第二二話 ヘリムへの疑惑

 リーフは、上空から辺りを見渡していた。


 「確かこの辺に……」


 仕事の時は、ボシェロ家のすぐ横の森で待機していたが、少女達がそんな所を探すとは思えない。

 普通に森の入り口から入って行くだろうと、一番近い入り口を探していた。


 「あった!」


 見つけるとリーフは、入り口の前に降り立った。


 「えっと、確か名前はナディアちゃんにネリーちゃんだっけ?」


 ブツブツと言いながら森の中へ入って行く。


 「ナディアちゃーん! 僕は、アージェさんの所で働いているリーフです! 探しに来ました。ナディアちゃーん!」


 呼びかけるも返事が無く、人影も見当たらない。森の入り口付近には、いなそうだ。

 森の中を飛んで探索を始める。浮いた方が見渡せるし、躓く事もない。

 森の探索もした事があり、リーフは木と木の間をすいすいと通り抜け進む。


 ガサッ。

 探索して十分程経った時、右斜め前方に人影が見えた。


 「ナディアちゃん? ネリーちゃん?」


 見ると少女が二人と毛が短い小さな白い犬が一匹、ブルブルと震えていた。

 目が合うと、二人は小さく頷いた。


 「良かった。僕は、アージェさんの所で働いているリーフです。ウリッセさんの依頼で探しに来ました」

 「パパの?」


 そう言ったのは肩より少し長い柳色の髪に瞳の少女。ウリッセの娘ナディアだ。

 リーフは、優しく微笑んで頷いた。

 そして、二人に近づきよく頑張りましたと、二人の頭をなでる。少女達は、安堵したのか泣き出した。


 「え! あ、大丈夫だから……」


 リーフがそう言うも泣き止みそうもなかった。

 仕方なくリーフは、二人の前に屈む。


 「可愛い犬だね」


 黒髪のツインテールを揺らし、犬を抱いていたネリーがうんと頷く。


 「一緒に旅をしているんだよ」

 「旅?」

 「うん。パパのお仕事は商人なの。だから、あちこち行くの」


 涙を拭いて、笑顔でネリーは答えた。


 (もしかして犬ってこの犬じゃ……)


 逃げた場所が偶然森で、ウリッセはもう一匹の犬の事は知らなかったのではないか。つまりリーフ達が、勘違いをしていただけだった。


 「この犬が迷子になって、森に入ったの? 怖くなかった?」


 二人は、顔を見合わせる。


 「違うよ。もう一匹の犬だよ。ここでいなくなったんだって……」

 「パパのお友達の紫の髪をした魔術師の犬なの」


 二人は、ねーっと言いながら話をするも、リーフの方は手に汗を握った。

 リーフ達は、間違ってなどいなかった!

 それどころか、イサルコとあの魔術師が繋がっているかも知れない事実を知ったのだ!

 そしてないとは思うが、自分は罠に嵌められたかもしれないと、リーフは辺りを見渡す。

 人の気配はない。誰もいなさそうだと安堵する。


 (早く森から出た方がいい)


 リーフは、立ち上がる。


 「さあ、森を出よう。怪我はないね」

 「うん。でも見てみたかったね。フワフワでエメラルドグリーンの目の犬」


 そうネリーが言った。


 「うん? ちょっと待って。その犬って君の家で預かっていたんじゃないの?」


 ネリーは、違うと首を横に振った。

 どういう事だろうかとリーフは考える。

 確かにイサルコは、預かった犬だと言っていた。だが実際は、預かってなどいなかった。

 リーフは、ハッとする。


 (ワザとボシェロ家に捕まえさせたとか?)


 目的はわからないが、アージェに依頼する為の工作。

 そしてもしヘリムのマスターが、本当はあの紫色の髪の魔術師だったとしたら?

 首につけてあったリボンは、ヘリムの意思で封印が解けるマジックアイテムだった。

 そうだとするとあの魔術師は、リーフと同じく王の目が届かなかった召喚師の末裔かもしれない!


 (僕とは、本当は契約などしていない……)


 アージェに捕まえてもらう事自体が目的だった。

 ゲージに入れられそうになった時逃げださなかった事から、もしかしたら騎士団の館に入るのが最終目的だった?!

 目的が達成されたから逃げ出した?


 (一体何を……)


 ガサッ。

 考え込んでいると近くから音が聞こえリーフは振り向いた。

 リーフは、相手を見てビクッと体を震わせる。

 目の前に現れたのは、ヘリムだった!


 「どうして、ここが……」

 「全く。何で森に居るんだ? その子達は?」


 リーフは、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 逃げ出したはずのヘリムが、タイミングよく現れた!

 これはもう、自分の推理通りかもしれないと、リーフは警戒する。


 (兎に角逃げないと。……あれは?!)


 ヘリムの後ろに、赤い物体が見えた。

 ゴーッと言う聞き覚えのある音が聞こえる。


 「え!? 火の玉!」


 驚いてヘリムは振り向く。

 火の玉は、器用に木の間をすり抜け、四人に向かって来ていた!


 「あの魔術師か! だから森の中では火を使うなって!」


 そう言いながらヘリムは、火の玉に向かって水の玉を投げつけた!

 それは、火の玉を飲み込む様に包み込み蒸発する。辺りはまるで、霧がかかった様になった。


 (これ、どういう事? 作戦?)


 「パパ……」


 ナディアの呟きに、リーフはどうにかしなくてはと思う。

 二人がまた、怯え始めた。


 「ここから出ないと! ナディアちゃんは飛べるよね? このままこの森の上まで行ける?」


 彼女は、小さく首を横に振った。

 浮く事が出来ても、まだ怖くて高くまでは上昇出来ないのだ。


 「兎に角ここから……」

 「近づかないで!」


 三人に近づこうとするヘリムに、睨み付けリーフは叫んだ。

 ヘリムは、それに驚いている。


 「もしかして、ここに現れたから警戒しているのか? マスターの居場所は、把握出来るんだ。納得したか?」

 「ぼ、僕がマスターっていう証拠は? 何故、僕をマスターに選んだの?」


 疑惑の目を向けられ、ヘリムは困り顔だ。


 「知りたいのなら教えてやるが、まずはその子達を救出しなくては、いけないんじゃないのか?」


 ヘリムに言われ、リーフは少女達を見た。

 二人は、また泣き出しそうな顔つきだ。

 リーフは、浮遊の術を他人にかける事が苦手だ。一人は抱っこしたとしても、一人は手を繋いで宙に浮かなくてはならない。

 つまり一人には、術をかけなくては浮けないのだ。


 ヘリムを信用していいのか。

 殺す気なら今殺せただろう。だったら殺す気はないはず。


 「わかった。まずは森を出よう」


 リーフは頷き、ヘリムに返事を返した。

 それを聞くとヘリムは、ネリー抱きかかえた。


 「その子は、リーフが。森の上に出る」


 ヘリムに言われ、リーフはナディアを抱きかかえて、森の上に脱出した。

 森の外は、夕暮れで薄暗くなり始めていた。


 「あ、馬車!」


 ナディアが、馬車を指差す。

 リーフも騎士団の馬車を見つけ、そこ目掛けて飛び立つ。

 ヘリムも一緒について来た。

 リーフがナディアを降ろすと、彼女とウリッセは抱き合う。

 馬車は、先ほど着いたばかりだった。


 「パパ!」

 「ナディア! ダメじゃないか! あぁ、無事でよかった!」

 「これで一安心ですね。彼も一緒とは、探す手間も省けました」


 アージェがヘリムを見て言った。

 まさかここで会うとは誰も思っていなく、彼の行動が不可解だった。


 「ちょっと用事があったんでな。すぐに戻る予定だったんだが……」

 「では、大人しく一緒に戻って下さい」


 フランクは、逃がさないと直接手を掴んで言った。


 「お二人共、ありがとうございました」


 ウリッセは、リーフとヘリムに頭を下げた。


 「いえ、見つかってよかったです」


 リーフは、少女達を見て、ニッコリ微笑んでそう返す。


 「ありがとう」


 ボソッと、アージェの口から感謝の言葉が聞こえ、驚きでリーフはアージェに振り返った。


 「何です?」

 「いえ……」

 「ウリッセさんは、お子さんを亡くされているんです」


 アージェは、そうリーフに告げた。

 どうりで凄く取り乱していた訳だと、納得する。

 本当に良かったと、リーフは笑顔の二人を見て思ったのだった。

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