お嬢様と義弟



お嬢様の婚約者が決まってから半年後、リース家に新たな破滅フラグがやってきた。

俺は現在進行形で笑顔を浮かべたまま頰を引きつらせている。

膝に怪我をしたままの不貞腐れ面のガキ。

赤銅色の髪と赤い瞳、実に攻撃的な表情。


「ケリーだ。遠縁の子だが、今日から我が家の一員となる。皆、宜しく頼むよ」


はい、旦那様。

俺を含めた使用人、メイド一同が丁重に頭を下げる。

第一印象から性格悪そうで頭が痛いが、俺は別な意味でも頭が痛い。

お嬢様の破滅ルートが増えたのだ。

しかもまだなんの対策も思いついていない。

それに、このままだと俺はお嬢様の執事ではなくこいつの執事になってしまう。

それも嫌だ!

俺はお嬢様のお側がいい!


「宜しく、ケリー。わたくしは…」

「ふん!」


お嬢様が声を掛けて手を出すとケリーの奴はプイと顔を背ける。

なんなんだこいつ。

そんな態度を伯爵の娘にとっていいと思…


「…わたくしはローナ。今日から貴女の姉です。早速この屋敷の中を案内するわ。付いておいでなさい」

「ふん!」

「ケリー」

「ふん!」


お嬢様の言葉にも旦那様の言葉にも同じようにそっぽを向くケリー。

なんだこいつ。

なんでこんな生意気な態度を…。


「…困ったな…」

「大丈夫ですわ、お父様」

「ローナ…」

「ヴィニー」

「はい、お嬢様」


呼ばれて一歩前に出る。

まさかお嬢様…俺にぶん投げる気じゃ…。


「ケリーに厩舎と農園を案内するわ。付いて来て」

「え。あ、かしこまりました」


厩舎と農園?

俺とは違う意味で「厩舎と農園?」という顔をしているケリーを促し、先に外へと出る。

お嬢様はドレスから着替えないと厩舎や農園にはいらっしゃらない。

先に行って色々説明しておいて、と言い残し部屋へと入っていく。

…マジで?




「…ここ、貴族の屋敷じゃないのか?」


ケリーを厩舎へと案内する途中、実に純粋な疑問を投げられた。

つい遠い目のまま笑ってしまう。

だよな、そう思うよな…。


「リース伯爵家は先先代の頃より屋敷の庭に農園や厩舎、放牧場、果樹園、薬草園を造られて運営しておられるのです。確かに貴族のお屋敷とは思えない規模と生産数を誇っておりますが、四年ほど前、国で斑点熱が流行った際は薬草園を開放されて国を救った事があるのですよ」

「斑点熱…俺も罹った」


え、マジか。

さっきまでのつっけんどんな態度が急に不安げになる。

…あれ、苦しい上、身体中に浮かぶ斑点が気味悪くて怖いもんな…。

気持ちは分かるぜ…。


「…そうなのですか。実は私も斑点熱で死にかけたんです」

「! お前も罹ったのか」

「はい、ですがこのお屋敷の薬草で命を救われました。それがご縁で、今こちらのお屋敷にお仕えさせて頂いております。リース伯爵家の皆様には感謝してもし足りないくらいです」

「……。…立派な方なんだな。…それに比べて俺の親は…」

「ケリー様の…実の親御様ですか?」


ケリー・リース。

攻略サイトにはリース伯爵家に養子に来る前の生活は詳しく載ってなかったな。


「貧乏な男爵家の五男として生まれたらしい。だがそんなに子供を養えないからと金と引き換えに養子に出された。前の家で聞かされたんだ。俺は余分に生まれて売られたんだと。結局前の家にも息子が生まれたから俺はいらなくなったんだとよ…」

「…そんな…」


養子のたらい回し!

そんな事あるのか⁉︎


「この屋敷の奴らも後継が居なくなるから俺を引き取ったんだろう?」

「ええ。ですが、伯爵様は…」

「…後継なんて、興味ねーっつの! 俺は好きにやらせてもらうぜっと!」

「あ!」


な、なんてスルスルと猿のように木に登るんだこの坊っちゃまは!

クソッ、厩舎まであと少しだというのに…!


「フッ…」


そうかい、そっちがその気なら俺も本気になろうじゃあないか…。

俺が前世どこで育ったと思ってやがる。

前世では春、スギ花粉が飛ぶのが目に見えるほどの山の中だぜ?

兄貴ほどじゃあないが俺もそれなりには木登りに覚えがある!


「なにをしているの」

「お、お嬢様…」


腕を捲ってガシッとケリーの登った木に手をかけた時、後ろから上品な作業着に着替えたお嬢様が!

や、やばいやばい、変なところ見られるところだったぜ。

あ、いや、そうじゃない!


「ケリー様が木の上に…」

「まあ、元気ね」

「ベーッだ!」


ガキ全開か‼︎


「元気なのはとてもいい事だわ。じゃあその元気を貴方の馬のお世話に使いなさい。ほら、会いに行くわよ」

「…え? 俺の、馬?」

「先日生まれたの。貴方がいらないのなら騎士団に売ることになるけれど…」

「……………」


お嬢様の登場に放牧場担当のマーチが走って来る。

…ああ、放牧場担当のマーチはジャーマン・シェパードの女の子だ。

大変優秀な方で、俺にも尻尾を振って笑顔を振りまく愛嬌のある可愛いお嬢さん。

彼女は厩舎の子たちを放牧場へと誘い、夕方には厩舎へと戻してくれる。

放牧中も周囲の警護を担当しているのだ。


「犬!」


ケリーはそんなマーチを見るや否や嬉しそうに降りて来る。

マーチは基本、男が好きだ。

ケリーにも一瞬で懐いて尻尾を振る。

…打ち解けるの早すぎではないか?


「この子はマーチよ。放牧場を担当しているの」

「ここで飼ってるのか⁉︎」

「他にもマーチの旦那でピースという子がいるのだけれど…」


お嬢様が放牧場を眺める。

ピースはオスのジャーマン・シェパード。

マーチがこんな性格のせいもあるのかもしれないが、慎重な性格で警戒心と責任感が強い男前なやつだ。


「ダメね、ピースは近づいて来ないわ」

「初めて見る人間に警戒しているんでしょうね」


俺も半年ほどは警戒されて全然近づいて来なかったからな。

だが、ケリーはというとマーチを撫で回しながらもピースに興味津々…目がキラキラだ。

動物が好きなんだな…。


「なぁ、馬、見たい!」

「ええ」

「あっちにいる牛や羊は触れる⁉︎」

「あの子達は今食事中よ。でも、お世話に興味があるなら教えてあげるわ」


尻尾を振るマーチを伴って厩舎へ行くと、そこからはまるでケリーが別人のようになる。

厩舎の中にいた生まれたての仔馬に目を爛々と輝かせ、それはもうしつこいくらい丁寧に話しかけたり母馬に餌や水を持って行ったり…。

…いや、え?

お前も貴族の出だよな?

やってる事が専門の人みたいだぞ?


「まだ名前がないの。今後も世話をするのなら貴方が名づけていいわよ」

「ホント⁉︎」


そうして嬉々としてケリーは仔馬に「ジャスティ!」と名前を付けた。

うん、いい名前だ。


「…この子のお世話は貴方に任せるわ」

「うん!」


打ち解けるの早!

いや、良かったけど…。


「あ! 猫!」


厩舎から出て次は農園へ案内しようとしたところ、今度はミミさんが「プミャー」と鳴きながら現れた。

ミミさんは農場の倉庫にネズミ除けとして勤務されているベテランだ。

彼女にもベリーという旦那がいらっしゃる。

ちなみに彼女たちは雑種で元野良猫。

住み込みで働くようになった時期も別々だ。


「ミミよ。農園の倉庫でネズミや虫の番をしてくれているの」

「よろしくな、ミミ!」

「フシャー!」

「…あまり大声を出すと引っかかれるわよ」


気難しい方なんだ、ミミさんは。

マーチの時のようなノリで接すると流血沙汰になる。


「…すごいな、ここ! 貴族の屋敷じゃないみたいだ!」

「そうね、よく言われるわ。でも、民を導き守る貴族だからこそ、民の悩みや苦労を実際味わってみることは彼らを理解することにも繋がる。そういう考え方で、ひいお祖父様は屋敷の庭をこんな風にしたのだそうよ」

「……貴族、だから?」

「ええ。民に負担ばかりを強いてはならない。民と共に歩む。そして、貴族として、民を守り導かねばならない。それが我がリース伯爵家の家訓なの。…お父様が養子を迎えるとおっしゃった時、わたくしはこの家訓を養子で来る者が理解できるのかと少し不安だったわ。…けれど、貴方はきっと大丈夫ね」

「……………」


…確かに、動物の世話も好きみたいだし…。

貴族らしからぬリース伯爵家の庭の中を興味津々で見ていた、貴族のくせに木登りが出来るこの子なら…お屋敷に馴染むのも早いだろう。

というか、既にマーチや厩舎の子たちとは仲良くなったようだし。


「……ずっとここに居ていいの…」

「?」

「俺…」

「何を言っているの? 当たり前でしょう? 貴方がリース伯爵家を継ぐのよ。このお屋敷と、農場や厩舎の子たちを守っていくの。わたくしはお嫁に行くのだから。貴方が頼りなのよ」

「……………」


グッと泣きそうな顔になったケリーから、俺は目を逸らした。

そうか、お前も俺と同じだったんだな。

俺と同じように、お嬢様に…与えてもらったのか。

居場所を。

生きる場所と意味を。


「立派な人間になりなさい。この屋敷のことを馬鹿にする者たちに、舐められないような人間に」

「…! …うん!」




この日、俺と同じお嬢様の犬が増えたのだった。




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