俺と王子と魔力適性検査【前編】
「おはよー」
入学翌日。
レオハール様が一時間目の授業が終わってから現れた。
…心なしか、げっそりしているような…。
「おはようございます、レオ様…大丈夫ですか…」
「大丈夫大丈夫。…ほら、僕なんでも出来るから。あっはっはっはっはっ…」
「え、ええ…? 何に対するフォローですか…?」
レオハール様に一番に近付いたスティーブン様。
大変心配そうに見上げる姿はまるでレオハール様の彼女のよう。
…そんなんだからレオハール×スティーブンが…いや、もう言うまい。
というか笑ってる姿が逆に怖ぇ…。
「明日から二時間目からの出席になるんだよね。教員たちにも説明してきて遅れてしまったよ〜」
「ええ? どうしてですか…」
「…マリーの朝ご飯に付き合う事になったからだよ…」
「………………………」
聞き耳を立てていた教室が、別な意味で静まり返る。
昨日の実力テストで席替え済みなのをちゃんと覚えていたレオハール様。
スティーブン様にご自分の席を聞いているが、お席は一番前のまま。
その席に鞄を置いて…身体中から吐き出すような溜息。
「それと、14時半には帰る事になったよ」
「……お、お茶のお時間ですか…」
「うん…」
うええ…。
ま、マジで?
昨日の反省を踏まえ、事前に帰る…って事?
「それじゃ午後の授業は一つだけしか出られねーな」
「うん」
レオハール様の真横の席になったエディンが片肘をつきながら話に加わる。
午前は二時間目から。
午後は一時間だけ出て城に帰宅?
…た、大層ハードなスケジュールではないだろうか…?
それにいくら王族とはいえ、そんなんで授業についてこれるのか?
「…そんな…お勉強が遅れてしまうのでは…」
「大丈夫大丈夫、多分…『記憶継承』で結構知識に関しては問題ない、はず…」
あ、冒頭のなんでも出来るから〜って、そ、そういう意味か。
「レオハール様、それはマリアンヌ姫様からの命令なのですか?」
話に割って入るのはライナス。
因みにライナスはレオハール様の後ろの席である。
「うんまぁね…。まだ陛下にはこの旨話していないから、ずっとそのサイクルになるかはまだわからないけれど…」
「仮にも次期女王と言われる方が、兄君である殿下の学ぶ時間を奪うのは如何なものでしょうか⁉︎」
「ん〜…でも、僕が付き合わないとアミューリア学園の始業時間そのものを遅らせるとか言い出したから……そんなことされるより僕一人の勉強が遅れたほうがマシだろう?」
「は…⁉︎」
笑顔で…。
…え、…………笑顔で何か言いだしたぞ…⁉︎
え? なっ……は?
き、聞き間違いか…⁉︎
「………レオ…そろそろ本気で陛下にマリー姫の我儘をなんとかしてもらう時期じゃないか? 家臣がついてこなくなるぞ」
「陛下かぁ…僕も半年くらいお目通りしてないんだよね〜…。居場所も聞いてないから、知らない」
「マジかよ…」
ウ、ウェンディール王家…闇が深い…‼︎
ゲーム内冒頭でもヤバイご家庭の気配はしていたが、一国民になってみると冗談抜きで困るな!
……………いや…ちょっと待て…。
乙女ゲーム『フィリシティ・カラー』…で…どのキャラクターとも恋人にならない………俺が見た唯一のエンディング。
た、確か元の世界に帰る術のないヒロインはそのままウェンディール王国で生きていくことになる。
そして、メインシナリオ…つまり共通のシナリオで………レオハールは王位を継ぐ意思はなく、唯一、レオハールのルートでのみ「ヒロインのために王を目指す」ようになる…。
他の攻略対象たち…例えばお嬢様が破滅しないエンディングの、ライナス様やスティーブン様たちのエンディングになっても彼らと結婚するだけで……。
つまり…このままだとマリアンヌ姫が女王になる…。
それって、レオハールルート以外のキャラのルートに入っても“この国そのもの”がヤバイことになるんじゃあないか…⁉︎
「…………ッッッ…」
か、考えもしなかった。
ゲームだから、ヒロインやキャラクターの“その後”なんてきっと『幸せに暮らしました。めでたしめでたし』だと思っていた…。
でも、違う。
金の髪、青い瞳のあののほほんとしたイケメン王子が王にならなければーーーー我儘放題好き放題のマリアンヌ姫が女王になる…!
そんな事になったらお嬢様だけの問題ではなくなるぞ…⁉︎
「…………」
「…………」
不安げな教室内。
この場にいるのは皆、将来その『女王』に仕えることになる貴族たち。
レオハール様の話を聞けば誰だってそんな顔になるだろう。
お嬢様……は、やっぱり無表情のままだが…。
「陛下は例の戦争を見据えておられるからね……マリーも再来年にはアミューリアに入るし…そんなに不安になることないんじゃない?」
「あー、代理戦争か…よりにもよって俺たちの時代に来るとはな…」
「う、うむ…勝利国によってはマリアンヌ姫どころでは、ない、か…」
「そ…そう、ですね……も、もし『獣人國』や『シェリンディーナ女王国』が勝てば…きっとまた人間族は隷属の対象に……」
しーん、とお通夜レベルの空気。
代理戦争…。
正式には『大陸支配権争奪代理戦争』。
ゲームのプレイヤー…他人事だった時は深く考えたこともなかった。
人間族以外の種族の考え方。
それによる大陸を支配した勝利者の支配の仕方。
『フィリシティ・カラー』の設定を思い出すついでに調べた世界の歴史。
人間族は一度も勝利したことはなく、身体能力のズバ抜けて高い獣人族や、魔力が高く女尊男卑の種族である人魚族が優勝して500年間支配されていた時期はとんでもなかったという。
人間族は文明を奪われ、隷属させられ、命も尊厳も踏みにじられて…衰退する。
それでも500年周期の代理戦争で他の種族に無関心なエルフ族や妖精族が勝利すれば自治権を回復させることを認められて、再び500年でなんとか…ここまでの文明を取り戻す。
今の支配種はエルフ族。
だが、また獣人族や人魚族が勝てば…。
マジで勝たなきゃ、ヤバイんだ…代理戦争は。
ゲームでは…プレイヤーは負けても痛くもかゆくもない。
セーブしたところからやり直せばいい。
レオハールのおかげで俺もなんとかあの戦争には勝って、ノーマルエンディングだけど、クリアはした。
でも…今はーーー。
「…………………………」
お、お嬢様の破滅エンドを、救済するんだ。
そう決めたんだ。
代理戦争に負けるわけにはいかない。
もし負ければ…。
もし、獣人族や人魚族が優勝すれば…お嬢様はどうなるんだ?
隷属の対象にさせられたら平民どころか貴族だってどうなるかわからない。
“この国がやばい”のは同じだが規模が違う。
そして今の俺は…『従者候補』の『ヴィンセント・セレナード』。
………うわ、クソ…マ、マジ怖ぇ…。
攻略対象キャラがみんな最初は『従者』になるの嫌がった理由がよく分かる…!
「レオハール様、その件で昨日、教師の皆様から本日『魔力適性検査』を行うと言伝を預かっております」
突然凛とした声。
お嬢様の声…。
それが俺を現実へと引き戻す。
お嬢様がレオハール様へと近づいていく。
あ、ああ、そういえば帰りにそんな話ししてたな…。
魔力適性…魔法を使えるようになる、適性検査。
『極高』のレオハール以外のメイン攻略対象は『高』。
追加攻略対象は『中』…。
俺は『高』のはず。
…だから城でヒロインが召喚された時、ケリーと一緒にその場にいるんだよなぁ…。
うう、やだなー…。
「ああ、あれ今日やるんだ」
「はい、レオハール様がいらっしゃってから行うそうですから…」
「なあ、レオ、人間が本当に魔法を使えるようになるのか?」
お嬢様の声を遮り、エディンが…恐らく全貴族の疑問をレオハール様へとぶつけた。
お嬢様ですら、あの無表情さに神妙さが加わりレオハール様を見る。
…そ、そうか、現時点でヒロインや『魔宝石』のことはみんな知らないのか。
「研究が進んでるっつっても信じられないんだが」
「だよねー」
「…だよねー、じゃ、なく。真面目に聞いてんだよ…」
「もしかして、魔力適性が高い人間が代理戦争に出るって噂のこと?」
「…まあ、それ含めだけど…」
「さあ? どうせ僕は出るの決まってるからあんまり興味なくてよく聞いてないんだよね〜」
あはははー。
と、笑いながらまた爆弾投下したぞこの王子。
「…レ、レオ様、代表に、もうお決まりなんですか…⁉︎」
「王族だし、僕はみんなよりたくさん検査とかされてて能力が飛び抜けてるんだって言われてしまったよ。だからもう一人目けってーい! まあ、魔力適性検査はまだだからみんなと一緒に受けるけどね〜」
…ええ〜…マジかよこの王子…。
笑いながら、言うことじゃねーだろ…。
お前の魔力適性…『極高』なんだぞ…⁉︎
「大丈夫、適性高くても代表にさせられることになっても僕が一緒だよ〜」
そう言われて安心する奴は、そりゃ、確かに居るだろう。
少なくともスティーブン様はどこか安心したような表情だった。
でも、俺は…ゲームで、知っているから。
俺もゲームでは大変お世話になったので、ありがたく思っていたから…。
でも…!
俺は、自分が『従者候補』になるほど魔力適性が高いと分かった今…あんたみたいには、笑えない。
だって考えただけで命がけの代表戦争はめちゃくちゃ怖ぇから…。
どうしたら、そんな風に笑えるんだよ…!
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