第9話 残念女子と完璧女子
その日の放課後。私は毎日の日課である「図書委員」の勤めを果たすべく図書室に居た。
そこには主である美紀も当然のようにいて勉強をしているわけなんだけれど、意気揚々としている美紀に比べ、私の表情は暗い。
―――そりゃそうだ。意図せず始まった同棲が、ばれたら即退学なんて。理不尽にも程がある。
それゆえ、朝からテンションが上がらない状態だった。
そんな私が図書室の窓からふっと校門へと目をやると、そこには他校の男子生徒が立っていた。
うちの学校は男子の制服が学ラン。でもその男の子はブレザーを着ていた。しかも結構背も高く、近くを通る子達がきゃあきゃあと言っている。顔もいいらしい。
モスグリーンのブレザーに同系色のチェックのズボン。多分野添高校の制服ねーーーと見ていた私だったけれど、そこでふと気がついた。
校門に立っているのは、カナタ君だった。でも、一体なんで!?
「みっかっえっ……」
「は? 何言ってんの結愛」
美紀、カナタ君が!え、何でだと思う―――と聞きたかったのだけれど、残念女子の私はこういう時にこそ上手く言葉が喋れない。
それでもカナタ君が校門に居ることを伝えると、
「へえ、どれどれ!? お、かなりイケメンじゃん。結愛のこと迎えに来てくれたんじゃない?」
「な、何で!?」
「だから、夕飯の買い物とか。イケメンその一は食事係なんでしょ? あんたの好きなもん、作ってくれるんじゃない?」
「え? ハンバーグとか?」
「子供か」
とにかく、買い物に一緒に行こうと思って待っててくれてるんじゃない? 美紀はそう言って笑っている。
ご飯のことはカナタ君に任せたつもりだったけれど、確かにこの近辺のスーパーの場所とか日用品を売っているドラッグストアの場所なんかは教えていなかった。
もしかしたらそういうのを聞きたかったのか。だから、家に帰ってからじゃなくて、学校帰りにうちの高校に寄って私のこと、待っていてくれているのかな。
―――意図せぬ始めた同棲だし、即効で失恋した私だったけれど、こんなことをされたらまた懲りずに好きになりかけちゃうかなあ。
私は窓からカナタ君姿を眺めつつ、図書委員の仕事を切り上げて早く行かなくちゃ、なんて一人考えていた。
ところが。
「あれ?」
カナタ君のところに向かうべく荷物を調えていた私の目に、あるものが映った。一人の、女の子だ。
その子は校門のところで待っていたカナタ君に駆け寄り、何か楽しそうに話をした後、彼の腕を引っ張ってそのままーーー二人、歩いていってしまった。
「あれ……」
あれ、カナタ君て私を待っていたわけじゃなかった? いや、別に約束していたわけじゃないからしょうがないんだけど、でも、今のはなんだろう。
荷物をまとめる手を止め、私がもう誰も居なくなった校門を見つめ黙っていると、
「今の、唐沢さんじゃない?」
美紀がノートを書き込む手を動かしたままそういった。
「え? 真理子ちゃん?」
「そ。女子力の塊。おまけにチアリーディング部で男子にも人気がある」
美紀はそう言って、ふっと顔を上げる。
―――唐沢真理子ちゃんは、私達のクラスメート。
告白してきた相手を背負い投げした私とは正反対で、見た目も中身も、ついでに持ち物も女の子らしくて、いつもいい匂いがする女の子だ。
髪の毛も、くるんと巻き髪。味気ない我が校の制服もおしゃれに着こなし、スタイルもいい。背もわりと低めで、外見はいかにも「守ってあげたい」女子。
でもそんな彼女はチアリーディング部に所属していて活発な面もある。しかも気さくで誰とでも話をするから、とても人気がある女の子だった。
お菓子作りも得意で、時々クラスの皆にクッキーやマフィンを焼いてきてくれることもある。もちろん私もおすそ分けをしてもらってこともあって、まさに「女子」。
きっと彼女の事を「女子力が服着て歩いている」といっても過言じゃないだろう。
「真理子ちゃん、今日は部活、ないのかな……」
「いや、問題はそこじゃないし。女子力の高い唐沢さんがイケメンその一と一緒に帰ったと言うことは、二人はそういう関係ってことでしょ」
「え! だって高校違うじゃない!」
「中学は同じだったかもしれないでしょ」
「あ、そっか……」
「美女とイケメンて、上手いことちゃんとどこかで出会っているのねえ。かたや残念女子。かたや完璧女子。ああ、こりゃ勝ち目はないわねえ」
重ね重ね可哀相な結愛。美紀はそう言って、再びノートに書き込む手を動かし始めた。
―――そっか。真理子ちゃんてカナタ君と知り合いだったのか。しかもカナタ君がわざわざ高校まで迎えに来て一緒に帰るって事は、そういうことだよね。
あれ、もしかしてカナタ君の好きな人って―――真理子ちゃん? 何か約束すっぽかされて機嫌が悪かった、例の相手って。
「……」
さっきは少しだけ希望を持ったけど、相手が「完璧女子」じゃ、勝てっこない。
そりゃ、顔は! 自称、顔は負けてないかもしれないけど、それ以外の部分がどう考えてもダブルスコア以上で負けている。
同棲相手は居るけれど、だからといってそれがイコール恋愛相手じゃないって事だよね。
残念女子は残念女子らしく、恋愛なんて考えないようにしよう。期待するだけむなしいだけだ。
少しでも浮かれた私がバカだった。私は大きなため息をつくと、図書委員の仕事を終えて図書室を出た。
そして例の如く、「午後四時二十三分のラブレター」を下駄箱で発見。通常運転だ。
完璧女子にはイケメン男子。残念女子にはストーカーからのラブレター。
世の中は理不尽だ。理不尽すぎる。理不尽だろ、この野郎! と思うけど、やっぱり私にはこっちが似合っているのかもしれない―――。
「今日もよく燃えるかな、この手紙……」
期待なんかしない方が、傷つかなくて済むのに。なんで私は学習能力がないんだろう。
私はかばんの中にラブレターを突っ込むと、がっくりと肩を落としながら学校を後にしたのだった。
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