緊急男子会議



秋も深け、今月末にはお嬢様のお誕生日と『女神祭』がある。

お嬢様も16歳…それまでにはエディンとの婚約が解消できれば良いが…無理だろうなぁ。

まあ、それ以前に…。



「…………」

「…………」

「…………」

「…………」



俺は今、家族会議ならぬ同級生男子会議の現場に臨場している。

場所は男子寮談話室。

談話室と言っても貴族使用のがっつり防音で、絢爛豪華な一室である。

会議の主催はエディンだ。

そして駆けつけたのはスティーブン様とライナス様。

そして、レオハール。


「お茶が入りました」


あまりの重々しい空気に若干現実逃避しかけたが、お茶を4人分淹れてそれぞれの手前に置く。

お菓子は最初から用意してあったが、楽しげな茶会の空気ではないので甘いお菓子好きなスティーブン様も手を伸ばさない。

というか、レオとライナス様とスティーブン様はなんで呼び出されたのかもわかっていないように見える。

ちなみに俺はエディンの議題におおよその予想は付いているが、身分的にも切り出すことは出来ない。

なんとも居心地悪そうなレオは、エディンとスティーブンを交互に見ながらお茶を一口。

腕を組んだまま目を閉じて動かないエディンに、スティーブン様も困惑気味だ。


「…ええと…ディリエアス、一体何の用なんだ?」


痺れを切らしたライナス様が、いつもより慎重に話しかける。

すると、エディンがやっと目を開けた。


「色々、腹割って話そうかと思って」

「む…? よく分からないが、それはいいな! 議題はなんだ?」


よく分かってないのに賛成しちゃったよ、ライナス様!

あんたそんなんだから脳筋キャラって呼ばれるんだよ!

でもそんなお前が俺は人として大好きだよ!

この癒し系め!


「…それは…エディンが代理戦争の代表に立候補した件?」

「え⁉︎」

「! …リセッタは知らなかったのか?」

「は、初めて聞きました!」


あ、そうなのか。

ライナス様がこの間の剣技場で知ってた風だったから、割と噂として広まっているのかと思ってた。


「それ含め、色々な」

「エディン、本気なのですか? 代表になるという事は…」

「俺は魔力適性が『高』だった。なにより騎士団総帥の父と、セントラルの公爵家子息として戦争で戦果をあげておくべきだと思った。あと、お前の事も無事に連れて帰ってきたいと思ってる」

「………」


エディンが見据えたのはレオ。

だが、レオは俯いた。

これまでレオがこの件をどう思っていたのかは分からないが、やはりエディンが代理戦争に参加するのは嫌なんだろう。


「…俺も代理戦争の代表に立候補したのだが、魔力適性の関係で保留にされた」

「え、ライナス様…!」

「その代わりディリエアスが有力候補の1人になっていると聞いた。もう1人はヴィンセント」

「ええ⁉︎」

「私は魔力適性がレオハール様と同じ『極高』ですので…」

「あ、そ、そうですね…で、でも…」


レオ同様俯いてしまうスティーブン様。

この人もお優しいし、争い事はお嫌いだから…。

お気遣いありがたく思いますよ、とても。


「ただ、俺も暴言執事もまだ決定したわけじゃない」

「ギリギリまで適性魔力の高い者を探すのでしょう」

「うむ、俺もそのように聞いている。あとは、剣技や弓技、戦略などの成績が加味されるそうだ」

「ライナス様は…戦争に、お出になりたいのですか…?」

「俺は騎士志望だ。それにベックフォード公爵家の跡取りとして実績が欲しい。手ぶらでは帰れない」

「…………」


……う、またも沈黙。

さっきよりも重い…。


「…………そうなのですね…」


ただ一言なのに、スティーブン様の呟きがより一層空気を重くした気がする。

可愛らしい男の娘の落ち込んだ姿は胸に痛いしな…。


「エディンは絶対嫌がると思ってた…。戦争の代表なんて、命懸けだし…」

「そりゃやらなくていいなら俺もやりたくはない。だが、お前が帰って来る気もなく参加するつもりなら俺はお前を守るために一緒に行く。戦争の勝敗はその次だ。お前を連れ帰ることこそ、この国で最も誉となる戦果だろう」

「…………」

「エディン…」


ようやく、レオとスティーブン様が顔を上げる。

つまり、エディンはレオを守るために戦争に参加すると。

…入学式の日とは別人のような顔つき。

はて? スティーブン様のようにいつの間にか…なんか吹っ切れた?


「レオ、俺はお前を友だと思っている。だから今日、腹を括れ」

「…え、ちょ、なに? 急に…」

「俺は女神祭の日に、ローナに婚約破棄を伝える! 俺のためにローナ・リースを婚約者に勧めたようだが迷惑だ! ちゃんとお前が、自分であの女に向き合え!」

「っ」


お。

おおおおおおお⁉︎‼︎

エ、エディーーーーン! おま、お前どうしたーーー⁉︎

これまでのクズ男ぶりを微塵も感じさせない男らしさじゃないかーー⁉︎

というか、よく言ったぁぁぉ!


だが!


「ちょっと待て!」

「は⁉︎ な、なんだ⁉︎」

「女神祭はダメだ!」

「な、なんでだよ…直近で一番都合が良さそうなのはあの日…」

「女神祭の日はお嬢様の誕生日でもあるんだぞ⁉︎ そんな日に婚約破棄を伝えるなんてアホかテメェ⁉︎」

「婚約解消しろしろうるさかったの貴様だろうが⁉︎」

「だとしても誕生日はない! 絶対許さん!」


確かに両家の親も来ているし、丁度良さそうではあるがそれとこれとは話が別だァァ!

ただの収穫祭…女神祭なら俺だって手放しで大賛成するがあの日はお嬢様のお誕生日でもある!

そんな日に婚約解消の話を両家ご両親の前でするなんて…!


「あの、それならばリース伯爵様に前乗りで来て頂いて、前日に話をすればいいのではないでしょうか」

「それだ」

「それです」


さすがスティーブン様、冷静。


「しかし誕生日前日というのもなかなかに微妙ではないか?」

「当日よりはマシです。…本来もう少し余裕を持って話し合いの場をセッティングするべきでしたけど…」

「だよな…」

「…………ぐっ」


ライナス様とスティーブン様の実に冷静な指摘に苦虫を噛み潰したような顔ををするエディン。

さっきの凛々しいお前はどこへ消えた。

…やはりさっきのは幻覚かなにかだったのか?


「と、とにかく! 俺はあの女と結婚するつもりはない! 分かったな、レオ!」

「……う、うん…」


きっぱりと…レオに宣言したエディン。

レオもなにやら考え込むように唇に指を当てる。

これは、もしかして…もしかするのではないか?

お嬢様の最大破滅フラグといっても過言ではなかったエディンとの婚約が…完全破壊、完了…⁉︎

となると…お嬢様が『女癖の悪いエディンと結婚して生涯苦労し続ける』エンディングは…回避⁉︎

エディンルートで『婚約者のエディンがヒロインに心奪われたことで崖から落ちて自殺』も…。

まだ解消が完了したわけではないが、はっきりとレオに宣言したんだ…王子のレオが推した婚約とはいえどそのレオに了承を得たということは…‼︎

い、いやいや、まだケリールートの謎は残ってる!

安心は出来ない…。

でも、エディンとの婚約解消は…かなり前進だぞ!

お嬢様ーーー!


「…………ちょっと、いえ、結構見直しましたエディン…」

「お前もかっ!」

「だって…。…でも、良かったですね、レオ様!」

「え、なにが?」

「だってローナ様がこれでフリーになりますよ! レオ様、もちろん婚約の申し入れをなされるんでしょう⁉︎」

「は、はえ⁉︎」

「え⁉︎」


あ……。

スティーブン様…正々堂々正面突破しにかかった…。

ライナス様はそのこと知らないから、椅子から落ちそうになる程驚いてるというのに…。


「な、何言ってるのしないよ⁉︎」

「ええ⁉︎ なんでですか⁉︎ レオ様、ローナ様のこと大好きじゃないですか⁉︎」

「本当に何言ってるの⁉︎」

「誤魔化しても無駄です! レオ様のローナ様をご覧になる時のお優しい眼差しは、他のご令嬢たちとお話しされている時のものとは別物なのですから! なによりローナ様にだけ見せるお優しい笑顔と甘いお声…ほああ…まるで物語の王子様のようですよ〜」

「…な……………何言ってるの…?」


ガチトーン…。


「要するに俺たちにはバレバレって事だ」

「⁉︎」

「お前ほんとに気づいてなかったのかよ。無自覚でアレ垂れ流ししてたとか恥ずかしー奴め」

「ちょ、なにそれ、どういう事⁉︎ アレってなに⁉︎」


うんうん。

思わず頷いてしまう。

アレとは、所謂「甘いオーラ」の事だ。

ライナス様やマーシャのようなにぶたんには分からないかもしれないが、俺ですら「なんか甘ったる…」と思うことがたまーにあった。

それは主に、いつもの薔薇園での昼食中。

本当にたまーに…で、それとなーく、だか…。

あまり言いすぎるとレオが「そんな事ないよー」と意固地になるかもしれないので、突っ込まなかったんだ。

思春期の男の子には逆効果だろう?


「…そ、そんな事…、…た、確かに彼女のことは特別尊敬しているとは思うけど……別に恋とかそう言うのでは…」

「なにを仰ってるんですかレオ様! レオ様のそれは恋ですよ! マリー様のお誕生日の時にローナ様にドレスを選んで差し上げたり、昼食の時にさりげなくローナ様の好きなお茶を淹れて差し上げたり…」

「そうですよ、それで何度私の仕事が取られたことか!」

「う…そ、それは申し訳ないと思ってるけど体がつい動いてしまうんだよ…」

「そうです、それです! 好きな方のために何かしたい…その気持ちがつい体に現れてしまったのです!」

「え、えええ〜…」

「大体、レオ様は昼食を食べる時いつもローナ様のお隣に座っているではありませんか! お気付きじゃないんですか⁉︎」

「……え」

「お席は他にも空いているのに、毎日必ずローナ様のお隣にお座りになってますよ? さあ、思い出してください! レオ様はローナ様をよく目で追っていますよね? お声を良く聴きたいと、お側で耳をすませていますよね⁉︎ ローナ様のことを思い出されてどうですか? 胸が高鳴りませんか?」

「そ……そう言われてみると…」


「………スティーブン様の説得力凄いですね…」

「あのドの付くにぶちん野郎にはスティーブからの説得が一番効くかと思ってな…」

「成る程…」


エディンのくせに、そこまで織り込み済みでスティーブン様を同席させていたのか…。

成る程…俺には考えつかなかった。

さすが幼馴染…吹っ切れた後でも扱い方は熟れているな…!

俺とは全く角度の違うゴリ押し感。

しかし、ガンガン具体例を出していくので俺なんかとはもう説得力が違う。

す、凄い…! 凄いですスティーブン様!

いつも以上にレオが王子に見えません!



「…………え…僕、ローナのことが、好き、なの…?」



顔を赤くして、目を彷徨わせながら…ついにレオが口にした。

そして口にしたことでじんわり自覚が生まれていったのだろう。

頭を抱えて椅子から落ちた。


「…………」

「…………」


で、その横で親指を立たせて勝利を祝うスティーブン様とエディン。

幼馴染強ェ…。

俺ではこうはならなかった…!


「…………リセッタ」

「? はい、ライナス様」


そして崩れ落ちて頭を抱えるレオとは反対に、俺と共に成り行きを見守っていたライナス様がゆっくり立ち上がる。

なにか、様子がおかしいように見えるが…にぶちんライナス様には少々衝撃が大きすぎたか?


「………そ、その理屈で言うと…俺は……俺は…」

「はい?」

「俺はやはりお前のことが好きと言うことになるんだが⁉︎」



えええええええーーーーーーーーー!!

こ、ここでぇぇーーーー⁉︎



「は⁉︎ ちょ、ちょっと待てベックフォード! 今はその話置いておけ! お前にはこの後の話に付き合ってもらーーー」

「お前の言う通り、俺はいつもお前のことが気になって気になって堪らない! 授業中もつい視界に入れてしまうし、その鈴の鳴るような声に夢中になって聴き入ってしまう…! 俺は…俺はやはりお前が好きだ! リセッタ!」

「ラ、ライナス様…そ、そんな、急に言われましても…私…そんな…」


「…………………」

「…………きょ、今日は解散するか…」

「か、かしこまりました…」



俺とエディンは逃げた。

そそくさと逃げた。

後片付けを済ませて、華麗に素早く、気配を消して。

…『ライナスルート』…破壊、完了?




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