第59話 ロケハン

「神様はどうしてわたしたちのことを、

   どうして見捨ててしまったんでしょう」

 玲子が傍らでまじめそうな顔をしてそう呟くので

   則之は吹き出しそうになるのをこらえ尋ねる。

「幸せそうにモンブランにかぶりつきながら

   言うセリフかね、それ。主演女優くん」

 彼の肩に頭を乗せたまま、

   歌うように彼女は同じ呟きを繰り返す。

 色彩がだんだんに失われていく病気が進んでいて、

   彼女が辛いであろうことは確かに間違いない。

 ラベンダー色が好きと言っていた彼女は

   もうその色がどこにあるのかわからない。

 夏までにはモノトーンの世界に住むことになるだろう、

   そしてやがて失明するというのが医師の診断だ。

「いま、一番したいことは何?」

   彼は聞いた。「ぼくがきっとかなえてあげよう」


『彼しか知らない、彼女のほくろ。』という映画を撮って欲しい

   というのが彼女の願いだった。

 残された時間はあまりにも短いけれど、

   則之はそれを撮ることを彼女に約束する。

 人物は二人だけ、タイトル通りの官能的な映画で、

   もちろん演じるのは玲子本人と則之自身だ。

 寄りに寄った映像が彼女のほくろをこれ以上できない程の

   アップでとらえているシーンから始まる。

「濃厚なシーンから始まるんだこの映画は」則之が言うと、

   それを聞いて玲子はくすくすと笑う。

 ほっそりとした彼女の指がやがて映り、

   そこに映っていたのは掌だったことがわかる。

 くっきりとした掌紋に埋もれたその小さなほくろは、

   本人も知らなかったものを則之が見つけたのだ。

「ロケ地は決定だ。全部この掌で撮ろう」

   ほくろに口づけをしながら彼が宣言し、彼女が同意する。


(「彼しか知らない、彼女のほくろ。」ordered by futo-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る