スティーブン様と俺



「…俺、来年アミューリアでやっていけるかな…ちょっと不安になってきたんだけど」


あれが同級生じゃそう感じるよな…。


「きっと大丈夫よ、貴方なら。…あら? スティーブン様…」

「誰?」

「宰相様のご子息よ。貴方にも後で紹介するわ。ご挨拶しておきなさい」


入り口から髪を結ったタキシード姿のスティーブン様が入ってきたところだ。

うーん、背も小さいし、全体的にオドオドしてるし…子供が迷い込んで来たように見える。


「けれど、遅いですね。お屋敷の方で準備をされてきたのでしょうか…? ですが、スティーブン様のお屋敷は城から近いはずですよね?」

「そうね…」


俯いて、泣きそうな顔でマリアンヌ姫のところへ近づいていく。

男子なので1人で入場するのはそこまで変ではないけれど…。

父君もすでに姫の横にいらっしゃっているのに、後から来るなんて何かあったんだろうか?


「こ、こんばんは、マリー様…お誕生日おめでとうございます…」

「あら、スティーブン。遅かったわね!」


…うわ、ソッコー突っ込まれてる。

横の宰相様が表情を固くして、レオハール様も笑顔を消した!

う、すっごく嫌な予感が…。


「す、すみません…準備に手間取ってしまって…」

「男子がなんの準備に手間取るの?」

「え? …え、え…ええと……その、髪の毛とか…」

「ただ結んできただけじゃない」

「マリー」


やけに絡む姫君に、レオハールが声をかける。

幼馴染だもんな。

それに、姫はスティーブン様の小説いつも借りパクしてるんだろう?

なんであんな絡むんだよ…。

やめてやれ。


「大体おかしいのよ、男のくせに髪なんて伸ばして!」

「ええ…? 髪を伸ばす紳士は普通だよ? オシャレの一つだよ? 変じゃないよ?」

「似合う似合わないの問題よ! スティーブンは似合わない! 男のくせに女みたいじゃない!」

「ええ? スティーブに髪伸ばせって言ったのマリーじゃないの? そう聞いたけど…?」

「だって似合わなかったんだもん! 全然紳士らしくならないなら伸ばす意味ないわ! 次に会う時までに切ってきてね!」

「……………、……は、はい……わ、分かりました…」


…………うわ…、か、会場が静まり返ったぞ。

ますます縮こまり、俯くスティーブン様が一礼して姫の前から去る。

そして、そのまま会場を…後にしてしまった。


「…ヴィニー」

「…、…わかりました」


お嬢様の言わんとしていること。

スティーブン様を追いかけろ、だろう。

まあ、あんな死にそうな顔で出て行かれたら流石に気になるしな。

そっとお嬢様とケリーの後ろから離れて、会場を後にする。

ある意味、スティーブン様がこっぴどく吊るされた会場を後にできたのは幸運だ。

今頃凍り付いた会場は多くの貴族たちの恐怖や不満、不信感で満ち満ちている頃だろう。

なにしろ、宰相の最愛の息子を宰相の目の前で吊るしたんだからな…。

あのお姫様、宰相がどういうお立場の方だか知ってるんだよな?

敵に回したら流石にやばいと思うんだけど…。


「さて…」


城には初めて来るが、仮にもリース家の執事見習い。

コミュ力は高い方なので、通りすがりのメイドにスティーブン様を見かけていないか聞いてみる。

おそらく人目につかないところに行ったと思うが…。


「…は、はぁぁ……」

「?」

「あ! い、いえ…中庭の方に行かれたのをお見かけしました…」

「? ありがとうございます。 …あの、体調でも悪いのですか?」

「い、い、いいえ…」


大丈夫かな、このメイドさん。

顔は赤いし、目は潤んでるし…熱があるようにしか見えないぞ?

働きすぎかな?

…いや、まずはスティーブン様だ。


「ありがとうございます」

「…は、はいい〜…」


お礼を言って、ついでに教えてもらった中庭への道筋を進む。

この辺りは客に開放されていないが、スティーブン様は勝手知ったるというやつだろう。

俺、見つかったら怒られるかな?

そんな不安を抱きつつ、青い光に照らされた噴水のある中庭に辿り着いた。

うわ、スッゲー綺麗なところ…。

…へぇ、青い色で着色されたガラス玉で燭台を覆って沈めてあるのか。

よくガラスが溶けないな。

…しかし、さすがお城、オシャレだ…。


「…………」


あ、居た。

噴水の縁に、廊下から見えない位置に座り込んだスティーブン様。

その手にはハサミ………え、ハサミぃ⁉︎


「スティーブン様!」

「!」


驚いて声をかけてしまった。

近付いて、ともかくハサミは取り上げる。

その雰囲気で、手にハサミって怖すぎるだろ!


「ヴィンセント…どうしてここに…」

「お嬢様が心配しておられましたよ。…父君と、レオハール様も」


なにしろマリアンヌ姫がスティーブン様に絡み出した途端に2人とも表情が固まったからな。

レオハールが笑顔を消すなんてよっぽどだろ。


「…………レオ様…私……またレオ様に…」

「?」

「お父様にも……」


溢れる言葉にまとまりがない。

ただ、何を言いたいのかは何となくわかる。

2人に迷惑をかけたとか、場の空気を悪くしたとか…そういう事を言ってるんだろう。

そういうことを気にするタイプの人だ。

だがそれはスティーブン様のせいではない。


「スティーブン様はなにもお悪くなどありませんよ」


肩より長くなった髪。

入場時はまとめてあったが、今はいつものように下ろしてある。

…もしかしてハサミを持っていたのは、髪を切ろうとしたのか?

ええ…勿体ない…。


「ところで、このハサミはどちらで?」

「…来る途中のお部屋から……。…髪を切らないと……」


戻れない。

溢れるように呟かれた言葉。


「…そんな…なにも今日、今すぐに切る必要は…」

「マリー様の…次に会う時というのは、そういう意味なんです…」

「え…」

「……今切らないと…帰りのご挨拶の時にまた、何か言われてしまいます…」

「っ」


そんな事あるか?

伸ばせって言ったの姫なんだろう?

…我儘放題、好き放題の悪役姫マリアンヌ。

よもやここまでとは…。


「マ、マリー様だけじゃ、ない…っ、…お、お父様やレオ様まで、嫌な気持ちに、させて、しまう…そんなのは、私…」


両手で顔を覆うスティーブン様。

俺の手にあるハサミは、これは散髪用じゃなく紙用。

しかも1人で後ろの髪を切るのは大変だろう。

わかってる。

この場合、俺が「お切りしますよ」というのが正解。

それが一番手っ取り早くスティーブン様の願いを叶えられるお節介。

…でも…。


「…………スティーブン様は…本当にお切りになりたいんですか?」

「…………」


どうしてこんなことを聞いたのか。

ただの勘だ。

乙女向け恋愛小説を語る時のこの人はとても楽しげだったし、先日の休みの日に出かけた時もドレスやブローチを見て瞳を輝かせていた。

なんとなく、お好きなんだろうな、と。

思った通り、顔を両手で覆ったままスティーブン様は首を左右に振った。

肩が震え、嗚咽が始まる。


「………ぜ、前世の…」

「はい」

「きおく…が…、っ、ある、です…わ、私…」

「…? はい?」


それは、知ってる。

貴族は『前世の記憶』を持っているのが当たり前だからだ。

『前世の記憶』と言っても、それは技術や知識、一部の身体能力などを指し、俺のようにどんな性格だったのかを覚えているものは稀のようだが。


「…私…前世は…女性だった…です…」

「え…」

「…貴族の、令嬢……ウエスト区の、東の小さな、男爵家の、一人娘…名前も、覚えてる…」

「……っ⁉︎」

「…だ、だから、私…どうしても、今の、この、スティーブンに、馴染めない…私…ほんとは…っ!」



女の子。



あ、え。


ああ、うん、あ…………なんか、全部納得した……。


しょ、衝撃は、あったけど…。

わ、分かるー…。

俺も前世のこと、この世界が乙女ゲームの世界と同じだと思い出した時、信じられないほど衝撃的だったー…。

…な、成る程…つまり俺が女だったらスティーブン様と同じ状況に………………………ゾォ…。


「………そ、そうだったんですか…」

「……っ、うっ…うっ…」


メスティーブンだの性別行方不明だの、本当はそういう意味だったのか。

ヒロイン×スティーブンとか攻略対象勢×スティーブンも、プレイしたそっちイけちゃう方面の方々からすればそういう事になると…成る程な…。

やはり攻略サイトの書き込みを鵜呑みにするのは危険なのかもしれない。

実際プレイしていないと、わからない事だった。

これ何回目かわからないけど、スティーブンルートもやっておけばよかった。

というか、もっとやり込んでおけばよかった。

マジで今心の底からそう思う。


「…………」


けど、その後悔は今非常に役に立たない。

スティーブン様は今、泣いているんだから。

ずっと悩み、苦しんで来られたんだろうから…。

もっと早く気づいてやればよかったな。

うーん…どう、声をかけてやればいいんだろう?

前世では、女性。

ご令嬢だった。

つまり、記憶や心が女の子のままスティーブン・リセッタとして生まれてきてしまったって事なんだよな。

俺はたまたま性別が前世と一致していた。

ただそれだけのことだが、異性として生まれたら…。

女として、生きていかなきゃいけない?

俺のような平民はともかく、スティーブン様のような貴族は…そうせざるを得ないのか?


「スティーブン様、その事はお父上様は…」

「…………知っておられます…レオ様も…」


……そりゃ過保護にもなるな、宰相様…!

お、お気持ちようやく理解いたしました!

そりゃ、中身が娘なら男の使用人は最小限にしたいに決まってるよね!

レオハールも知ってたのか!

そりゃ、ドレスや恋愛小説について相談するよ!

中身女の子なんだもんな!


「…せめてヴィンセントや、ライナス様のように…外見も男らしく生まれていたら…」


確かに男なのにこんなに可愛い顔と体型じゃあ諦めもつかないか?

俺ももし女の子に生まれていて、でっぱりのないガリガリだったら男として生きていたかもしれない。

うーーーーん…。


「…よし」

「…?」

「スティーブン様、髪を切らせていただいてもいいですか?」

「…………。…? …は、はい…」


努めて笑顔で。

出来るだけ、安心させるように。

散髪用のハサミじゃないが、馬鹿とハサミは使いようだ。

座ったまま、背をこちらに向けてもらい…チョキチョキ、と。


「終わりましたよ」

「…………」


振り返り、それから恐る恐る噴水の揺れる水面に自らを映す。

ゆっくり、伏せがちだった大きな瞳が開いていく。

いわゆるショートボブ。

俺がスティーブン様に出来る事はこのくらいだ。


「このくらいなら男性に見える長さですし…私はお似合いだと思うのですが…………どうでしょうか?」


いや、ぶっちゃけスティーブン様の容姿だとむしろただの可愛い女子にしか見えない。

ロングヘアの女性は好きだ。

俺は金髪ロングのお嬢様に一目惚れして『フィリシティ・カラー』をプレイしたわけだし。

だけど、ショートはショートで好きなんだよ!

可愛いだろう⁉︎


「…あ、ありがとう…、…へ、変じゃない…と、思う…」

「でも、これは散髪用のハサミではないので、明日毛先だけでも揃えに伺ってもよろしいですか?」

「…う、うん…。…ヴィ、ヴィンセントは、本当に髪を切るのが、上手いんだね…」

「恐縮です」


やんわりと微笑んだスティーブン様が、噴水の光に照らされてとてつもなく可愛らしい。

いや、うん…………スティーブン受けに走るプレイヤーの気持ちが理解できた。

可愛い。

これはまずい。

変な扉開きそう。


「…………。スティーブン様」

「…はい…?」

「今後もお気軽にご相談ください」

「え…」

「きっとレオハール様も同じことをお思いだと思いますよ。だから、先程悲しそうなお顔をされたのだと思います。本当は、スティーブン様の好きなように生きて欲しいんだと思います。あの方はそういう方ですから…」


スティーブンが、レオハールと幼馴染だと話してくれた日から見ているが…2人ともお互いのことをとても大切にしている。

彼はとても情の深い人物だし、スティーブンも優しい人間だ。

相手を優先して考えるところはとても良く似ていると思う。

レオハールがさっき笑顔を消したのは間違いなく妹からスティーブンを庇ってやれない悲しみからだ。

味方の少ない彼にとって、幼少期から最も身近な味方だったスティーブンを傷付けられても言い返すことができないっていうのは…絶対へこんでいる。


「……まあ、あの方の事はスティーブン様の方がよくわかっておられると思いますが…」

「…………。どう、でしょうか…。でも、今少しびっくりしました…」

「はい?」

「私の思う通りに生きて良いと……ヴィンセントが本当に…レオ様が昔、私に言ってくださった言葉を言うから…」

「…………あ、あはは…」


うわ、レオハール…マジで言ってたの?

当たったなら当たったでなんか恥ずかしいな…。


「ヴィンセント」

「はい?」

「…貴方も、私は自分の好きに生きても良いと…………思いますか?」


不安げな瞳。

宰相の息子。

侯爵家子息。

…そうだな、確かに…俺の前世の世界より余程、しがらみが多い世界だと思う。

でも、だとしても俺ははっきり言える。


「勿論です。スティーブン様は自由に生きていいと思います」

「…………。…少し、考えてみます…前世の記憶との向き合い方を…。このままではいけないということは、ずっと感じていましたから…」

「…はい。でも、どうかお1人では悩まないでくださいね」

「はい。ありがとう、ヴィンセント…」



出会ってから一番、素直に笑ってくれたスティーブン様はーーー俺に新たな扉を開かせる勢いで可愛かった。

とどまった俺を誰か褒めて欲しい。






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