Chord10: 母
カエルの鳴き声が五月蝿いくらいに聞こえるはずなのに、目の前の信じがたいその光景が聴覚を完全に麻痺させる。
「おい……。どういうことなんだよ……。お前、なんで」
「そんな大声出さないでよ……。響く……じゃないっ……。」
拓真の声をローレライが必死に、まさに必死に止める。
「はは……、やられちゃったわね。あんなに、調子に乗って、タクマの家、出てきたのに……」
「しゃべるなよ……。今連れて帰ってやるからな。」
拓真はゆっくりとローレライを背負おうとする。ローレライもそれに抵抗せずに体重を拓真の背中に預ける。
「あんまり、さわらないでよ、変態……。痛いんだから……ね……。」
「……わかってるよ。」
ローレライの腕が拓真の首に回る。その左腕からは血が流れており、それを抑えていた右手も血の暖かさが感じられた。
「あいつらに……見つかっちゃって。」
「……もういい、わかった。後でいくらでも聞いてやる。だから、今はしゃべるな。」
「やっぱり……方向音痴は、空港にたどり着けなかったわね……。」
「……だから言ったろ。」
「……うるさい。」
ローレライは少し笑っていた。
______________________________________
深夜0時を回った頃、明かりの消えていく住宅街をゆっくり歩き、自宅へとローレライを運び込んだ。京子にばれないようにそっと玄関の戸を開け、忍び足で階段を登り、自室へと歩を進める。
自室に入った後、そっとローレライをベッドに寝かせ、急いで部屋を出、リビングに救急箱を取りに行った。
部屋は暗く、誰もいないようだった。
(……よし。)
こそこそと音を立てないように救急箱の元へと向かう。
(包帯は……あるな。)
応急処置のための包帯を見つけた拓真は踵を返し、そのまま部屋に戻ろうとした。
「どこに、行ってたの?」
振り返った先から声がした。母、京子だった。
「……ちょっと、散歩。」
「そう……。」
京子は困ったように腕を組んだ。
「……じゃあ、誰を家に入れたの?」
声色を変えて京子は尋ねた。拓真の背筋が凍りついた。京子にバレていた。
だが、このままローレライを放っておけば大変なことになるかもしれない。
「誰も入れてないよ。……眠いからもう寝るよ。」
「待ちなさい。」
拓真が無理矢理でも押し入ろうとしたが、京子はそれを許さなかった。
「事情はなんとなくわかるわ。はやくその娘のところへ連れていきなさい。」
京子のいつものおっとりした感じと全く違う真面目な姿を見せていた。
「部屋にいるのね。早く行くわよ。」
京子は何も言わずに階段を登り、拓真の部屋へ入った。
「ちょっと……。」
拓真はあまりの展開の早さについていくことができなかったが、すぐに気を取り戻して京子を追いかけた。
「……ひどいわね。」
「おい母さん、どういうことなんだよ。」
「……もう隠す必要ないわね。お母さんを見ておきなさい。」
そういうと京子は両腕の袖をまくり、ゆっくりと深呼吸した。
「……ふううううううう。」
京子の髪が風もないのに不自然に揺れ始め、体から緑色のオーラが光り始めた。
「母さん……?」
「大丈夫。すぐになんともなくなるわ。」
京子はいつもの太陽のような笑顔を見せた。
「傷を癒やす暖かな光、リカバリーエイド!!」
京子がそう叫び、ローレライの傷に手を当てた。すると京子の手から緑色の光が輝き、その光が糸のようにローレライの左腕の傷を包み込んだ。
「うっ……。」
ローレライが小さく呻いた。
「もう大丈夫よ。この子は大丈夫。」
「母さん……母さんも能力者……なのか……?」
京子は拓真の方を振り返り、ウインクした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます