うちのお嬢様が破滅エンドしかない悪役令嬢のようなので俺が救済したいと思います。

古森きり@『不遇王子が冷酷復讐者』配信中

幼少期編

お嬢様と俺






妹は乙女ゲームというものがとにかく好きだ。

俺もゲームは好きなので就職が決まるまで暮らしていた実家ではたまに、妹のプレイ風景を眺めていたことがある。

いやいや、家族の集まる居間でやるなよ、と思った事がないわけではない。

しかし昨今の乙女ゲームとはポータブルゲーム機でも出来るもののようだ。

妹が突然憤慨した、その画面を見ると大層美人なご令嬢が映っていた。

彼女は主人公のライバル役で、悪役令嬢と呼ばれるジャンルのキャラクターなんだとか。

なんと、昨今の乙女ゲームにはそんなものがあるのか。

俺が学生時代にやっていたギャルゲーにはライバル役なんていなかったぞ。

難易度が上がっているんだなぁ。

呑気にそんな事を考えていたものだが、その冷淡な美貌の美少女は存外、俺の好みドンピシャだったので妹が飽きた頃に借りてプレイしたのを覚えている。

人生初の乙女ゲーム。

だが悲しいかな、悪役令嬢…ライバルキャラとのエンディングなど乙女ゲームにはないようだった。

ネットで攻略サイトを巡ってみたが、彼女と親密になるルートはない。

とても残念に思いつつ、ノーマルエンディングを見て妹にそのゲームを返却した。

感想を聞かれたので「ライバル役の子を落としたかった」と素直にいうと真顔で「え、お兄ちゃんドMなの?」と聞き返されてしまう。

確かに、美貌と同じく発言も冷淡でややつっけんどんな感じだったが…主人公のパラメータを考えればご指摘ごもっとも、と思った事ばかりだったような…。


「そうかも」




まあ、それも昔のことだ。

就職してから1人で海外旅行に行くのが趣味になった俺は、遠く離れた海外で1ヶ月前から妹が行方不明になっているという話を両親に聞かされる。

なんで1ヶ月も黙ってたんだ!

憤慨して、すぐに帰りの飛行機に乗り込んだ。


だが、俺はその飛行機で日本に帰ることはなかった。

親にはとても申し訳なく思う。

娘が行方不明…次男は飛行機事故で永遠に喧嘩別れ。


ああ、ごめん、父さん母さん…。





「…………………………」



…と、いう記憶を、仄暗い天井をぼんやりと眺めながら思い出した。

俺は“生まれる前”、外資系企業に就職して勝ち組人生を謳歌していたそこそこ優秀な25歳のサラリーマンだったんだと。

…熱で朦朧とする。

そうだ、それが『俺』だったはず。

だが今はどうだ?

親の顔もわからず、物心ついた頃にはスラム街の隅で同じスラム暮らしのおっさんおばさんのお情けで命を繋ぎ、気付けば流行病で死にかけている。

…うん、これも『俺』だ。

ああ、熱いなぁ…目の前がクラクラする。

俺は、また死ぬのか?

こんな、10年も生きていない子供なのに…。


「気が付いたのね…」

「……きみは…」


相変わらず歪んだ視界。

それでもなんとかランプを持つ少女の顔を見上げた。

歳の変わらなさそうな幼い少女は、ランプを側に置くと俺の頭に乗っていた生暖かい布を持ち上げる。

じゃぶじゃぶと氷水に布を入れ、絞ると俺の頭に乗せてくれた。

ああ、冷たくて気持ちいい…。


「飲みなさい。解熱の薬湯です」

「……………」


何を言われているのかよくわからないが、頭を柔らかな膝に乗せられて開いた口に暖かなものが流し込まれる。

余程喉が渇いていたのか、その時初めて潤っていく事に気がつく。

だが、に、にっげぇぇぇ…。

苦いけど、喉の渇きには敵わない。


「じきに薬が効いてくるわ。…もう大丈夫よ」

「……………」


金色の髪と、紫の瞳の美少女はどことなく覚えがあるような…。

でも、こんな幼女の知り合いはいないはずだ。

身なりもかなりいいように見えるし…。

…だめだ、目を開けていられない。

彼女が立ち上がり、隣の誰かにも同じように額の布を取り替えている。

目を閉じたことで聴覚が冴えたせいか、周りに呻き声が多く上がっていることに気がついた。

ここは、どこだ?

俺は…………。


ーーーーこの国…『ウェンディール』は今、斑点熱という病が流行っている。

南の大国からもたらされたというその病は名の通り身体中に赤い斑点と高熱が出て、最悪死に至る。

特効薬はなく、解熱の薬草がせめてもの治療法。

そして孤児であり、スラムで草の汁を食らいながら生きていた俺も例に漏れずその病に罹った。

ここまでは、覚えているが…。


「……苦いけど、飲みなさい。解熱の薬湯です」

「あ、ありがとうございます…ありがとう…」


目を閉じていてもそんな声が聞こえる。

あの幼女の声と、弱り切った…俺と同じスラム暮らしのおっさんの声だ。

たまにパンを分けてくれる、気のいいおっさんの…。

解熱の薬草なんて貴族が買い占めてて俺たちみたいな下層まで回ってくるわけがないんじゃ…。

そんな考えを最後に、俺の意識はまた朦朧としてきた。

そして、どれくらい寝ていたのか…次に目を覚ましたのは石造りの建物に太陽の光が差し込んできて、街がざわつき始めた頃………。


「ん、んん…」


ぼんやりとしたままの使えない頭を抱えながら、上半身を起こす。

体が起こせるくらい、熱は下がって回復したのか。



(あの女の子のおかげか…)



薬湯を飲ませて回っていた、幼いナイチンゲール。

辺りを見回すとボロ布の上にほぼ間隔もなく寝かされる人々。

皆顔を見たことがある。

…スラムの住人たちだ。

額に白い布切れを乗せ、呻く者、安らかな寝息を立てる者、深い眠りで微動だにしない者…。

頭の上のか細い通路を白衣の男女が数人歩きながら、患者たちを看護している。

改めて言うが、ここの者たちはスラム街の人間だ。

国の底辺、ゴミ溜めのゴミ。

どうして、そんな俺たちが見るからに医者の治療を受けているんだ?

一人の白衣の男が起き上がった俺に気が付いて近づいてくる。

口を開けるように言われ、言われた通りにすると「うん、口の中の斑点も消えてきているね」とマスク越しでも分かる笑顔を浮かべた。


「あの、ここは?」

「ああ、ここはリース伯爵家が設置した臨時治療所だよ。リース伯爵は知っているかい?」

「………い、いいえ…」

「セントラルの伯爵家さ。リース伯爵は農場の他に薬草園を営んでおられてね、此度の流行病に薬草園を開放されて解熱の薬草を大量に卸して下さったんだ。お陰でセントラルだけでなく、君たちのように身寄りのない人たちの治療にも使えるようになったのさ。まあ、一番はリース伯爵令嬢がわざわざここまで足を運ばれたのが大きいけれど」

「…リース伯爵令嬢?」


あの方だよ、と医者が出口に顔を向ける。

外では炊き出しが行われていて、そこには昨夜の金の髪の幼女が佇んでいた。

紫色のケープと、暖かそうなピンク色のコート。

後ろ姿だけでも品のある佇まいだ。

スラムの貧しいゴミみたいな底辺たちはこぞって炊き出しに並んでいる。

あんな臭い連中を前に顔色ひとつ変えない、あの子がーーー貴族の令嬢?

馬鹿な、そんな事があるのか?

貴族ってのは偉そうにして、平民を小馬鹿にしながら高い飯をバカバカ食らうしか脳のない奴等じゃないのか?


「食欲があるならもらってきてあげるよ。食べればもっと早く良くなる」

「…あ、は、はい…」


お医者さんが声を弾ませて言うから、思わず頷いてしまった。

後から聞いた話だが、この簡易な石造りの臨時治療所を作ったのも、セントラルの医者を集めて医師団を結成し、ここに派遣してくれたのもリース伯爵家だったらしい。

斑点熱が流行りだしてから、我儘で自分たちの事しか頭にない貴族連中に縛られていた医師たちが生き生きしていたのはそいつらから解放されたから。

解放されて、医者として沢山の人を助けられ充実感を得ていたからだ。

どうせセントラルの貴族や王族の人気取りだろう、と皮肉を言う奴もいたがほとんどの奴らはリース伯爵家に感謝した。

俺もだ。

リース伯爵令嬢は俺の体にあった斑点がすっかり消えるまで、斑点熱に苦しむ人々へ手ずから薬湯を飲ませたり頭の布を取り替えてやったりしていたから。

あんなこと伯爵令嬢のやる事じゃないだろう。

それも、あんな幼女が!


「あの! …俺にも手伝わせてください」

「……。…では、炊き出しに使う薪割りを手伝ってください。それが終わったら、水壺に井戸水を足しておいて」

「はい!」


すっかり体調も回復した頃、俺は彼女に意を決して手伝いを申し出た。

彼女は無表情のままだが的確に指示を出す。

ナイチンゲールというかもはや司令塔だなあの幼女。

大盛況だった治療所が閉鎖するまで彼女はそこに滞在したし、俺も手伝いを続けた。

苦しんでいた人が治っていくのを見るのは嬉しい。

可能なら俺も医者を目指してみたいと思うほど手伝いにのめり込んだ。


「…そういえば貴方、名前はなんというの?」


治療所の閉鎖が決まった日の夜、お嬢様にそう問われて口を噤む。

俺には名前というものがないのだ。

前世の名前なら思い出せるが、この世界ではどう考えても馴染まない。

黙り込んで俯いた俺に「名前がないのかしら」と首を傾げるお嬢様。


「は、はい。親の顔も…わかりません。気付いたらここに居て…」

「そう。では、ヴィンセントと呼ぶわ」

「え」

「ありきたりな名前だけど、貴方はとてもよく働くし言葉遣いも丁寧。我が家の使用人として働いてみる気はなくて? …今後この辺りの建物を潰して薬草園と農園を拡げることになったの。ここの辺りに住んでいる者たちには、そこで働いてもらうことになるわ。だから、人手はいくらあってもたりない。わたくしも忙しいの。手伝いがお好きなら、わたくしに今後も尽くしてくださらないかしら」

「………は、はい……はい! よろこんで!」


彼女は一切笑わない。

笑わないけど、彼女の言葉には光が満ちていた。

俺は名前を授かり、職を授かり、居場所を与えられた。

スラムのゴミ溜めはリース伯爵家によって開拓され、職もその日の飯もなかった人々はその薬草園や農園に雇われ、寮で暖かい寝床と三食の飯を手に入れることになる。


ローナ・リース。

俺の人生を変えて、与えてくれた人。

これら全ては彼女がわずか6歳で成した実績である。







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