第57話 スパイス

 物好きな人だねえ。こんな辺鄙なところにわざわざ訪ねてきて。あたしなんかのはなし聞いたってしょうがないだろうに。なんだっけ? フロンティア時代の人の証言を集めてるなんて言うけどね、あたしたちは自分のこと、全然そんな風には思ってなかったよ。フロンティアとか英雄的な方々ってのはあたしたちより1世紀も前の人たちのことだって思ってたね。あたしたちはただの労働者だよ。え? あたしの仕事? 太陽エネルギー高効率利用システムの実証実験をね。大袈裟な名前だけど、まあ、いまとなったら誰の家にもある当たり前の設備なんだけどさ。


 何が聞きたいって? え? 旦那さんのこと? ああ。うちのダルマのことかい? 何も話すことなんかないよ。うちのひょうろくだまは自分じゃ何にもできやしないんだから。一体全体あの役立たずの何が聞きたいんだい? どうして結婚したのかって? どうもこうもないさ。好き合ったから結婚しただけさ。なにも珍しい話じゃないだろう? そりゃ確かに、いまじゃあんなだし、あたしももう、たいがい愛想尽かしてるけどね、これでも惚れ合ったときもあったのさ。


 いいんだよ。遠慮することはない。その通り、見ての通りの片輪者さ。手も足もない。興味がありそうだから教えてやるけどアレもないんだよ。何だって? ああそうさ。結婚してから事故にあったんじゃない。あんな風になっちまってから結婚したんだ。あたしもバカだね。結婚したってアレもできやしないのに。ああなる前はね、なかなかいい男だったんだ。ひょうひょうと減らず口ばっかり叩いているような男だけどね。何があったって全部冗談で笑い飛ばすようなところもあって。


 もったいなかったねえ。あんたはまだうぶな感じだからわかんないかもしんないけどね、うまかったんだよアレも。それも指先が器用でね。指だけで何回もいかされちまうくらい上手だったんだよ。あんたわかるかい? そういうの。それが事故であんななっちまってね。おかげであたしは欲求不満の塊さ。そりゃあ浮気もするさ。浮気っていうよりストレスの処理って言った方がいいんだけどね。いいんだよ聞こえたって。かまいやしない。もうさんざんそういうことはやりあってきたんだから。


 え? あんたそんなこと、どこで聞いてきたんだい? ああその通りさ。あたしからプロポーズしたんだ。事故の後、あのひょうろくだまが「もう会うことはない」なんて言って寄越してきてさ。手もないくせに、どうやったんだか手紙なんか書いてきてさ。「バッカじゃないの!」あたしは叫んだよ。立て続けに三回は叫んだね。もう仰天だよ。事故のことなんか全然知らなかったからさ。その上「もう会えない」だなんて一方的に言ってきてさ。


「バッカじゃないの? バッカじゃないの?」って叫びながら、あたしは通路をどんどん歩いていったよ。あたしの働いていたエリアから、あのダルマのいた薄暗いエリアまで行ってね。けが人を収容している部屋を見つけて、とめるスタッフを突き飛ばしてあたしは入っていったよ。そうしたらもう薬漬けでぼんやりした目であたしを見るのさ。「おやおや」って少し笑ってさ。「ぼくはもう死んじまったのかい? 天使が見える」って。


 頭と胴体しかないんだけどね、あたしは頭をペシペシ張ってやったよ。「何、勝手に決めてんだよ!」ッてね。それで手も足もない胴体を抱きしめて言ってやったんだ。「あたしも勝手に決めるから! 結婚するんだから!」ってね。いま思えばあたしもバカだねえ。あんたも気をつけた方がいいよ。勢いだけで結婚なんかしちゃロクなことないから。


 何だって? 口が悪いって? 口が悪いんじゃないよ。正直なだけさ。土地の連中もこの店のこと「スパイスハウス」なんて言ってるらしいけどね。え? 「激辛スパイスハウス」って言われたって? あっはっはっは。それであんたなかなかたどり着けなかったんだ。あっはっはっは。ほんとは「サニーサイドハウス」なんだけどね。どういう意味かって? まんまだよ。日の当たる場所ってことだ。この星はろくに日も当たらないからね。せめて店の名前くらい明るくしなくちゃ。あんなのかかえて女手ひとつでやってくんだ。名前くらい景気良くいかなくっちゃね。


 何を頼りに頑張れたかって? 別にこれといってないけどね。ま、お客さんがついてくれたからかな。うん。あいつらこそ口が悪いけど、まあいい常連さんだよ。何? お守りがあるかって? そうだねえ。お守りみたいなものならあるよ。うん、これだ。おっと触っちゃいけないよ。大事なものだからね。ああ。ボロボロだろう? でもまあこれがお守りだ。何かって? なんてったっけな。ナメクジがどうしたとかこうしたとか。ああ違う違う。スネイル・メイルっていうのさ。ま、あんたみたいな若い子にはわかんないだろうけどさ。


(「スパイス」ordered by はかせ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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