町へ行こうよ!【4】



マーシャが続編追加ヒロインと思い出して、食後。


「わたくしは手持ちの装飾品だけでいいわ」

「お嬢様…」


装飾品店でのお嬢様の第一声である。


「えー、せっかくだから買いましょうよー! これとかこれとか! お嬢様にお似合いだべさー!」

「いらないわ」

「え〜…」


マーシャ、こうなったらお嬢様はテコでも動かないぞ。

とはいえ、執事の身分でお嬢様に贈り物もできないしな…それただのキャッシュバック。


「…わぁぁ…」


…で、俺の後ろではスティーブン様がブローチの棚で目をキラキラさせておられる。

ちょいちょい思ってたけどスティーブン様って容姿だけじゃなく、中身もかなり乙女だな。

ギャルゲーのヒロインかマジで。

普通、貴族の男は装飾品でボタンやサスペンダーに付ける留め具部分の装飾を見るモンなんだけど…。


「…はぁぁあぁ…」

「レ、レオハール様…大丈夫ですか?」

「…ああ、うん、ちょっと…装飾品は気が遠のくよね…」


ライナス様が心配する気持ちは分かる。

レオハール様の顔が…いつも笑顔で誤魔化しているあのちゃらんぽらん王子が!

か、かなりいっぱいいっぱいだ!


「大丈夫ですか? お手伝いしましょうか?」

「おお! ヴィンセント!」

「ヴィンセント…本当? 助かるよ…ノルマが、ノルマが…」

「お、落ち着いてください」


ブラック企業の営業マンみたいになってる!


「で、マリアンヌ姫は何を欲しがっておられるんですか?」

「そうだねー、イヤリングやネックレスが欲しいって言ってたけど…単品だと100パー文句言われる〜…」

「う…な、なるほど…(何それクソめんどくせぇな)」

「? なぜ欲しがった物を買って行って文句を言われるんですか?」

「…思ったのと違った、これじゃない、これだけじゃ嫌、別な色も欲しい、ダサい、デザインが気に入らない、ドレスや腕輪と合わせたい…などなど…」

「…そ、そんなに文句を言われものなのですか…⁉︎」

「ライナス…女の子は大変なのだよ…」


…そりゃ気が遠退くわけだわ。

なんて面倒クセェ女…。


「ドレスのお色とデザイン、それと、流行りなども考慮して3点ほどに絞ってみては」

「じゃあこれとこれとこれでいいか」

「……いいんじゃないんでしょうか」


考える事を放棄している…!

まるで働きすぎと睡眠不足で思考力の低下したブラック企業の社畜のようだ…!


「…………」


まぁ、なんにしてもレオハール様のノルマは達成ってことで。

…ただ、店を出る時までスティーブン様がブローチの棚を眺めていたのは少し気になった。


「さーて、あとは薬屋だけだねー!」

「…あ、あの…ロ、ローナ様はお肌とてもお綺麗ですけど、化粧水などはなにを使っておられるんですか…?」

「我が家の薬草園で栽培しているラベンダーやカモミールの精油や、薔薇で作ったローズオイルを混ぜたり…自作しております」

「は、はえ…?」

「え、ええ⁉︎ 化粧水って作れるの⁉︎」

「…レオハール様、作れなければ販売もされませんわ…」


…そうなんだよな…。

お嬢様はお屋敷で育てている薬草園の薬草と、ご自身で品種改良している薔薇なんかを使って化粧水や化粧品は自作している。

そのスキルはマーシャが来てからどんどん上昇しており、前世医療関係者だった事も手伝って最早プロの域。


「わたしの化粧水もお嬢様が作ってくださってるんですだー!」

「ええ! す、すごいですローナ様!」

「ふふふ、リース家のメイドはみーんなお嬢様に化粧水を作ってもらってるんですよ!」

「う、羨ましいです!」

「…スティーブン様はお肌に悩みがおありなんですか?」

「はっ! …あ、い、いえ…」

「ええ〜…じゃあローナに作ってもらった方がいいかな〜? …あ、いや…でもローナをマリーに会わせるのは…怖いな…」

「そ、そうですね…」

「わたくしは構いませんが」


お嬢様をマリアンヌ姫に、会わせる。

どうなんだろう、ゲーム内では接点はないはず。

ゲームの冒頭、召喚されたヒロインは当初、城で魔宝石の研究と訓練に付き合わされる話の流れだった。

だが、そこにマリアンヌ姫が登場する。

マリアンヌ姫は兄(レオハール)が召喚されたヒロインを庇護下に置こうとした事に腹を立て、ヒロインをアミューリア学園の寮へ入れるように命じるのだ。

お嬢様(ローナ・リース)の登場はアミューリア学園に通うようになり、ケリーやヴィンセント(俺)と再会後。

俺はノーマルルートを突き進んだので、お嬢様がヒロインにどんな虐めをしてくるのかはよく知らないが…登場すると大体キツイこと言われてたのは覚えてる。

しかし、それはヒロインのステータスを考えれば割と的確にアドバイスしているような内容だったし…。

というか、マリアンヌ姫がやばくてお嬢様のお小言など大したことなかった気がする。

もう、なんか存在感の印象のレベルがね、違うわ。


「…? なにか騒がしくありませんか?」

「え? …ほんとだね、川の方?」


女子(と、スティーブン様)が化粧水で盛り上がっていると、ライナス様が用水路の方を向く。

…本当だ、確かに…町の喧騒とは種類が違う…。


「“耳付き”だ! “耳付き”が溺れてる!」

「耳付き? …なんだ耳付きなら放っときゃいいな」

「ええ、そりゃ酷くねぇか…? いくら“耳付き”でも見殺しは…」


「!」

「レオハール様⁉︎」


耳付き…聞いたことあるな、どこでだっけ。

と、また記憶を掘り起こそうとしたがその前にレオハール様が走り出す。


「皆はここで待ってて!」

「レオ様!」


いやいや、そういうわけにもいかないだろ。

スティーブン様とライナス様が追いかけていくのだ、この場合当然…。


「わたくしたちも行きましょう」

「んだ!」

「ですよね」


そうなりますよね。


「…あの、でもお嬢様…“耳付き”って聞こえたんですけど…なんですけ?」

「それは差別用語よ、マーシャ。二度と使ってはいけません」

「は、はい」

「……獣人と人間の混血児のことを、そう呼ぶ人が多いの…」

「…え…っ、獣人と、人間…⁉︎」


…!

…ああ、そうか…そうだった。

国境は険しい山脈で区切られているから、種族間の交流は一切ないと言っていい。

だが、人間族は過去、獣人や人魚に支配されていた時代がある。


「そういう時代の時に生まれた混血児たちの子孫なのよ。半分人間で、半分は他の種族の血が流れる者たち…総じて亜人族と呼ばれているわ…。天神族の方々には存在を認められず、国土も持たない者たちよ」

「…そ、そんな…」


『フィリシティ・カラー 〜トゥー・ラブ〜』で明かされる、もう一つの『ティターニア』の真実。

そして、新たにメイン攻略対象となる『クレイ』はこの亜人族の若き長。

クレイは国土を持たず、神々にティターニアの種として認められない彼らを長きに渡る偏見や差別から解放するべく、今回の『支配権争奪代理戦争』に介入してくる。

…まあ、つまりその関係でヒロインとどうにかなってどうにかなるわけだ。

プレイしてねーから詳しく知らん。

で、厄介な事だがメイン攻略対象には当たり前のようにライバル役がいる。

クレイルートのライバル役は幼馴染の亜人の少女、メグ。

彼女は『フィリシティ・カラー 〜トゥー・ラブ〜』1周目クリア後に…3人目のヒロインとして選択出来るようになる。

…マーシャのことを思い出したついでに、思い出した。

それこそが『フィリシティ・カラー 〜トゥー・ラブ〜』の特徴。

元々のテーマが障害のある恋…そこに身分違いの恋が加わったことでそうなるらしい。

まあ、攻略サイトには「は? レオハール様のルートが前作と同じとかありえねぇ。スチルとストーリー追加されてても攻略不可とかねぇ!」「マジ運営にクレーム言ってくる」「運営にクレーム言ってきた」などと凄まじい炎上の結果、アップデートでメグがヒロイン選択に加わった、とあった。

…恐るべしメイン攻略対象不動の人気No. 1。

というか…この辺りまで来ると…ここは1作目ではなく…続編『フィリシティ・カラー 〜トゥー・ラブ〜』のーーー。

うん、でもどっちにしろ俺はメイン攻略対象だ!

カンケーねーや!


「!」


川っつーか用水路なんだが、町の中を横断して流れているので広くて深い。

その端で、レオハール様が思い切り上着を脱いで…飛び込んだ。

は? 飛び込ん…。

レオハール様が泳いで向かう先にはバシャバシャと溺れる大きな耳の子供。

その横には…同じく溺れる子猫!


「レオハール様! ど、どうしたら!」

「ライナス様! お嬢様たちを頼みます!」

「ヴィ、ヴィンセント⁉︎ お前泳げるのか⁉︎」

「習っていたので!」

「え⁉︎」


上着をマーシャに放り投げ、俺も用水路の川べりに降りる。

ギャラリーは人垣を作っているが、誰一人レオハール様のように溺れる亜人の子と子猫を助けるつもりはないらしい。

気持ちが悪いと思った。

見ているだけって…それは見殺しじゃないか。


「ごはっ! ごぼっ!」

「くっ」


沈みかけた子供をレオハールが掴まえて、背中側に回り込み川べりに泳いで連れ帰ろうとしている。

だが溺れる人を支えながら泳ぐのは、専門知識と訓練が必要な程難しいことだ。

前世、趣味で色々やっていた俺はそのうちの一つにライフセーバーがある。

ライフセーバーにも種類があるし、資格取得には条件もあるがそこは割愛する。興味がある人は是非資格取得を目指して欲しい。

講習だけでも役に立つはずだ。

ではなく!

つまり、一応…!


「レオハール様!」

「!」


うっ、重!

なんだこの子、マントなんか被って…これじゃ川べりにたどり着くまでに力尽きる!


「マントを脱がせてください! こっちの体力が持っていかれる!」

「わ、わかった」


水中で服は水を吸い、重くなる。

上着を脱ぐのは軽量化のためだ。

この溺れてる子もまずは余計な重りを外す!

あ、溺れてる人を見かけたらまず人を呼ぼう!

1人で助けるのは不可能だと思いましょう。

ここ大事。

それから顔を上向かせ、呼吸を確保しつつ後ろから支えながら立ち泳ぎで川べりに運ぶ。

子猫…手を伸ばせばあっさりしがみついてくる。

うん、こっちは元気。


「はあ…!」


男2人でなんとか子供1人を川べりに引き上げられた。

気を失っていたお陰で楽に運べた方だが…。


「君、しっかり!」

「…意識なし。呼吸は…あるな」

「? ヴィンセント?」

「人工呼吸はいらないと思います。回復体位にして様子を見ましょう」

「わ、わおう…」


回復体位について分からない人はググれ。

…ん? この子供…。


「ん…っ」

「あ、良かった、気がついたね」


回復体位にさせるより早く、子供が目を開ける。

途端に咳き込んで、少量の水を吐いた。

…うん、これなら大丈夫だな。


「大丈夫かい?」

「…………」


猫のような耳が頭についた、亜人の子。

レオハール様が微笑んで手を差し伸べると、ゆっくりと赤くなっていく。

…そうだな、起き抜けにこのイケメンの笑顔は…つらいな。


「……っ⁉︎」


なんとなく、亜人の子が可哀想になり目を逸らす。

たまたまだ、逸らした視線がレオハール様の首元に留まった。

…え、薔薇の……青い薔薇のネックレス?

ちょっと待っ…お嬢様と同じデザイン…。


「レ、レオハール様、そのネックレスは…」

「!」


バッ!

ものすごい勢いで胸元を閉じられた。


「……………」

「……………」


め、めっちゃ変な空気になった。


「え、ええと…まずは君、かな? …名前は言えるかい?」

「………あ…あう…」

「大丈夫、怖がらなくていいよ」


……うん、その子は怖がってるわけではないぜ、レオハール様。

死ぬ思いをした後にこんなキラキラのイケメンに助けられたと思い知ればいくら亜人の子でも顔を真っ赤にして狼狽えるに決まってーーー


「!」


グレーの薄汚れたマントが俺の視界を突如遮る。

煤けたような灰色の耳。

助けた子の耳じゃない。

そして、ナイフ。

それがレオハール様の顔面を掠める。

寸前で避けたが、例のネックレスはチェーンが切られて俺の方へと落ちる。

うわ、え?

なに…!


「うにゃ! っ、クレイ!」


は? クレイ⁉︎

マントが飛び上がって向こう岸に丸まって落ちる。

振り返ると、グレーのマントから大きな耳。

あ、ほんとだ…追加メイン攻略キャラ…亜人の若き長、クレイだ。

え、ふ、普通に王都にいるの?


「………」


…レオハールへの強い憎しみの眼差し。

なにも言わぬまま、助けた亜人の子を担いで飛び上がり屋根を伝って逃げていく。

うわ、改めて見るとスッゲー身体能力…。

けど、あれでも獣人の半分。

ゾッとしねーな…。


「レオハール様、大丈夫ですか?」

「うん…。まあ、仕方がないよね」

「…………」


あの眼差しのことを言っているんだろう。

だが彼等のようなものを受け入れないのはなにも人間族だけじゃない。

元はと言えば、獣人族や人魚族が人間族を支配していた時に産み落としたのが彼等亜人だ。

本当に面倒を見るべきは獣人や人魚…と、いうのが人間族の言い分。

そうやって押し付け合い、責任を取らずにここまできたんだ。


「…あ、ネックレス…」

「みんなには内緒にしておくれ」


足元に落ちていた青い薔薇のパーツが付いたネックレス。

チェーンは切られてしまったが、取り替えればまだ使えるだろう。

拾ってレオハール様に手渡すと、人差し指を唇に押し当ててウインクされてしまった。

おのれ、ちゃらんぽらんイケメンめ。


「でも、レオハール様、その言い方ですとアレです」

「うん、多分ちょっと違うけど、概ねそう」

「マジで言ってます?」

「君の想像とは違うけどね」

「…………」


なんだ、それ。



「レオ様! 大丈夫ですか⁉︎」

「衛兵! こっちだ!」


ライナス様が衛兵を呼んできてくれたのか。

助かった。

でも、助けた亜人の子はクレイに回収されたんだよな。

実質俺とレオハール様が助けられたのはこの子猫だけ。


「あ、そうだ。レオハール様」

「うん?」

「溺れた人を見つけたら、まず人を呼ぶ! 浮き輪などを投げて助ける! 自分で助けようとしない! 水難救助の基本です! 今回の場合、野次馬どもに手伝わせた方がセオリーです!」

「え、ここでまさかのお説教?」



ちなみに子猫はお嬢様がミミさん(倉庫の番をしているリース家の猫)の後継として引き取りました。





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