第二九話 悪夢

 ――ふと気が付くと、リーフは花を摘んでいた。見えるその手は小さい。


 「こんにちは」


 声を掛けられリーフは顔を上げた。

 そこには、薄緑色したローブを着た紫色の髪の魔術師が立っていた。

 彼の後ろには草原が広がり、家がぽつんぽつんと見える。そして、その先には豊かな森林が広がっている。


 「こんにちは!」


 まだ八歳のリーフは、無邪気に挨拶を返した。


 「ここにチェチーリアさんは、いるかな?」

 「おばあちゃんだよ! こっち!」

 「リーファー、その人誰?」


 リーフが、自分の家へ向かおうとすると声が掛かった。


 「あ、シリル。おばあちゃんを訪ねて来た人だよ! きっと王都から私達を迎えに来てくれた人だよ。迎えに来るって言っていたよね?」


 その言葉にシリルは、嬉しそうに頷いた。


 「能力は、有効に使わないとな」

 「え? 能力? きゃ!」


 ぼそりと呟いた魔術師の言葉に、リーフが振り向こうとした時に体がふらりと浮いた。


 「あ、何すんだよ!」


 魔術師は、右の脇にリーフを左の脇にシリルを抱きかかえた。


 「降ろせよ! お前、誰なんだ! 俺を迎えに来た奴じゃないな!」

 「いや、迎えに来たんだよ。ただ目的は違うがな」


 そう魔術師は言った。

 リーフには、よくわからなかったが、迎えに来ると言っていた人物じゃない事はわかった!


 「子供達をどこに連れて行くつもりだ!」

 「お父さん! うわ~ん……」


 魔術師が飛び立とうとした時に、サッと魔術師の前に父親が立った。

 リーフは、父親の顔を見て泣き出す。


 「孫を離せ!」


 そう聞こえたと同時に魔術師は、前に倒れそうになった。そして、その拍子に二人は前に放り投げられる。慌てて二人を父親と後に来た母親がキャッチした。

 チェチーリアが、魔術師の背中に風の刃を放ったのだ!

 魔術師は静かに振り返りチェチーリアを睨み付けたかと思うと、上空へ浮き上がり無造作に火の玉を繰り出した!

 森や建物が次々と燃え広がって行く!


 「何をする!」


 父親が驚いて叫んだ!

 そして、三人は慌てて火の玉に水の玉を当てるも相手の威力が強く、消滅させられず対処しきれない。


 「お母さん」


 消火活動をする母親に、リーフはしがみついた。

 村人も慌てて逃げ出して来た。と言っても流行病で亡くなり、その後結局次々と村を出て行き今や五家族しかいない。

 しかも家族と言っても独り身の者が三軒に、老夫婦が一軒とリーフ達の家族の十人だけだ。

 この十人では、燃え広がったこの炎を消すのは不可能に近い。


 「何があった!」

 「わからないが、子供達を狙っている!」


 リーフの父親と同じぐらいの年齢の男が聞いた。


 「その子達を渡せ。でなければ、全て燃やすまでだ!」


 魔術師のその言葉に、村人達はリーフとシリルを見た。


 「これだけ燃やされれば、我々では手の施しようがない。取りあえず逃げよう!」


 村人の一人がそう言うと、皆一斉に走り出す!

 母親がリーフを抱き、父親がシリルの手を引いて、火が燃え移っていない森の中へ逃げ込んだ!

 子供達を生きて捕らえたいならば、入った森には火を放たない。そう思ったからだ。

 予想通り、火は放たれなかった。


 「チェチーリアさん、お願いがあります。私達が囮になりますので、二人を連れ別に逃げて下さい。大勢で移動しては、居場所がばれます」

 「いや、しかし……」

 「お願いします!」


 父親が森に入ってすぐに、チェチーリアに頭を下げて言った。

 迷うチェチーリアだが、村人全員が賛同した為、二人を連れて別行動をする事にした。


 「さあ、行こう」


 チェチーリアがリーフとシリルの手を取る。


 「嫌だ! お父さんとお母さんも!」

 「泣いてはダメ! いい? 後で落ち合うから」


 リーフが泣きながら訴えるも、母親がそうなだめる。


 「嫌だ!」

 「俺がつている。だから泣かないで!」


 大泣きを始めたリーフの頭をシリルは、優しく撫でた。


 「俺が迷いの霧を出しますので、あの場所で!」

 「わかった。お互い無事であいましょう」


 父親の言葉にチェチーリアは頷くと、まだ泣くリーフを抱きかかえ、シリルと一緒に森の奥へ逃げる。

 それを確認して父親が、迷いの霧を辺りに放つと、森一帯は霧に包まれた。


 「おかあ……うー」


 叫ぼうとしたリーフの口をシリルが塞いだ。

 驚いて見ると、シリルも目に涙をいっぱい溜めて囁く。


 「少しだけ我慢して……」

 「ごめんよ。二人共……」


 チェチーリアもボソッと呟いた。

 リーフは、泣くのを我慢するも涙は自然にあふれて来る。

 三人は魔術師から逃げきれた。

 遠くに見える森は炎に包まれ、自然豊かだった村を炎が飲み込んで行くのをリーフ達は、ただ眺めている事しか出来なかった――。

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