第53話 ロスタイム
店内の大画面を見るともなく見てると“みしぇる”が「わたしサッカー嫌い」とつぶやいた。ワールドカップが近いせいか、以前ならサーフィンの映像とか流してたような店でも、みんな「W杯名勝負集」みたいな映像を流すようになってる。その方が話が弾んだりするんだろう。よくわかんないけど。
「サッカーが嫌いだって? うっそだあ。4年前はユニフォーム着てスクランブル交差点で知らない人と抱き合ってたじゃない」
ツッコミを入れても“みしぇる”は笑いもせず、「だって嫌いなんだもん」と手元にぽとんと声を落とす。また始まった。十中八九これは愚痴の始まりを告げる合図だ。それも恋愛ネタの。それもさほど深刻でない。つまり聞いている側からすると最も盛り上がんない話だ。聞かされたくないのでわざと相づちを打たない。でもそんなことにめげる“みしぇる”ではない。
「“どろしー”のところはどうなの」
「どうなのって、何が?」
「うまく行ってるの? ほら“きーす”とさ。イケメンギタリスト君とさ」
いつから日常までハンドルで呼び合うようになったんだろう? 名前だけ聞いてたらどこの国の人たちかと思うけど、なんてこたない。ばりばりドメスティックな日本人ばかりだ。だからわざと本名で呼んでやる。
「『みづえはどうなの?』って聞いてほしいんだろうけど聞かないよ、あたしは」
「そうかうまくいってるんだー。うちはダメだなあ。だいたい『気分で言えば3トップ』って何?」
効き目ナシだ。もう愚痴大会始まってるし。しかも何を言ってるのかさっぱりわかんないし。
「『今晩は気分で言えば3トップなんだ』とか言われてあたしはどうすればいいわけ」
それを聞かれたわたしはどうすればいいのか聞かせて欲しい。
「47歳なわけよ」
「はあ」
「2つ上なわけ」
「そうだよね」
「それをさ、『この辺の1、2歳はロスタイムみたいなもんだからぼくはまだ45歳さ』とかいうわけ」
「ははあ」
「そういうのって頭に来ない?」
「頭に……意味わかんないし」
「いちいちサッカーで喩えんじゃねーよ!って思うわけ」
ああ。そういうこと。それでサッカーが嫌いなんだ。
「まあ、わかんなくもないんだけど」
「気が利いてることを言っているつもりなのよ、あいつ」
「気が利いてなくもないんじゃない?」
「頭に来るのよ、そういうのが!」
「じゃあ何で付き合ってるのよ」いい加減いらいらしてきてわたしは遮る。「そんなに頭に来るなら別れたらいいじゃない」
「そいつはおかしいな」たったいままで眠っていたはずの“いのの”がむっくり起きあがって言い放つ。「おれたちがみんな45で死ぬことになっているならまだ意味がある。45より先はない世界ならロスタイムを足す意味がある。でもおれたちはフツーに46にもなるし50にもなる。なあにがロスタイムだ」
「屁理屈はいいから」とわたし。「“いのの”は寝てな」
「でしょでしょう?」と“みしぇる”。「なあにがロスタイムだ!よねえ」
“いのの”説に食いついてしまった。ちらりとわたしはケータイの時計を見る。確か2時間で追い出されるはずなのに、まだ店員から声がかかんない。時間はもうとっくに過ぎてるのに。ロスタイムなのに。きっとお客が少ないんだろう。
「そういうにわかサッカーファンに限って!」と“いのの”が吼える。「イエローカードとかレッドカードとかやたら口走るんだ」
「そうそうそうなの」と“みしぇる”ははしゃぐ。「ねえどうにかしてよ、あいつ」
どうにかしてほしいのはこっちだよ。早くロスタイム終了しないかな。
(「ロスタイム」ordered by helloboy-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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