ミケーレ降臨【2】
「ご機嫌だねー、ヴィンセント。やっぱりエディンがローナとの婚約解消を約束したから?」
「実現にはまだ時間がかかりそうですがね。確約がもらえただけでも気分が違います!」
結局エディンは生徒会権利を選んだ。
まあ、公爵家子息として生徒会役員から漏れることは流石にやばいのだろう。
俺という存在がいなければ、確実だったしな〜。
フッ、いい成績を取っておいて良かったぜ!
奴がお嬢様との婚約解消を約束した。
これでエディンと婚約者故の自殺や一生苦労人エンドからお嬢様をお救いできる!
念願叶ったり!
「次はレオハールですね」
「うっ。またそれ? 正直彼女のことは尊敬と憧れの対象で…恋とは違うと思うんだけどなー…」
おのれこの王子はまだそんな事を。
昼食では必ずお嬢様の隣の席に座り、他の令嬢たちには見せない柔らかな笑顔を浮かべ、優しい眼差しでお嬢様を眺めているのに気付かないのか?
俺は気付いてしまったぞ。
こいつも意外と笑顔に種類がある。
お嬢様に対してだけ、笑顔が違う。
「そういうヴィンセントはローナのことどう思ってるんだい? ただの主人に対して、そこまで献身的にはならないと思うのだけれど?」
「は? それは俺がお嬢様に恋愛感情的なものがあると? 馬鹿な、お嬢様は女神ですよ、そんな感情ありませんね」
「め、女神…?」
例えば画面の中の推しアイドルに「あ〜、付き合いたい」とか思う奴はファンとして二流だろう。
ファンたる者、推しには黙って絶対服従。
捧げるのは献身と献金。
相手の笑顔をステージの下から眺められるだけで感謝するべきだ。
握手? 会話?
ちゃんちゃらおかしいな。
距離を保つことでしかアイドルとファンの幸福は得られない!
アイドルは異性ではない。
アイドルなのだから!
「それだ…!」
「は?」
「それ、すごくしっくりくる! そっか、ローナは女神なんだね!」
「…………」
大丈夫かこの王子。
「…あ、レオハール、魔法研究所はあちらですよ」
「え? そうだっけ? 2回しか来てないのによく覚えているね〜」
「いついかなる時もお嬢様の元へ駆けつけられるよう、構内の見取り図は頭に入れてあります」
「わあ…」
…そう、俺は今アミューリア学園から隣接する魔法研究所への渡り廊下を歩いている。
レオハールと一緒に。
なぜ俺とレオハールの2人で魔法研究所に向かっているのかというと…。
「…でもこれから魔法の実験か…」
「急にテンション下がったね〜」
ミケーレがとてつもなくいい笑顔で「次の授業は出なくていいので、2人で魔法研究所まで」と言い放ったのだ。
いや、別に忘れてたわけじゃない。
魔力適性『極高』。
本来レオハールだけがこの適正値。
だがなぜか俺も『極高』判定。
未だに謎だ。
戦争の『代表候補』になる事は、もう覚悟出来た。
レオハールと一緒なら戦える。
だが、それとこれとは話が違う。
「だってミケーレ先生の呼び出しですよ?」
「確かにちょっと危ない感じの人に見えたけど…そんなに嫌かなぁ?」
「いえ、あれは我々の想像を必ず超えてきますよ。ちょっと…いえ、かなり寒気を感じました。本能からの拒否反応ですよ、あれは」
「…ほ、本能からの拒否反応…?」
研究所の扉を開く。
受付のような場所には誰もおらず、窓からの光でもどこか薄暗い。
前に来た時も思ったが、不気味なんだよな…。
「確か、ミケーレの研究室に直行して来いって言っていたよね」
「ええ…研究室は…」
ちゃんと部屋の前に使用している研究者の名前が載っているから…それを探せばいい。
一階の真ん中あたりにミケーレの名前はあった。
やだなー。
そもそも魔法の実験って何に付き合わされるんだろう。
確か『魔宝石』を使うには媒体になる戦巫女を召喚するしかなかった、的な説明をゲームのチュートリアルでレオハールにされた記憶が…。
あれ? そもそもなんで『魔宝石』は戦巫女にしか使えなかったんだっけ?
なんかとの波長がどうとか…。
「ここ?」
「ああ、その様ですね。…失礼します」
ガラ。
開ける。
「やあ、よく来ましたね」
スパーン。
閉める。
レオハールの目を覆いつつ扉を閉める。
レオハールの動体視力なら見えたかもしれないが、見えていない事を祈るばかりだ。
ちなみに中の様子の説明はちょっと控えさせて頂きたい。
年齢制限に引っかかりそうなので。
「…え? なに? 見えないよ? 今のなに…? なんかピンク色の…」
「忘れろ」
「どういう事?」
「教育上よろしくない」
「ど、どういう事…⁉︎」
………エディンのことが何とかなりそうだっていうのに…どういう事だ⁉︎
なんか新たな難敵が現れたぞ…!
つーか、今の部屋なんだ⁉︎
エロ系どころかRのG系とかあったぞ!
完璧、エロゲの変態教師枠じゃねぇかアイツ⁉︎
ヤ、ヤバイ…魔法の実験って…俺の前世のエロゲでありがちなエロ系だったらどうしよう…!
「ヴィンセント…いつまで目隠ししてるんだい?」
「レオハール、ちょっとあっちで待っててくれ。俺が迎えに行くまで絶対来るな」
「え? う、うん?」
いや、落ち着け俺。
その場合俺がレオハールを守らなければ。
こいつはまだ15歳だ、あれはよろしくない!
中身が40過ぎの俺ならば多少は…い、いや、俺だって嫌だけど!
少なくとも子供は守らなければダメだろう中身大人として!
大人が全部あんな大人だと思われたくない!(※ヴィンセント・セレナードは入学の関係上レオハールと同じ15歳設定となっております。)
仮にも(前世は)刑事の弟!
護身術は習っていたし、兄貴の柔道と剣道の練習にも付き合っていたから基礎は分かっている。
多趣味だったのでその他にも空手、合気道、ボクシング、プロレス、テコンドー等のとりあえず興味あるものはあらかた齧ってきた。
ヴィンセントになってから剣も習ったし…ヤられる前に、殺る…!
「失礼します、ヴィンセント・セレナード、参りました」
ノックはする。
さっきは中から声がする前に開けてしまったからな…。
この数分であの部屋が改善するとは思えないが。
「ああ、すまないね」
ガラ、と中から変態…ミケーレが現れる。
俺に極力部屋の中を見せないように努めながら廊下に出てくる変態…ミケーレ。
今更遅ぇ。
「実験は隣の部屋で行う。あれ? レオハール様は?」
「その前に、実験の内容とその隣の部屋を確認させてください。我々にはその権利があると思います」
「…わかったよ」
あの部屋の隣…その隣の部屋も部屋の主はミケーレのようだ。
成る程、仮にも国家機関の研究所…研究者も当然貴族のように優遇されているのか。
あ? ならさっきの部屋は一体…。
「実験の内容だが、この機材を使って行う」
で、その隣の部屋はごくごく普通の保健室って感じだ。
真っ白な部屋に、白いベッドとテーブル、椅子。
ベッドはカーテンで区切るようにカーテンレールが設定してある。
ふむ、今の所不審物はない、が…。
「…………それは?」
「前回キミたちの魔力適性を検査して、魔力適性が測定不能と話しただろう⁉︎」
「はあ」
……不審者はいるんだよなぁ…。
なんだ、あの先端に玉がついたけん玉みたいなやつ…。
不審者が持ってるからあれは不審物か?
スッゲーキラキラした目をこっちに向けてくるのだが…あれだ、これが世に言う「こっち見んな」だと思う。
「でもそれはそれとして、今の所魔力には属性があることが分かっている!」
「? は、はあ?」
知ってる。
『フィリシティ・カラー』の『従者候補』は六つの魔力属性を持つ。
それぞれ得手不得手があり、戦巫女はそのバランスも考えなければならない。
ミケーレは攻略対象ではあるものの『従者候補』ではなく、戦争には参加しないのでプロフィールにも『魔力適性、なし』となっている。
…というか、適性関係ないのかよ…。
「今分かっている魔力属性は六つ。土、風、水、火、そして光、闇だ」
闇ね。
確か闇は追加メイン攻略キャラのクレイだけが使えた属性。
攻撃魔法を無効化する魔法が使えるらしい。
これは魔法を元々使える種族、エルフ、妖精、人魚(の、女)に絶大な効果を発揮する…らしい。
攻略サイトでレオハールとクレイを一緒に『従者』にした戦巫女たちの歓喜の声が乱舞していたので、相当戦争が楽に勝てるようになったのだろう。
『フィリシティ・カラー 〜トゥー・ラブ〜』で改善された部分だと思われる。
「キミとレオハール様の魔力適性が素晴らしいのは前回分かった。ので、次はその属性を調べる! どうかな、実験内容に関しては理解して頂けたかな?」
「ええ…。ですが、調べるのであればそれは“実験”ではなく“検査”なのでは?」
「……………」
…………なぜ笑顔のまま黙り込む。
「そうとも言うね!」
……今の“間”はなんだ…⁉︎
「いや、ただ、今の所誰もこの『魔力属性しらべーる3号』を試したことがないから…」
「実験って機材の実験のことですか」
「そうとも言うね!」
ネーミングセンスもヤバイな。
「…………………」
うーむ、それなら…確かにレオハールを呼んできても大丈夫か?
いや、機材が大丈夫かどうかがまだわからないのか。
俺はゲームで属性に関しては知ってるけど……ヴィンセントは水属性……この時点ではまだ分かっていないんだよな。
それに、俺の適性魔力が『極高』だったのもアレだし…。
「分かりました。ただし、先に俺が実験にお付き合いします。レオハール様にその怪しげな機材を使うのは、俺で安全性を確かめてからにしてください」
「マーベラス! 勿論だよ!」
殴りてぇ。
「では脱いで!」
「………………………………」
…本当に殴っちゃダメかな、この笑顔。
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