第7話 残念女子、幸せは光陰矢の如し

 一体何から聞いたら良いのか。それさえも分からず私が口をパクパクしていると、

「ちょっと待ってて。もうすぐ終わるから」

 イケメンは特に取り乱す様子もなく静かにそう言って、テキパキと作業をしていた。

 それを受けて私は思った。きっとこれはカナタ君のほうだと。ヒナタ君なら、もっとハイテンションで「あれー、結愛ちゃん起こしちゃった? ごめんねー!」くらい言いそうだし。

「あ、うん……」

 私は、カナタ君が作業を終えるのをまずは待つ。

 カナタ君は、しばらくの間はとにかく無言で色々と手を動かしていた。でも、炊飯器にスイッチを入れ、ボールにラップをかけて冷蔵庫にしまい使った用具をきちんと片付けた後、改めて私と向き合う。


「あの……」

 私がそんなカナタ君の顔を見つめていると、


「……事情はどうであれ、俺達はこの家で世話になるわけだし、食事くらいは作ろうと思って」

「え、そんな! 別にいいのに、そんなこと」

「ヒナタも言っていたけど、俺達は子供の頃から家の用事も自分たちでしていたし、別にそう言うの苦じゃないから」

「でも……」

「……見た限り、自炊、そんなに得意じゃなさそうだし。違う?」

「う……」

 カナタ君の鋭い指摘に、私は思わず詰まる。


 ―――そう、実は私、料理に関してはあまり得意ではない。お父さんが不在の事も多いから、ご飯を一人で食べる機会は多い。

 でもほら、一人分を作るとなると、かえって材料費が高くなるじゃない? だからついつい、出来合いのものを買うことが多くなってしまい、その内料理もあまりしなくなってしまって。

 料理も柔道と一緒で、練習しないとどんどん腕が鈍っていってしまうみたい。

 決して「まるでダメ」というわけではないけど、「得意です!」と自慢するような腕前でないことは確かだった。

 現に明日の朝ごはんも、買っておいた食パンとレタスをちぎったサラダでいいか。あ、インスタントのコーンスープもあったよね、くらいにしか重きを置いてなかった。


「俺達の家から、米、持ってきたから」

「え!? お米!?」

「そ。三十キロを二つ。そんだけあれば、二か月は余裕で持つ。それに食費もうちの親から預かってるし……だから、食事は俺がこれからは作るから」


 ―――まさか、イケメンが米と食費を背負ってやってきていたとは。想像すると吹き出しそうだけど、何というかこう、帰って気を使ってもらって申し訳ない気もする。

 でも、私が出来ない以上は、頼るしかない、よねえ―――。


「本当に、いいの?」

「構わない」

「あの、私も手伝ったりするから……あまり役に立たないかもしれないけど、でもお米を研いだりすることぐらいは出来るから、何でも言って!」

 ありがとう。私はカナタ君に深々と頭を下げてお礼を言った。すると、


「……親の言いつけとはいえ、俺達がいきなり来てびっくりしただろ。悪かったな」

「え!? そ、そんな……そ、そりゃびっくりはしたけど……」

「極力迷惑はかけないようにするし、それに頼まれた以上は役目はちゃんと果たすから」


 カナタ君はそう言って、下がっている私の頭にぽん、と手のひらを乗せた。

 それはとても大きくて、暖かい手だった。髪の毛越しなのに、まるでそれが全身に伝わってくるようで―――ビクン、と私は身体を震わせる。


 こ、これは! これは、女子憧れの「頭ポンポン」てやつじゃないの!?

 私の「理想の高校生活」の中に組み込まれていた、憧れのシチュエーション!?


 私は驚いて顔を上げ、カナタ君を見る。

 一体今、私はどういう顔をしているんだろう。恐ろしくて鏡を見る勇気はないけれど、でも、こういう時どういう顔をしていいかなんて、私の中の知識には全くない項目なわけで。

「あ、あのう……」

 それでも、何か喋らなくては!私がそんなことを思っていると、


「……ストーカーが何かしないように、ちゃんとボディガードとして守るから」

 カナタ君はそう言って、私に静かに微笑んだ。

 それはこの家に彼が来てから、初めて見せてくれる―――とても柔らかで、そして優しくて、頼もしい顔。

 この世界中で、今、私だけに見せてくれているその顔。

 それを目にして、私の中で明らかに「何か」がゴトン、と音を立てて動いた。


 ―――小笠原 結愛、十七歳。残念女子という不名誉称号を得ること、はや二年。

 恋愛関係には恐らく日本一程遠いと、自他ともに認める存在だった。

 それが、突然のイケメン双子との同棲生活スタートはともかく、ボディーガードを得た上に、「俺が君を守るから」的な言葉を言われる環境に!

 私がいわゆる「残念女子」だと知った上でのこのセリフ。たとえ親の言いつけとは言え、本当に嫌ならば拒否することだって、放置することだって出来る、はず。

 ということは―――もしかして、こんな私にも再び「恋愛」関係に携われるような機会が、あるってこと?

 もしも私がその、カナタ君を好きになったりしても―――多少はそうなる、いやむしろ不名誉な「残念女子」を卒業する可能性だって!

 それにもしかしたら、実はカナタ君もまんざらじゃなかったり? だって、少なくても嫌悪感があったり生理的に受け付けない女の子に、「頭ぽんぽん」なんてしないよね?


「……」

 免疫がないから、ちょっとしたことで心が惑わされる。きっと、結婚詐欺に遭うのってこういうタイプの人間なのかもしれない。そんなことを自分でもちらっと考えてみる。

 でも―――はじめ不愛想だったイケメンに、手のひら返したようにコンナコトされたら、誰だってそうなるよ。

 家事もできるみたいだし、進学校に通っているから頭もいいだろうし。優しい上に、腕だって立つって言っていた。

 同じ顔でも、性格的にヒナタ君はちょっと明るすぎるけど、不機嫌じゃないカナタ君がこんな感じなら、何の問題もない。


 完璧じゃん。

 完璧すぎるくらいじゃん。

 まるで、少女漫画の中から切り取ってきたような、完璧男子じゃん。


 残念女子の恋のリハビリの相手になるには、十分すぎる相手かもしれないけど、でもこれくらい突き抜けている相手の方が、荒治療で丁度いいかも。


 恋愛なんて諦めていたし、もはや期待もしていなかったけど。

 再びチャレンジしてみようかなあ―――もう、絶対に相手を投げ飛ばしたりしないって、気を付けていればきっと大丈夫だよね。

 そう、ほらだって、「頭ポンポン」されたって、反射的にその手を取って投げ飛ばすなんてしなかったわけだし。きっともう大丈夫なのかも!

 うん、決めた! 私、カナタ君の事頑張ってみようかな―――!


「ありがとう、カナタ君」

「礼はいらない。それに、そのストーカー野郎には聞きたいことがあるしな……」

「え?」

「あ、いや、こっちのこと」


 カナタ君はそう言うと、「それじゃ、俺はもう寝るから」とキッチンを出て行ってしまった。


「あ、うん……おやすみ」

 私はそんな彼の後ろ姿を夢見心地で見送る。

 そしてついさっきから始まった二年ぶりの恋愛ごとに一人胸躍らせるも―――あることをふと思い出す。



 ―――あれ、そう言えば。

 私、今この上ないくらい胸を躍らせているけれど、最初に三人で話をしていた時、ヒナタ君、こういってなかったっけ。



『残念女子はともかく、大丈夫。俺は女の子には困ってないし、それにカナタにも好きな子がいるから、結愛ちゃんが心配するようなことは早々起こらないと思うよ』



 ―――

 ――――――

 ―――――――――あ、詰んだ。


 インスタントラーメンを待つ時間の方が長かった。残念女子、ものの二分で失恋した。

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