第96話 受容の需要

 では始めましょうか。


 かつてある劇団にひとりの役者がいたとしましょう。男でも女でも構わない。劇団を背負って立つ看板役者です。実力もあれば場数も踏んでいる。共演に誰が来てもだいたい合わせられる。相手を選ぶことなく、引き受けてみせる。個性的かというと確かに個性的でもあるが、むしろあまりクセはなく、相手との絡みの中でどんどん味が出てくるタイプといっていいでしょう。


 実際その活躍は見事でした。とりわけ演技体の違う役者を客演に呼んだときなど出色と言って良かったでしょう。朗々たる節回しが特長の年輩の役者を招いた際は、その節回しそのものに新鮮に反応しました。演技体の問題としてではなく、その節回しを個人の身体のクセとして迎え入れることに成功したのです。舞台上を所狭しと駆けめぐり、せわしないアクロバットめいた身体表現が売りの劇団から客演がやって来た折りにはどうしたか。同様な身体表現を試みるがうまくいかない、そのうまくいかないもどかしさそのものをメインにすえて見せた。その客演俳優が得意とする身体表現を、言ってみれば「手話」のようなコミュニケーション方法と位置づけ、受け入れ、その熟練度の差として舞台に乗せる。そういったことを直感的にやってのけるのでした。


 こうして劇団は、次々と変わる客演陣の強烈な個性の魅力と、どんな客演が来ても平然と飲み込んでみせる看板役者の懐の深さで、名声を築くことができたのです。


 ある時、不思議な個性を持つ客演がやってきました。それはいままでとは違い、どこと言って演技体の差を語りにくい、でも明らかに世界の違う役者でした。その「違い」を個人の特異な性癖や、コミュニケーション手段の技術のように具体的に言い表すことは困難でした。なぜならその「違い」は、言ってみれば「住んでいる世界そのものの違い」とでも言うべきものだったからです。


 ここに至って看板役者は追い込まれます。いままではどの公演でも、まず看板役者が対応すべき演技体を直感的に探り当て演技の方針を見つけ出し、他の劇団員はそれに従えばよかった。ところが今回ばかりは解決策が見つからない。どんなに稽古を重ねても客演の存在は浮き続けるばかり。要するに大いなる違和感として、世界を共有し得ないものとして、はみだし続けていたのです。


 これまでならば、どこからどう見てもはみ出してしまう客演の存在を、いわば劇団の世界の中に上手にソフトランディングさせることができていた。ところが、今回ばかりは全く通用しない。上演の日程は迫り、解決策は見つからないまま。初めて看板役者に焦りが見え、そのことは劇団全体に動揺を与えます。演出家は何をしていたのかって? もちろん慌てふためきます。これまで看板役者にまかせきりでやってきて、実はそういうことに頭を使う機会がなかったからです。挙げ句にただ右往左往し試行錯誤を重ねては、かえって混乱を招くような指示をするのがオチ。客演の俳優は自分が受け入れられていないことを日々感じ取り、責任と苛立ちにバランスを失っていく。


 看板役者。それは言うなれば白米です。主食と呼ばれ、わたしたちの文化の象徴のようにされつつも、その日その日わたしたちの関心を引きつけるのは、残念ながら白米ではありません。「今日はぶりの照り焼きが食べたい」「今日はコロッケが食べたい」「今日は麻婆豆腐が食べたい」という具合に、その日ごとに関心を引くのは白米ではなく、あくまでおかずです。ところでその、おかずの中に含めるべきかどうか悩ましい存在があります。それは白米同様に炭水化物を主体とする一群の食べ物です。不思議な個性の役者とは、つまり白米にとってのお好み焼きのような存在だったと言っていいでしょう。


 結果、この公演はどうなったか。悲惨な失敗を迎えたのでしょうか。いいえ、違います。最終的に客演を含め全てのスタッフとキャストを巻き込んだ悪あがきの果てにいつしか見つかったのは、「そういう文化なのだ」というものでした。世界の違うもの同士がぶつかり、その世界の違いそのものと取っ組み合いながら、一見共存しがたいところを平然と共存してしまう。「言うてもそこにあるんやから、しゃあないやないか」という文化。その異文化の併存を公演の裏テーマのように染み渡らせることで、いわば見るも新鮮な文化圏の創造に成功したのです。それは客演の手柄でも看板役者の手柄でもなく、いわば共同体そのものの勝利でした。


 そして、これこそ、わたしたちがお好み焼きをおかずに白米を食べる理由なのです。


(「お好み焼きをおかずに白米を食べる理由」ordered by フィリピンパブ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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