第七話 重大な使命

 座ったまま、エクスがブリディフの方へ向き直った。


「魔闘技ここ場の中へは本当に誰も入れなかったのでしょうか」

「先ほども言ったように、かんぬきは昨夜も今朝も掛ったままじゃった。中へ入る方法はただ一つ。誰か中にいるものが開けてやるしかない」

「部屋の中へ入る魔道も……ないのですよね」


 ブリディフは黙ったままうなづく。


「では、部屋の中へ入らずにディカーン様をあやめたのでは?」

「どうやってじゃ」

「それは……」


 再び沈黙が訪れた。




「それにしても、難儀なことになってしまったのぉ」


 そう独り言ちた後、ブリディフは目を閉じた。


 何事か考えを巡らしていたのか、しばらくして目を開くと四人を見やる。

 うな垂れたり、じっと外を見つめる者はいても、誰も目を合わせようとはしない。


「このようなことが起きたからには闘技は中止となるであろう」


 誰にともなく、淡々とした口調で語り始めた。


「なれば、今のうちに話しておく。本来であればメイガーン・ル・メイガーンが決まった後、その役目を伝えると共にみなの協力を仰ぐのが常なのだが」


 ブリディフに四人の目が集まる。


「暗黒神と呼ばれた蠍王ディレナーク。の者の封印を保つことが、ここで選ばれた者たちの重大な使命なのじゃ」


 あまりにも唐突に出てきた蠍王という言葉に、一様に戸惑いの表情を浮かべた。


「あのぉ、蠍王って『始まりの詩』に出て来る蠍王のことですよね」

「あれは創作の話ではなかったのか……」

「どういうことなのでしょうか」


 口々に上がる言葉を手で制する。


「みながそう思うのも無理はない。儂も同じじゃったからな。

 だが蠍王は本当に存在するのじゃ。あれは間違いなく、この世のものとは思えなんだ」

「老師はご覧になったのですか」

「いや。この目で彼の者を見たわけではない。ただ封印の地を訪れただけじゃ」

「やはりメイガーン・ル・メイガーンになった折にですか?」


 ブリディフはゆっくりとうなずいた。


「あれほど禍々しい気を感じたことはない」


 彼の言葉を疑う者はここにはいなかった。


「その……封印の地とは……」

「ラガーンダイだ」


 誰かの息をのむ音がかすかに聞こえた。


      *


 魔国ガルフバーンは領土の四分の三を占める砂漠を中央に、それを取り囲むように山々が配されている。

 砂漠と異なる独自の生活様式が、山間都市では育まれていた。

 その中の一つ、北方に位置するルンディガはブリディフが生まれ育った街である。

 山間都市と言っても険しい山などはなく、森と共生する生活の中で、彼は魔道を学んでいった。


 そのルンディガよりさらに北にあるラガーンダイ。

 魔の棲む岩山とも言われ、どこの国にも属していない。

 周囲とのかかわりを拒むように断崖がそそり立ち、目にする者をも威圧する。

 立ち入った者が戻ることはないと言われているため、ガルフバーンでは「悪戯ばかりしているとラガーンダイへ連れて行かれるよ」というのが、親が子を叱る常套句となっていた。

 この国の者たちにとってラガーンダイという響きは、口にするのもはばかられる恐怖の象徴だった。


      *


「あのに蠍王の墓があるなんて……」

「墓ではないのだ、エクス」


 その情景を思い浮かべるかのようにブリディフは目を細めた。


「何百年もの間、生きながらに封印されておるのじゃよ。だからなおのこと怨嗟の思いが周りへ溢れ出ておるのじゃ」


 想像力が豊かな吟遊詩人の顔は、みるみる青ざめていった。


「蠍王への封印を保つために、選ばれた魔導士たちがラガーンダイへと赴き、魔力を送る。その魔導士を選ぶのが、この闘技を行う真の目的、ということですか」


 アーサの問いかけに大きくうなづくブリディフ。

 先程までの沈黙とは異なる静けさが訪れた。



「なぜ今この時に、そのようなお話をされたのですか」


 咎めるというよりも、不思議そうにウェンが尋ねた。


「もし、この中にディカーン殿をあやめた者があるならば、この使命を知ることで、これ以上の愚かな過ちを思いとどまるのでは――そう考えたのじゃよ」

「まだ……誰かが命を落とすとお考えですか」


 ブリディフは首を横に振る。


「分からぬ。だが、その者が自らの命を絶つことを恐れておる」


「そしてもう一つ」


 再び口を閉ざしたウェンに代わり、ブリディフは話を続ける。


「彼の者の封印を解き、復活を望む者たちがいるということも知っておいて欲しいのじゃ」

「そんな人がいるのですか!?」


 とても信じられないという表情でエクスが叫んだ。


「ああ。儂も昔、相対したことがある。とても強い魔導士じゃった」

「魔導士……」


 エクスは言葉を失う。


「あの男もそうであったが、精神を闇に堕とした者が危ういのじゃ。力のある魔導士なればこそ、己を律し、惑わぬ心を持って欲しい」


 そう言うと、ブリディフはもう一度、四人の顔を見渡した。




  *魔闘技場 平面 https://ballgags.wixsite.com/mysite

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