第94話 はい。ごほうび。
ようきなすったな。まあまあ上がりなさい。遠かったろう。よくわかったな。道には迷いなさらなんだか。そうかいそうかい。直接ポンときなすったか。はあ、そういうもんかねえ。こんな人知れずひっそりしたところでもかい? はあ、関係なくポンと。そうかいそうかい。
でもまあせっかく来てもらったから何かこうお礼に……ちょっと前ならあんた、何かあたしに注文をしてもらえれば、こう、おつくりしてお出しできたんじゃが。ああそうだ、あれがあった。ホレ、見てみんさい。どうだい。いい生地だろう。丈夫で、何より色がいい。どうだい、服にしてもよし、手提げを作ってもよし。え? カーテンみたいに見える? ああ、まあそういう使い方もあるな。
はい。ごほうび。
え? いやいや遠慮なんかいらん。持ってってくれ。どうせうちは年寄りだけなんだから。何。いらない。遠慮深い人じゃな。じゃあこれは。ほれ、触ってみい。この飛び出したところ。いっぱいあるつぶつぶしたところ。ほれ押してみるがいい。ぷにぷにしておろう? 手になじんで手頃な大きさじゃろう? うちではツボ押しに使っておる。悪くないぞ。これをやろう。
はい。ごほうび。
何? いらない? なかなかモダーンで気に入っておるんだがな。ツボ押しじゃなくてリモコンに見える? リモコン? まあ若い人がそう言うんならそういうこともあるかもしれんが。むう。せっかく来なすったのに、手ぶらで帰してしまっちゃあなあ。おおそうじゃ。あれがあったあれがあった。ほれ、庭先にな、まあちょっとした庭の飾りなんじゃが、庭石にな、ああいうしつらえをしておる。まっつぐで、四角くてなかなか珍しかろう。あれをやろう。
はい。ごほうび。
なに。大きすぎる。そりゃあそうじゃ。もっともじゃ。持って帰るわけにはいかんのう。まったくわしとしたことが。え? 駅のホームみたいだって? いやあそういう難しいことを言われてもわしには何のことかさっぱりじゃがのう。そうか。じゃあ荷物にならんもの。そうじゃ! あんたが持って帰らずとも、ほれ自分で勝手に歩いていく、というのはどうじゃ。この人なんかは。ああ。鈴木さんっていう人なんじゃが。ええ人じゃよ。わしなんか日に3度くらいは眺めておる。この人をやろう。
はい。ごほうび。
これもいらん? それはまたどうしたわけじゃ。連れて帰るわけにいかん? どうして。家が狭い。はあ。都会は大変じゃのう。そうかい。困ったの。迷惑なモノを渡しても仕方がないしのう。わかった。それじゃあペットにぴったりな。なに。「ウツボはいらない」。そうか。どうしてウツボだとわかった? ああ。そうかいそうかい。気がつきなさったか。次はご不在連絡表だろうって? ああ。正解じゃ。うん。まあ確かに人から貰ったものを横流しにするようなのはけしからんな。これはわしが間違っておった。
しかしなあ。数えたらもう、六百何十もいただきものをしてしまってのう。せっせとお返しをしとるんじゃがなかなか間に合わんわい。こうしてはるばる来てくださった方にも、ろくなおもてなしもできんでなあ。まあごたごたした工房じゃが、わしがつくったものがごろごろしているで、良かったら見ていっておくんなさい。そうそう。何とか言うカクテルがあったはずじゃ。いやいや悪い夢なんぞ見ない。たしかそう、ハイカラな名前の、そうそうレセプションたらいうカクテルじゃ。あれはうまいから、まず飲んでいってみてくれ。
(「ごほうび」ordered by kyouko-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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