第69話 to be continued
「おつ」
「お。お帰り」
「お帰り。どうだった?」
「問題なし。彼、要求自体を撤回したよ」
半年ぶりに戻ってきてサロンに入ると、いつものようにみんながたむろしていた。
「撤回したって? あの大統領が?」
「じゃあ、何とか話し合いの席についたんだ」
「いや。それ以前のところで考え直したらしい」
「そりゃあいい」
サロンには出張中のメンバーを除くとほぼ全員がそろっていて、めいめいにくつろいだ様子で本を広げたり、モニターに見入ったりしている。いつも通りだった。でも何かが違う。どことなくよそよそしい空気を感じてしまう。なぜだろう。いつもならもっと暖かいアットホームな雰囲気を味わえるのに。
「どうした?」傍らにいた少年といってもいいような若者に尋ねると、若者は少し困ったような顔をしてうつむいてしまう。だからみんなに聞こえるように言い直す。「なんだなんだ? お通夜みたいなしけたつらして。何があった?」
目を見合わせるみんなの反応を見て、突然どういうことかがわかる。「シェラザードか」
聞くまでもない。みんなの反応がそれを示している。シェラザードが戻らないのだ。彼女が任務に出たのはわたしの出張前からだから、もうかれこれ8カ月以上になる。連絡もなく、例の国の情勢も変わらない。相変わらず隣国に対して近親憎悪的な暴言を吐き続け、挑発を続けている。武力行使に踏み切らないあたりにシェラザードの活躍を期待させるが、本当のところはわからない。なにしろ秘密主義の国だから。
* * *
我々ナレーターの仕事は単純だ。指示された国に出かけていき、その国の要人と引き合わされ、あとはただもう話し続けるのだ。かつてお殿様のそばで話し相手になったお伽衆(おとぎしゅう)が原型だという話もあるが、よくわからない。ヨーロッパのクラウンなどもこれに近い。ただし違うのは相手が自分の国の元首ではないことだ。我々は日本から派遣されてよその国の要人のお伽衆をつとめるのだ。
派遣される国は一触即発の状態にある国がほとんどで、気が短くて喧嘩っ早い国王や、あるいは、武力を誇示したがる大統領が、隣国などと事を構えようとしている現場に乗り込むのがほとんどだ。なかには内紛や、国内のクーデターといったケース、その国や隣国の国民に迷惑を及ぼしかねない王家の跡目争いといったところに出かけていく場合もある。いずれも対話を軽んじて力に訴えたがる国だけに、糸口を作るまでが大変だが、いったん話に引き込むと面白いように溺れていく。通称「ナレーター・スクール」でトレーニングを積んだ我々の手にかかれば、戦争に踏み切る元首はまずいなくなる。翌日の話を聞かずにはいられないからだ。これを一定の日数続けると大抵の紛争は対話の段階に持ち込まれ、武力衝突を回避させられるのだ。
日本が生んだ外交の秘密兵器とまで言われるが、我々は政治的なことには無関心だ。何の交渉もしない。ただ面白くてやめられない話を面白おかしく話して聞かせるプロ、それだけだ。何日分の話し続けられるかで、派遣される国の難易度が決められる。一カ月間話し続けられるレベルが30人を超え、3カ月間話せるのは10人程度、1年間話し続けられるのはわたしを含め3人しかいない。なかでもシェラザードは少なくとも3年間は話し続けられる。彼女の場合はほぼ全てが即興というのも特徴だ。1000日間、王の関心をつなぎとめられるということで、誰言うともなくシェラザードというあだ名がついた。
そして彼女はわたしの恋人でもある。
「手がかりは?」聞くだけ無駄だということはわかっている。何かわかっていれば誰かがとっくに話している。なにしろここにいるのは話をするプロばかりなのだ。「わたしが行こう。外務省に連絡を取ってくれ」
「それはもう我々が何度も掛け合っている。でも外務省は及び腰なんだ」
「及び腰?」
「これ以上優秀なナレーターを危険にさらせないと」
「馬鹿な!」ではシェラザードを見殺しにするということか。「我々を何だと思っているのだ? 危険は承知の上だ」
「だからこれ以上失いたくないと」
「これ以上失いたくない?」相手がわたしの顔を見て息を飲む。顔から血が引くのがわかる。押し殺した声でわたしは言う。「外務省すら説得できないで何がナレーターだ」
わたしが外務省をどのように説得し、どのようにシェラザードの後を追ったか、話したいのは山々だが今日はここまで。続きはまた明日。
(「シェラザード」ordered by たけちゃん-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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