番外編【レオハール】




「遅い! なにをしていたの⁉︎」

「ごめんごめん。けれど、僕は今日から学校へ行くと言ったじゃないか。君は昨日、我慢するって約束したよね? マリー」

「……そんなの、昨日で効果切れよ!」

「え〜〜…」


天井を見上げた。

おいおい、僕は昨日確かに「明日から学校だから、お休みの日以外はマリーと遊べないよ」って言って君は「わかった」って了承したじゃないか。

もうなにを言っても無駄なのは分かってるし、半分くらいこうなる気はしていたけれど。


「…そんな事より早く席に着いてよ! 今日は美味しいケーキの日なんだから!」

「…マリー、お茶が終わったら僕は授業に戻るからね?」

「はあ⁉︎ ダメよ、なに言ってるの⁉︎ お兄様は今日もマリーと遊ぶの! 昨日の続きをするのよ!」

「マリー…」

「うるさい!」


勢いよくテーブルを殴る異母妹(いもうと)。

肩を跳ねさせる侍女たち。

…ああ、本当に頭が痛い。

これ以上癇癪が悪化すると彼女たちも可哀想だ。

致し方ない。


「お兄様はマリーの言う事を聞いていればいいのよ‼︎ どーせここ以外にお兄様の行くところなんてないんだから! 誰のおかげで今の暮らしができていると思ってるの⁉︎ 無駄口叩いてないで早く座って!」

「……はいはい」


勉強嫌いで、僕と居ない時間も遊び呆けていると聞いているけど…どこでこんな言葉を覚えてくるんだろう?

あれかな、少しの自由時間のために読ませるようになった恋愛小説かな?

うーむ、そう考えると恋愛小説も考えものだなぁ。

ますます姫らしくなくなってしまった気がする。

言われた通りに席に着いて、侍女の淹れたお茶を飲む。

妹、マリアンヌは甘いものを大層好む。

だからお茶には、砂糖を三杯。

白い陶器に入った、真っ白な粉に吐き気を覚えた。


「はい、お兄様」

「…ありがとう」


…正直よく平然とその粉をお茶に混ぜて飲めるな…と毎度感心してしまう。

僕は、母があの白い粉状の毒を飲んで目の前で苦しみもがきながら亡くなっていったから…いつもとても恐ろしい。

甘いもの好きな君に毎日それを強要される度に思い出すから、砂糖というものは余計に恐ろしく、そして嫌いだ。

一杯半。

僕の最低限の譲歩。


「相変わらず少なくない? お兄様、そんなんでお砂糖の味がお分かりになるの⁉︎」

「この絶妙さがいいんだよ。マリーももう少し大人になれば分かるんじゃないかな?」

「なによ! 二つしか違わないのに大人ぶらないでよ!」

「でももうすぐマリーは14歳のお誕生日だね。プレゼントはなにが欲しい?」

「! …えっとね…新しいドレス! それから、靴とネックレスと…イヤリングも欲しいし…!」


多っ。

そんなの腐る程持ってるじゃないか…。

まさかまたサイズアップしたのか?

…小さな頃よりふっくらしてきたけれど、大丈夫なのかな。

あまり膨らみすぎると女王としての見栄えが…。

まあ、言ったところで無駄だよね…。


「あー、でも一番欲しいのはこのそばかすやニキビを治すお薬かしら…。ねえ、お兄様! 探して来て!」

「うん、分かったよ。それにしてもマリーももう14歳かぁ…早いなぁ…」


早く成人してくれないかな。

…それにはあと6年もある…。

けど、大丈夫マリーも来年は15歳。

この子も再来年にはアミューリアに入学する歳だ。

少なくとも男子禁制の女子寮に入ればこの苦痛でしかないお茶会はなくなる、はず。

…あと2年…頑張れ僕、大丈夫、いけるいける。


「それで、婚約者は決まったのかい?」


早く僕の代わりにこの子の相手をしてくれる婚約者が決まればいいのに。

そう思い続けて早4年。

案の定というか、そんな気はしていたけれど…同い歳の男の子の誰もこの子の婚約者に名乗りを上げない。

おかしいよね、次期女王の夫候補なのに。


「ぜーんぶお断りしてやったわ!」

「ええ? どうして?」

「みんなマリーの上辺しか…髪やドレスしか褒めないからよ!」


……他に褒めるところがなかったんだろうね…。


「失礼しちゃうわ! もっと内面を見てくれる男じゃないとマリー、結婚してやらないことにしたの!」


……生涯独身を貫くつもりか?

それは困る! 色々と!

僕の精神がもつ気がしない。


「そうだね。けれど早く婚約者を見つけないとね。マリーはこの国の女王になるんだから。…王家の血を繋ぐことはマリーの仕事だよ」

「分かっていますわ! …あーあ、お兄様が赤の他人なら良かったのに〜…。そうしたらマリー、お兄様と結婚できたのにな〜」


考えただけで恐ろしい。

血の気が引くっ。

一応血が繋がってて良かった。


「お兄様もそう思うでしょ⁉︎」

「…でも無理だよ。マリーにそう言ってもらえるのは光栄だけど…マリーはこの国の未来を背負う立場なのだから。ちゃんとした夫を見定めなければいけないよ?」

「分かってる!」


…ほんとかなぁ…。


「ちゃんと立派な女王になって、元気な赤ちゃんを産むわ! だからお兄様はずーっとマリーの側にいるのよ! 結婚したり、マリー以外を好きになるのもダメだからね⁉︎」

「はいはい、分かっているよ」




結局、いつも通り死ぬほど長いお茶会は夕飯まで続いた。

マリーの我儘で一緒に夕飯も食べ、明日の朝食も一緒に食べることが決定してしまう。

男子寮には帰らず、しばらく戻らないと思っていた城の自室のベッドへ横たわる。

まあ、呼び出された時点でそんな気はしてたけどね。


「…レオハール王子…お休みのところ申し訳ございません…。マリアンヌ様がお呼びで…」

「………。はーい、今行くよー」


風呂から上がるなり呼び出しかい。

扉を開けると、侍女が大変申し訳なさそうな顔で待っていた。

君たちも大変だよね…。


「また寝る前に本を読めっていうんだろう?」

「う…は、はい」

「大丈夫、わかっているよ。わざわざ呼びに来させて悪かったね」

「そ、そんな…とんでもないことでございます」


流石に最近では年頃なのもあり同衾しろとは言われなくなったけど…。

寝る前に本を読み聞かせるのも割ときついんだよね、同じ本は文句言われるし続き物だと寝付かないし。

歳を考えると童話は読めない。

そろそろ1人で寝られるようになって欲しい。

本来その段階はとっくの昔に迎えていていいはずなのだが。

そう思いながらもマリアンヌの部屋へ行き、彼女の部屋の本から今夜読み聞かせるものを選ぶことにした。


「マリー、リクエストはある?」

「えーっとねー『赤い血の頭巾姫』」


…………なにその怖い題名。

ホラー?

寝れる? 本当に寝れるの?


「…マリーももうすぐ14歳だから、1人で寝られるようにならないとね」

「分かってますわ。14歳になったら寝られるようになりますーっ」


………それ8年くらい前から言ってるよね…。


「あ! そうだわお兄様! マリー良いこと考えたの!」

「え? なに?」


嫌な予感しかしない。


「お兄様、男子寮からじゃなくてお城から学園に通えば良いのよ! どうせ馬車で30分位でしょう⁉︎ そうすればマリーと一緒に朝ご飯を食べてからお出かけして、今日みたいにお茶を飲みに帰って来れば夜まで一緒! マリーってば賢い! ね! 良い考えでしょう⁉︎」


…………うん、思っていた以上にロクでもないことを思いついたね…。


「…マリーと一緒にご飯を食べたら僕は遅刻してしまうよ…。朝食は30分早めに食べなければならなくなる。マリーは早起きできる?」

「30分くらい平気よ!」

「そう? 本当に…」

「学園の始まる時間をずらせば良いんだから!」

「…………。ん?」


ん?

んんん??

学園の始まる時間をずらせば良いとか聞こえたような…???


「そうすればお兄様は遅刻しないし、マリーと一緒にいつも通りご飯を食べられるでしょ? マリーって天才よね!」

「……ん、んん? そ、それは…」

「…嫌なの?」


…………まずい。

顔に出てしまった。


「嫌なの? お兄様…」

「……い、嫌とは言っていないよ…。ただ、それは僕以外の大勢の人に迷惑がかかってしまーー」

「だったらお兄様は学園なんて行かなければいいのよ!」


あちゃあ、始まってしまった。


「お兄様はずっとマリーと一緒にいればいいの! 本当はお兄様がマリー以外の人と一緒に居るのも嫌なのに、マリーはちゃんと我慢してるのよ⁉︎ お兄様なんてつまんない下女の子供のくせに、マリーに口答えするなんて生意気っ! お兄様はマリーのものなんだから! マリーの言う通りにしていればいいのよ‼︎」

「……うん、分かってるよ…」


本当にどこでこんな言葉を覚えて来るのやら。

ああ、すっかり手足が冷えた。


「ほら、少し落ち着いて。深呼吸して、マリー。未来の女王がそんな怖い顔をしていてはダメだよ。…えーと、本はこれで良かったかな?」

「…………うん…それ」

「じゃあ読むよ。横になって、目を閉じて」




……たくさん叫んだせいか、思いの外マリアンヌは早く眠ってくれた。

本を棚に戻して、灯りを消す。

部屋から出ると3人の侍女が強張った顔で僕を見詰めた。

そんな彼女たちへ、微笑みかける。


「大丈夫、寝たよ」

「あ、ありがとうございました…」

「あの…」

「そうだ…今日マリーが“お茶会”で残したお菓子、君たちで食べちゃいなよ。まだ残ってただろう?」

「え?」

「で、ですが…」

「いいからいいから。お菓子勿体ないじゃない? あ、でも、他の子達には内緒でね」


ウインクして、茶化す。

何か言いたげだった彼女たちの表情が明るくなる。

王族の食べるお菓子なんて、さすがの城の侍女たちでも食べられるものではないからね。

でも、破棄するには勿体ないじゃないか。

僕は砂糖が嫌いだけど、お菓子にはなんの罪もない。

お菓子を一生懸命作った職人にも。


「ありがとうございます、王子様っ」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます、レオハール王子!」

「おやすみ〜」



部屋に戻る。

向かったのはベッドではなく、窓。

窓ガラスに映る、王族に多いと言われる…金髪青眼の容姿。



王子様、か。




「…王子様になんて生まれたくなかったなぁ」







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る