町へ行こうよ!【3】
レオハール様とスティーブン様が連れてきてくれたのは、俺の知る飲食店ではない。
受付カウンター、その横にテーブル、ソファー、シャンデリア、赤いふかふか絨毯…。
いや、もうこれホテルじゃん。
「…レオハール様…ここは?」
お嬢様が無表情のまま、困惑気味に店についてレオハール様に確認を取る。
「ホテルだよ」
………うーん…成る程?
た、確かにホテルなら俺とお嬢様たちが別々に食べても不自然ではない、な?
「ここのレストランは貴族と使用人のスペースが分かれているんだ。…まあ、壁はあるけど…一緒に食べられるよ」
「…ほ、本来は、アミューリアに入学する遠方の生徒や、その使用人が利用するために作られたそうです。…でも、主人の食事時間と使用人の食事時間が違うと…アミューリアの生徒が買い物に支障をきたすと言い出して…」
…ああ、今日の俺たちのようにか…。
理由はかなり貴族のご都合だけど。
「使用人も人間だからね、お腹空くもんね」
ぐーーー…。
「マーシャ…っ」
「う! お、お腹の音だけは堪忍してけろ!」
はしたねぇ!
生理現象なのは分かるが…ちょっと音が大き過ぎる!
一応女の子なんだから恥じらいを持て!
グーーー…。
「マーシャ!」
「い、今のはわたしじゃ…」
「す、すまん、今のは俺だ…」
「……入りましょうか…」
「そうだね…」
マーシャだけでなくライナス様も空腹が限界のようだ。
店に入れば俺とマーシャは使用人用のレストラン、お嬢様たちは貴族用のレストランにと別れるが…。
「お、王子⁉︎」
「レオハール様! な、なんと…! 事前にご連絡頂ければ当店の最高級料理をご用意いたしましたのに…!」
「あ、そういうのいいのでサクッと手軽に食べられるやつください」
「「か、かしこまりました!」」
…………。
うん、よく考えるとあの人、王族なんだよな。
店側からしたらアポなしで来られて一番困る系の人だわ。
「お腹空いたよう」
「ランチを二つお願いします」
席に着くなり顎をテーブルに乗せてダウンするはしたない義妹に代わり、注文する。
こういうシステムはどこも変わらないんだな。
難点を言うなら、ランチとしか書いていない事くらいか。
何が出てくるか分からないという、地味に恐怖な注文システム。
無難にパンとスープとサラダ…だといいんだが。
「…………」
「? なんだ?」
テーブルに顎を乗せたまま、ジッと上目で見つめられていたのに気が付いた。
なんかそれ昔飼ってた犬みたいだぞ。
犬の撫でろアピール。
「…義兄さん、最近元気ねかったみたいだけど…何かあったんけ?」
「は?」
……え、嘘だろ…マーシャにも、気付かれてた…?
「今日もなんか…少し、無理して元気そうにしてる風に見えたさ…」
ようやくテーブルから顎を離して、俺と真正面から向き合うマーシャ。
うわ、マジか…。
…………。
この場合、俺が分かりやすいのか、マーシャが意外と、人を見ているのか…どっちかだが…。
「……………」
「………え、な、なんさ義兄さん、その嫌そうな顔…⁉︎」
「…なんでもない。気のせいだ。…少し…慣れない環境で疲れが出てるんだろう」
「……そ、そうけ?」
「ああ」
“いもうと”に心配をかけるのは兄貴としての“失敗”だ。
…俺の、前世の兄貴の台詞である。
なんか久しぶりに思い出したな…。
前世のこと…『フィリシティ・カラー』以外のことを思い出したの久しぶりだ。
今生きるのに精一杯だし、大分薄れているけど…そうだ、俺の、前世の兄貴は結構凄い人だった。
正直親父よりも、俺は尊敬していた。
俺と妹がゲームで遊んでいる時間も何故か強くなる事へ執着していた人。
どうして強くなりたいのか、聞いたことがある。
お前たちを守るためだ。
俺は兄貴だからな。
真顔で言い返されて言葉を失った。
めっちゃかっこいいと思った。
時代に合わない性分の人だったと思うけど、俺も…少しは兄貴みたいに…。
…………“いもうと”に心配かけてんだ、まだまだだなぁ…俺は。
「…まぁ、でも心配してくれてサンキュ」
「……っ…! う、うん! うん!」
いやぁ、本当に美少女だなぁ、マーシャは。
こんな美少女が義妹とはなぁ…人生分からんもんだよなぁ…。
前世の妹は正直そこまで可愛いわけでもなかったから…たまに眩すぎて困る。
……ん、そういえば……マーシャは俺の…『ヴィンセントルート』のライバル役、って事になるんだっけ。
「!」
待て!
まさかマーシャも破滅エンドしかないんじゃないだろうな⁉︎
マリアンヌ姫は自業自得だが…マーシャは…?
ぐっ、思い出せ!
思い出せ俺!
ネタバレを!
攻略サイトで見て回ったはずだ!
お嬢様関係…ライバル役のことは同じページに記述があったはず!
えーと…えーと…。
「…義兄さん?」
「ちょっと今非っ常に大切なことを思い出している! 話しかけるな!」
「え? あ、うん、わかった!」
…ぼんやーりと…『ヴィンセントルート』のライバル役……義妹で、メイド…。
くっ、この辺りまでしか思い出せない…!
元々お嬢様以外はあんまり興味なかったからな…!
マリアンヌ姫はゲーム冒頭で出てきたから印象に残ってるんだが…。
ーーーネタバレ注意!
あ、あった!
そう、その辺の記憶だ!
頑張れ俺! あと少しだ俺!
ネタバレ大歓迎!
えーと…。
『ヴィンセントルート』のライバル役。
マーシャ・セレナード。
リース家のメイドで、ローナに従順。
義兄に想いを寄せており、ヒロインがヴィンセントに『従者』になって欲しいと頼むと強く反発し、妨害してくる。
ローナほど酷くはないが邪魔であることに変わりない。
攻略方法…マーシャにも好感度が設定してあり、選択肢によっては友人、親友になれる。
その場合でもヴィンセントに対する想いは変わらないため、友人であり恋のライバルに!
続編のネタバレ!
『フィリシティ・カラー 〜トゥー・ラブ〜』で主人公として選択可能になる!
今作では義兄ヴィンセントへの感情は憧れとなっており、前作の攻略キャラクターと身分違いの恋、そして戦場に向かう恋しい人への切ない恋心が描かれている。
前作で明かされなかった『レオハールルート』の悪役姫マリアンヌと取り替えられた『本物のマリアンヌ姫』。
そのためレオハールは攻略対象外。
「…………………………………………」
…ま………………マジで?
おおお思わずゲン◯ウポーズになるレベルで「え? マジで?」なんですけど、大丈夫ですか俺の記憶、本物ですか俺の記憶。
ちょちょちょ、ど、どどどど、動揺がかか、隠しきれないんですけどどどど…⁉︎
「に、義兄さん? ど、どうかしたんけ? 体が震えとるよ⁉︎」
「え、あ、はい、なんでしょうか、いえ、なんでもありませんよ」
「義兄さん⁉︎」
え、え、えええええ…?
こ、こいつ本物のマリアンヌ姫ーー⁉︎
ちょちょちょちょちょおぉぉ…う、うそ〜っ!
い、いや…そりゃ、度々レオハールと似てるな〜、こいつ〜って思った事はあるけど〜?
そ、そそそそそそんな事ありますかぁぁぁ?
「…ん、ンン…」
「…義兄さん…大丈夫?」
「あ、ああ…すこ、少し落ち、落ち着いてきた、多分…」
「な、なにを思い出してたん?」
「い、いや…」
言えるかボケェ!
クッソ、お前のことなんか心配するんじゃなかった!
破滅エンドどころか続編ヒロインかよ‼︎
なんだよその差!
お嬢様が死亡か生涯苦労人なのに対してお前は実はお姫様のヒロインって!
良かったなおめでとう‼︎
続編のヒロインのネタバレあんま覚えてなかったけど、続編もお嬢様は破滅エンドしかなかったからお前に対しては心の底から良かったな‼︎
「…………」
…つまり、つまりだ。
レオハールルートの悪役姫、マリアンヌは…俺の目の前にいる金髪青眼美少女マーシャと赤ん坊の時に取り替えられた。
なんでそんな事になったのかはレオハールルートやってないからわからんが、レオハールルートでのマリアンヌ姫断罪イベントでその真相が明らかになる…らしい。
だが、その事実が明るみになっても…本物のマリアンヌ姫がどこにいるのかは不明のままだった。
それが明かされるのが、続編!
ヒロインとして選択肢可能になり、プレイヤーは『マーシャ・セレナード』の視点で攻略対象と恋を楽しむ。
…す、すでにメイン攻略対象(ケリー、エディン、俺)と追加攻略対象(スティーブン、ライナス)とは接触している。
ヤベェ、違う意味頭いてぇ。
続編にはヒロインがマーシャの場合レオハールが攻略対象外となるため、メイン攻略対象が一人追加される。
…とりあえず、今はそこ、割愛するとして、だ。
「………マーシャ、少し真面目な話をしよう」
「え? きゅ、急にどうしたさ?」
「気になる男はいるか?」
「え…!」
お、落ち着け、落ち着くんだ俺。
い、いや、別に忘れていたわけじゃあない。
でも、まさか、まさかだろ…?
まさかヒロイン(マーシャ)が攻略対象(俺)の目の前に居たなんて、思わないだろう⁉︎
これは重要な案件だ。
か、確認しなくてはならない。
コイツ(マーシャ)によって、お嬢様は新たな破滅フラグを打ち立てられる事になりかねないのだ!
お嬢様…ローナ・リースに関しても続編ネタバレは網羅した。
『ローナ・リース』に関してだけな!
それによる続編『フィリシティ・カラー 〜トゥー・ラブ〜』の『悪役令嬢』ローナ・リースの末路はーーーー!
【レオハールルート】続編追加ヒロインは攻略不可。その為ローナは前作と同様のエンディング。
【エディンルート】ハッピー、バッド共に前作と同様。
【ケリー・ルート】ハッピー、バッド…女好きのクズのままのエディンと結婚。生涯夫の女癖の悪さに心を痛め続ける。
【ヴィンセントルート】ハッピー、バッド共に前作と同様。
new【クレイルート】ハッピー、バッド…女好きのクズのままのエディンと結婚。以下略。
かっわんねーーーのな!
ゆ、唯一ケリールートでの自殺エンディングがなくなるくらいで!
「…ど、どうしたんさ、きゅ、急に……」
「お前みたいなドジ、貰い手は早めに探しておくべきかと思ってな」
「よ、余計なお世話ださ!」
「でももうすぐ結婚適齢期だろう?」
「う」
この世界の結婚適齢期は早い。
結婚ラッシュは20歳だが、早い者はアミューリアに入学したら結婚する。
ご令嬢の産休が普通にあり、という割と恐ろしい現実があったりするのだ。
メイドや使用人だって早くても20代…。
うちのメイド長なんて子供8人もいるぞ。
と、いう俺からしたら都合のいい理由をこじつけてマーシャが“ルート”に入っていないかを確認する!
俺とクレイルートは流石にないだろう…。
い、いや、そもそもマーシャが追加ヒロインとして男をバッタバッタと攻略していくのはやっぱり異世界から正規ヒロインが召喚されてからかもしれない…。
だ、だかしかし!
「…ほ、本当にいねぇべ。…わ、わたしにはまだ早ぇえよ」
「よし、じゃあ気になる人が出来たら一番に俺に報告しろ」
「え、えええ…⁉︎」
「別に取り持ったり、無理にどうこうしたりはしねーよ。兄貴として相談には乗る。約束する」
「……う、うん…わ、分かったよ」
…………なんか、疲れた。
もう帰りたい。
自分のことでも割といっぱいいっぱいなのに…まさかマーシャがラスボスの一角だったなんて…。
ぐぅぅぅぅぅ…。
「……………」
「そ、そんな顔で見んとけ〜、義兄さんん〜! だって、だってお腹すいたんだって〜」
…あれだな、俺も腹が減った。
頭が上手く動かない。
飯を食ってから考えよう。
マーシャが可愛いのは、いつもの事なんだし…うん。
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