第一三話 見えない罠

 オルソがそうだったように、リーフも放心したようにシリルを見ていた。


 (うそ……。なんで?)


 「す、すまない……」


 オルソは、剣に手を伸ばしたまま、放心していた。ハッと我に返り頭を下げる。

 意識が戻ったオルソにホッとするとアージェは、フランクに言う。


 「フランクさん、宙に浮いた彼を確保します。お手伝いお願いします」


 アージェの言葉に、フランクは頷く。


 「では、俺も……」

 「今のあたなでは無理です! 足手まといなので、馬車の中にでもいて下さい」

 「………」


 オルソは、アージェに返す言葉もない。

 行方不明だったシリルが突然目の前に現れ、不覚にも頭が真っ白になったのだ!

 アージェはその様子に、今の彼では無理だと判断を下したのだった。


 リーフは、そんなやり取りが行われている中、シリルを凝視していた。向こうもこちらをジッと見ているも、リーフに気づいた様子はなかった。

 長かった髪を切って短くなったとはいえ、二年前まではずっと一緒にいたのに、自分がわからないのかと、名前を呼ぼうとした時に声が掛かる。


 「リーフさん! あなたにもサポートをお願いします」


 アージェに声を掛けられ、リーフはハッとしてアージェに振り向いた。


 「サポート?」

 「我々に浮遊の術をお願いします」

 「私達騎士は、浮遊の術で動ける訓練を受けています」


 アージェの言葉に、フランクが補足する。

 だがリーフは、困り顔だ。


 「僕、他人に……その術を掛けた事がなくて……。自信がないというか、出来ないというか……」


 アージェだけではなく、フランクもその言葉に驚いていた。

 浮遊は基本中の基本だからだ。


 「あなたよく、それで試験受かりましたね……。信じられません」


 もう怒る気にもなれないのか、それとも呆れたのか、アージェは呟くように言った。


 「急いでいるんだろう? ほれ、掛けてやるから行って来いよ」


 突然話に入って来たヘリムは、右手人差し指をクイッと動かすと、アージェとフランクの二人は、スッと少し浮いた。

 ヘリムの助け舟に、リーフはホッとする。


 「ヘリムさん、ありがとうございます」


 驚くもアージェは、ヘリムに礼を言う。

 そして二人は、シリルに向かって行く。


 「フランクさん、出来るだけ傷つけずに生け捕りにしたいのですが……」

 「はい。二人のお知り合いのようですね」


 アージェは、静かに頷いた。

 二人の様子に、フランクはそう感じ取っていた。


 オルソは、ギュッと握りこぶしを握り、不安そうに三人を見上げていた。

 その横でリーフも大丈夫だろうかと、こちらも不安げに見上げている。

 何故襲ってきたかはわからないが、オルソを見てもアージェを見ても何も反応がない。

 シリルは、撤退する気はなさそうだった。


 シリルが、右手を大きく振った。

 先ほどと同じ氷の刃が二人を襲うも、アージェ達は剣で斬り消滅させる。


 「無駄です。この剣は魔術を無効化出来ます。あなたの力では、私達に太刀打ちできません! 乱暴にはしたくありませんので、大人しくして下さい!」


 そうアージェが言うもシリルは顔色一つ変えずに二人を見つめている。

 そして今度は、左手を振った。しかし、何も起こらなかった。


 「何です? 失敗ですか? それとも味方に合図を送った?」


 アージェはそう呟く。

 何も起こらなかった事に二人は辺りを伺うが、何か細工した様子もない。

 だがリーフには、シリルの周りに十個程の魔法陣が出現したのが見えていた。


 「なんだろう、あれ?」

 「見えるのか? あれはトラップだろうな」


 リーフの呟きに、呑気にヘリムは答えた。


 「え? トラップ!?」

 「何かに反応して、魔法陣が発動するタイプだ。見えないのなら避ける事さえ出来ないからやったいだな……」


 驚くリーフに、やっかいだと言いながら慌てた様子もなくヘリムは答える。


 「うわー!」


 話を聞いたリーフが、アージェとフランクに伝えようとした時だった!

 前に出たフランクが落下した!


 「フランクさん!」


 慌てて手を伸ばしたアージェもどうする事も出来ず、フランクは落下していく!

 リーフは、思い出した二年前のシリル情景が浮かぶ。

 あの時は何も出来なかったが今は違う。気が付けば、フランクに手を向けていた!

 フランクは、地面に叩きつけられる直前に落下は止まった!

 皆は安堵する。


 (で、できた……)


 出来ないと思っていた浮遊の術が出来たのだ!


 「ありがとう、リーフさん」


 そう言ってフランクは、立ち上がった。


 「待て。彼の周りには魔法陣のトラップが無数に仕掛けられている。引っかかってくれたお蔭で、どのようなものかわかった。掛かっている術をキャンセルさせる物の様だ。迂闊に動けば、また落ちる」


 ヘリムは二人に向かってそう言った。

 さっきの左手の動きはそれかと二人は思うも、対処のしようがなくシリルを睨みつける。


 「だったら消せばいい。一度発動すれば魔法陣は、消えるのだろう?」


 話を聞いていたオルソがそう提案する。それにそうだとヘリムだけではなくリーフも頷いた。


 「もしかしてリーフさんにも見えているのですか?」


 アージェが驚いて言うと、リーフはもう一度こくんと頷く。


 「だったらあながなさいなさい。無害な物に浮遊を掛けて魔法陣まで飛ばすのです。私達に万が一当たってもいい物です。出来ますか?」

 「これでいいのなら……」


 アージェの言葉にリーフは、十本の手の指先に水の玉を作って見せた。大きさはビー玉ぐらいの大きさだ。

 アージェとフランクにはよく見えない。


 「えっと、水です」

 「水ですか? それならよいと思います」


 水だったのかとフランクが言った。

 リーフは、水系が得意だったのだ。


 「では、お願いします」


 アージェが声を掛けると、リーフは両手を振るった!

 指先から放たれた水の玉は、魔法陣目掛けてそれぞれ飛んでいき、魔法陣の上を通過する前に、次々と落下していった!

 作戦が成功して、水の玉に掛けられた浮遊の術が解除され、魔法陣も消え去った!


 「魔法陣は消えました!」


 リーフが叫ぶと、アージェとフランクは頷いた。

 フランクは、シリルの後ろに回る。二人は、挟み撃ちを狙う。

 それでも無表情のままシリルは、両手を振るう!

 アージェ目掛けて氷の刃が飛ぶが、アージェがそれを斬り消滅させ、リーフは新たに出来た魔法陣目掛け水の玉を放ち、魔法陣を消滅させた。


 魔法陣を消滅させられても氷の刃が消滅して攻撃が無効化されてもシリルは、顔色一つ変えずにただそれを繰り返す。


 「表情を読めないのは、動きづらいですね……」

 「次で決めましょう。リーフさんの消費も気になり……うわぁ」


 アージェの言葉に頷きつつ話していたフランクに、突然振り向いたシリルに左手向けられフランクはまた真っ逆さまに落ちた!

 シリルは、直接フランクに魔法陣と同じ術を掛けたのだ!


 「え?! フランクさん!」


 慌ててリーフは、フランクに浮遊の術を掛ける。

 アージェは、シリルの隙を突き剣を振るった!

 今度はシリルが落下する! その彼をフランクがキャッチした!


 「シリル!」


 オルソは、慌ててシリルに近づく。

 アージェは、オルソの横に降りた。


 「みねうちです。心配はいりません」


 アージェがそう言うもオルソは心配そうにシリルを見ている。

 リーフとヘリムも近づいた。そしてリーフはそっと、シリルの顔を覗き込む。


 「生きているんですよね?」

 「当たり前です」


 青白い顔をしたシリルを見てリーフがつい言うと、アージェは大丈夫だと返した。

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