陛下は女神エメリエラの事を僕と同じような道具として“使う”事しかお考えではないらしい。

だから王族であるにも関わらず、エメリエラを“視る”事が出来ないのだろう。


「エメリエラの存在はどんどん安定してきている。それでも2年後の戦争に実践投入するには、器の乙女がどうしても必要になるだろうね」

「だが貴族の中で女神を視認出来た令嬢は居なかったのだろう? どうするつもりだ」

「侍女やメイドなどにも範囲を広げて探すらしいよ。…エメ曰く、無駄だろうとの事だけど」

「…………。マーシャは?」

「うん? マーシャ? …何故?」


何故か少し考えて、出てきた名前に首を傾げる。

確かにあの子は女神ティアイラスが好む金髪青眼ではあるけれど…。


「…レオ、お前ももう分かっているんだろう? マリー姫はお前の本当の異母妹(いもうと)じゃない。…俺もそれなりに調べている。…今のところ可能性が一番高いのはマーシャだ」

「ええ? 嘘でしょ?」

「確たる証拠はまだないが、証言者は見つけたらしい。もう少し情報が集まったら父上に渡す。…お前も覚悟を決めておけ」


…女神祭の前に…魔宝石の媒体となる乙女探しが始まった頃、真っ先に陛下はマリアンヌをエメリエラに会わせた。

“王族”ならば器の乙女になり得るかもしれないと思ったからだ。

でも、エメリエラは首を横に振るどころか『この娘は王家の血が一滴も流れてないのだわ』と言い放ったんだよね。

少し、驚いた。

でも僕はそれを誰にも言っていない。

…陛下も、誰も…きっと『僕にしか対話できない女神がそう言っている』と言っても信じないだろう。

それに、僕はマリーに王家の血が流れていなくても…国を支えられる器があるなら女王になってもいいんじゃないかと思っている。

王家の血の流れる僕の方こそ、人間族のために命を賭けるべきだ。

…もとよりそのために生まれてきた。


「……、…エディンもマリーは次期女王に相応しくないと思う?」

「誰がどう見ても、あれはこの国を滅ぼす。…お前がマリー姫と喧嘩したくないのは分かるけどな…ぶつかり合うのを逃げ続けた結果がこのザマなんだ。…これ以上膨張すれば、いずれ人の命まで喰らう化け物になるぞ」

「…………」


言い返す言葉もない。

俯いて、床を眺める。

確かに、僕が悪い。

陛下にしかマリーを叱れないからと、嫌な事を陛下に押しつけるように告げ口して…。

それで何かが変わったことはないけれど、それは自業自得だ。

怒るのは苦手なんだけどなぁ…。


「…なんにしても、お前を部屋に閉じ込めてリース伯爵家にも訳の分からん苦情の手紙を送りつけているそうじゃないか。俺がローナにまた婚約を申し込むつもり、という噂を流してようやく治まってきたが…」

「ああ、うん…」

「根本的な解決にならん。…お前の言葉も信じないんだろう?」

「そうだね…」


せっかくの甘いケーキなのに。

一口食べて、本当に砂糖の味がしない。

野菜の甘みとバターの塩気だけが口に広がって、とても、とても美味しいのに…段々味がわからなくなる。

……みんなに会えないのは…寂しいけど…。


「でも、別に僕は不自由は感じてないしね…」

「レオ、俺はお前にローナと向き合えとも言ったよな?」

「そうだね。…でも僕の中で彼女は神域だよ。…僕のような“物”が彼女の未来にあってはならない」

「……本気で言っているのか?」

「だってエディン、僕は…」

「建前を聞いているんじゃない。全部色々抜きにして考えろ。立場も未来も全部だ。ただ純粋に、あの辛気臭い無愛想女をどう思っているのか、だ」

「尊敬しているよ。憧れている…」

「それだけじゃないだろ」

「…………」

「レオ」


エディンの低い声。

真っ直ぐに僕を見てくる眼差しは、ローナに似ている。

…やっぱりお似合いだと思うんだけどな…君とローナは。


「だってありえない……どうして兵器が人を好きになるの? …僕は彼女が生きているだけでいいよ…それだけでいい…」

「……レオ…」


戦争で壊れて動けなくなっても、勝利さえすれば彼女の生きる未来は守れる。

僕はそれだけでいい。


「レオハール様」


コンコン、と木の棒で扉を叩く音と外の衛兵の声。

それに慌てて立ち上がり、椅子を庶務机に戻してカップを棚にしまう。

僕の慌てた姿にエディンも椅子から立つ。


「マリー姫か」

「うん、外の衛兵に頼んで来たら教えてもらってるんだ」

「ッチ…ベランダに隠れてる」

「え、寒くない?」

「他に隠れるところないだろ」


ケーキの箱を持ったエディンがベランダに出て扉を閉めた所で、マリアンヌの声が扉の外から派手に響いてきた。

あと、乱暴に扉を叩く音も。

…全く、仮にも王族として育てられたはずなのになんてはしたない…。


「お兄様! ちゃんと居る⁉︎」

「い、いるよ」


部屋を一度見回し、エディンが侵入した形跡がない事を改めて確かめてから溜息を吐く。

声やノックと同じく大変乱暴に開けられた扉。

入ってきたマリアンヌは部屋を見回してから「フン」と不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「どうしたの、マリー…お茶はさっき終わったよね? 今はお勉強の時間じゃないの?」

「抜けてきたの。すごくいい事を思いついたから、お兄様にも教えてあげようと思って」


それはサボりというのでは…。

笑顔を崩すことはなく、肩は下げる。

全く、どうしてこう勉強が嫌いなのか…。

『記憶継承』があってもちゃんと勉強しないと“思い出さない”事の方が多いのに。

後ろからついてきた新しい侍女があわあわとしているので、わざわざ教えにきたという「すごくいい事」は今日もろくでもないんだろうなぁ…。


「…なぁに、いい事って」

「星降りの夜に舞踏会をやるのよ!」


…………うん、ろくでもなかった。


「お城で? 何故?」

「もちろん、マリーに婚約の申し込みをする男の子にチャンスをあげるためによ!」


…………いるかなぁ?

あ、まずい、頭痛がしてきたぞ。

多分エディンも今頃寒さとは違う寒さを感じている頃だね…。


「そう言うってことは、誰かにデートに誘われたりしているの?」

「……それはないけど…」

「…急に婚約を申し込む男の子はいないんじゃないかなぁ?」


一応貴族にも女性を口説くのに順序やマナーはあるものだ。

エディンはよく女の子とデートしてるし、相手にしっかり気持ちを伝えて、相手の気持ちを確認してから婚約を申し込む。

これは常識。

親同士が話を進める事もあるけど、やはりいきなり婚約の申し込みはないはずだ。


「…も、もしかしたら星降りの夜に申し込まれるかもしれないでしょ!」

「デートに?」

「そうよ!」

「その可能性がある男の子に心当たりでもあるの?」

「な、ないけど…」

「なら僕は反対だよ。今から星降りの夜まで2週間もないし、無理にパーティーを開いて来年の為に貯蓄してある食糧が減ってしまったら民が餓死してしまう。冬はまだこれからも続くんだよ」

「なんでよ⁉︎ だってお父様が増税したから国のお金は大丈夫って!」

「増税は来年からだし、増税の理由は戦争準備と戦後処理目的。それに、お金と食糧は別の問題だよ」

「意味がわかんない! 食糧だってたくさん倉庫にあるんでしょう⁉︎ ちょっとくらい、いいじゃない!」

「春までこの国の全国民の食糧を守るのは王族の務めだよマリー。君だって春になる前にパンが食べられなくなるかもしれないのに…」

「なによ! パンがないならお菓子を食べたらいいじゃない! みんなそうすればいいのよ!」

「……………」


……これは、この子は…なにを言ってるんだ?

確かにこの子が陛下に任された仕事を僕がやってしまったから、この子がこの国の食事情に明るくないのは仕方ないにしても…。

え…………マリアンヌってこ、こんなにお馬鹿だったの…⁉︎

愕然としてしまう。

言葉が、出てこない。

気になる男の子がいるのなら、小ホールでパーティーを行うくらいならと思ったけれど…。

そういうわけでもないようだし…。


「マリアンヌ…」

「っ、なによ…難しい事ばっかり言って…! お兄様のくせに生意気よ! お兄様はマリーの言うことを聞いていればいいのに! マリー以外を好きになっちゃダメって言ったのに、それも守らないで!」

「え、いや…だからローナは友人だよ? 何度も説明したじゃないか?」

「嘘よ! みんな言ってたもの! …それに、最近その女はエディンの事も誑かしてるって!」

「へ⁉︎」


……ベランダでエディンもギョッとした気配を感じる。

マリアンヌがリース家に余計な事をしないよう、エディンがローナに婚約を再度申し込むフリをする、みたいな計画は聞いていた。

いくらマリアンヌでもディリエアス公爵家とリース伯爵家を同時にどうこうするのは不可能だ。

マリアンヌ本人がそれをどこまで理解しているのかは、別にしても……。

でも、よもやその計画をマリアンヌはそんな風に受け取ったなんて!

一体誰がどんな事をマリアンヌに吹き込んだらそうなるの⁉︎


「それ誰から聞いたの? ないない、本当にそれはないよ、そんな娘じゃないし!」

「お兄様は騙されてるのよその女に!」

「騙されてないよ!」

「騙されてる男はみんなそう言うのよ!」

「ちょっと待ってマリー、そもそもローナとエディンの婚約は僕が勧めた事でもあるんだよ⁉︎ ほら、だからありえないってば!」

「そんなのどうでもいい!」


ど、どうでもいいって⁉︎

もう考えるの放棄してない? この子⁉︎

…まずい、マリアンヌの中でローナが相当とんでもない女になっている。

リース伯爵家を煙たがるセントラル東区の貴族はそれなりに多いというし…ああ、もう、そう言うのを黙らせたいからリース伯爵家には侯爵家に爵位をあげたかったのに…。

リース伯爵は爵位に興味がないとか面倒くさいと…。

い、今はそれをとやかく言っても仕方ないんだけど!


「お兄様を誑かすそんな女、死刑にしてやる!」

「ーーーー」


…先ほどのエディンの言葉が頭をよぎる。

そしてその言葉を聞いた途端、いつも掛けている力の枷のようなものが外れた音が頭の中に続いて響いた。

気付けばテーブルを殴って一部を粉々にしていたし、その音と壊れた部分に驚いて喉を引きつらせたマリアンヌを殺意を持った目で見ている自分が居る。


「マリアンヌ」


自分の声とは思えない低い声。

ああ、これは……ダメだな、と途中で何かを諦めた。


「ローナ……僕の友人たちへなにかしたら、僕は君の“お兄様”をやめる事になるよ? もう二度と僕は君を構わない。助けないし、優しくもしない。決定的に、別れる事になる。………覚えておいて」

「……………………な…に、よ…」


絞り出すように、マリアンヌが呟く。

表情は青ざめ、見たことのない顔になっている。

ヘコんで二箇所の足を折った机がゆっくり床にゴトンと傾いた音に肩を跳ねさせると、いつものように「お兄様のくせに!」と叫んで部屋から飛び出して行った。

同じように怯えた顔の侍女も、後を追う。

はぁ〜…と深い溜息が出た。

色々やってしまったなぁ。


「…………」


とりあえず扉を閉めようとしたが、部屋の前にいた衛兵が表情を強張らせたまま中を覗き込んできたので笑顔を作る。

そして、テーブルを壊してしまったので新しいのをお願いした。

衛兵が少し慌てたように廊下を走り去るのに、また肩が落ちる。


「お前がブチ切れたところ初めて見た」

「僕も生まれて初めてブチ切れたという体験をしたよ…」


ベランダから顔を出したエディンは腕を組んで、溜息を吐いた。

きっと僕と同じ事を考えている。


「どう思う?」

「さぁな。お前の方が分かっているんじゃないのか?」


あれでマリアンヌがローナを諦めるか。

僕が怒った事は初めてで、多少は驚かせてしまっただろうけど。

…あの子の性格を考えると…逆ギレしそうなんだよね。


「まあ、気をつけて見ててやるさ」

「うん、ありがとう」

「…………」


エディンがそのまま押し黙る。

視線は僕の頭に注がれているような気配…。

はぁ、とまた深い溜息が出た。


「そうだね……その時は…………可哀想だけど潰れてもらうよ」


ローナに手を出すなら、許さない。

多分、無理だ。

今だってテーブルを壊してしまうくらい箍が外れてしまったのに。

その場面を目の当たりにしたら…殺しちゃうかも。

思い出しても腹が立つ。


「…女王に相応しい淑女になってくれたなら、僕はどちらでもよかったんだけど…」

「こっちはそれじゃ困るんだがな」

「…ふふふ、それにしてもあれだね」

「ん?」

「……僕の中にこんなに激しい感情があったなんて…驚いたな〜」

「…………」


意外そうな表情をされた。

でも、本当にそう思うんだよ。

おかしいね、ずっと君を『可哀想』だと思っていたのに。

今、その感情は微塵もない。


「…今はとっても、胸糞悪〜い」

「…………、…ふっ……ふふふ、ふはは…」

「ふふふふふ」

「あはははっ」



ああ、なんて楽しい誕生日だろう。

こんなに清々しい気分は入学式の朝以来だ!




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