99回のその先に
ひとひら
第1話
石段に目を落とす。
ここからでは、上の様子は分からないが、何があるのかは知っている。
「1、2、3……」
一歩一歩、確かめながら登っていく。
内定をもらって自堕落に過ごしている僕には、凸凹の踏面は少々堪えるだろうと気を引き締めた――
小さい頃、遠い親戚にあたる人が亡くなってこの田舎に来たことがあった。
式が終わって親の目から離れた僕は、敷地から出てフラフラと探検ごっこを開始した。
(着物……)
その子は僕に気付くと、指差して言った。
一緒にのぼろ
――
「いち! にぃ!さん!」
伸ばされた黒髪の薫りが、幼心を
「このへん住んでるの?」
うん!
「いくつ?」
忘れちゃった!
「なまえは?」
忘れちゃった!
「へんなのぉ!」
そうだねぇ!
僕が話すと彼女が数を数えて、彼女が話すと引き継ぐようにして数える。そんな他愛もないやり取りと石段登りに、僕は夢中になっていた。
「32、33、34……」
あれから、どうしているんだろう。
偶然を期待して、ここを訪れるようになっていた。
「56、57、58……」
――
最後の一歩を同時に出す。
「きゅうじゅうきゅ!」
ひゃあくっ!
顔を見合わせる。
束の間、その子は伝え聞かすように、大人びた様子で穏やかに言った。
この石段はね、100回目に登る時に100になる石段なんだよ。それでね、願い事が一つだけ叶うの
「数が変わるなんて、おかしいよ!?」
でも、ホントだよ
「お願い、なにしたの?」
忘れちゃった!
「へんなのぉ!」
そうだねぇ!
そうして、声を出して笑い合った。僕は、日が暮れるまで、その子と
(このままなんとなく社会に出て、なんとなく月日が流れて……)
そんな考えが過った頃、また、来ていた。
「72、73、74……」
99の石段。
名前も知らない彼女。
それでも、忘れることの出来ない大切な想い出。
「81、82、83……」
以前、誰かが言っていた。恋に落ちるとは、言葉通りに堕ちて行ってしまうことなんだと。正常な判断を失わせて、愛という名の檻を心地いいものだと感じてしまうことなんだと。
「93、94、95……」
その話を聞いた僕は、違うと思った。なぜなら、ここで段差を踏み締めて足を持ち上げる度に、現状よりも上を目指そうとする自分がいるから。前回よりも、成長した自分を感じ取れているから。
「98、99……」
確かめるように、そっと置く。
「100」
目線を上げて映したのは、面影を残した彼女だった。
(いて、くれた……)
100回目だったのかと、気恥ずかしさを綯い交ぜに笑みが零れだす。
彼女は、そんな僕に伝え聞かすように、穏やかに言ってくれた。
「ありがとう」
黒髪の香りに、自然と言葉を紡ぐ。
「僕の願いは――」
〈 99回のその先に ~了~ 〉
99回のその先に ひとひら @hitohila
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます