百十八話 魔法の鞄

 果たして集合場所に着くと、忽然と目の前に桃華が顕れた。もう、普通の人間やめちゃったのかな。やり過ぎなんだけど。

 当然ながら瑠美、咲良、紅羽の三人は、驚いてその場で飛び上がっていた。


「それで篤紫さん、ちゃんとダンジョンドロップ品は入手できたのかしら?」

 などと突然言われて、思わずオルフェナ――ああ、まだ紅羽の腕の中にいるのか――に顔を向けた。


『ふむ、そうだな。つまり篤紫よ、そういうことなのであろう』

「いや待て、分からないからオルフの顔を見たんだけどな!」

 ちなみに咲良と手を繋いでいるヒスイも、首を横に振っている。

 そんな様子を見て、桃華は呆れたかのように大きなため息をついた。


「篤紫さんは何か勘違いしているみたいだから、ちゃんと説明するわね。

 ここは日本に見えて……実際に日本なのかも知れないけれど、私達にとってはダンジョンワールドのひとつなのよ。

 ちなみにあのゲートをくぐった先では、基本的に『あり得ない素材』を収集することが大目的なのよね。そういう意味では、あの異能空間から出られて良かったわ」

 ……ごめん、そんなこと露程も考えていなかった。

 オルフェナも同じだったのか、目を見開いて完全に絶句していた。


「だから、ここで手に入れられる物のうちナナナシアに無い物は、可能な限り持ち帰る必要があるのよ。

 ここが日本で良かったわ。金貨さえ換金できれば、大抵の物がお金で買えるんだもの」

「それで色々買い漁っていたのか。確かに買った物でもドロップ品と見なせるんだな……考えたな、桃華」

「そこに気がつかない篤紫さんが抜けているだけよ」

「うぐっ……」

 手痛い反撃を受けて、無意識に心臓の辺りに手を置いた。ヒスイが慌てて咲良の手を離して駆け寄ってきた。

 心配そうに首を傾げながら、顔を覗き込んでくる。いや、別に痛くはないんだけど。なんか、ごめん。


「あと私が買っていない物は、魂樹に使うスマートフォンとかかしら」

「ああ……そう言えば、いま機種モデルが三種類しかないんだっけ。どんなのを見てくればいい?」

「その辺は篤紫さんに任せるわよ。新しい機種とか古い機種とか、色々種類があってもいいって、夏梛も言っていたかしら。

 他にも車や大型家電は見ていないから、必要なら見てきてちょうだい」

「了解した。見本さえあれば、ルルガが大抵の物を作ってくれそうだしな」

 完全に盲点だった。少なくとも、この地球に出回っている物の方がデザイン性が高い。となると、中古ショップを中心に街を見てみないと……。

 そんなことを考えて、篤紫は思考の海に沈んでいった。


 桃華は、一通り篤紫に言うことが終わって、今度は成り行きを見ていた三人娘の方に向いた。


「次はあなたたちね。仕方が無かったとは言え、だいぶ巻き込んでしまったわね」

「いえ、そんなことは無いですの……逆に桃華さん達を巻き込んだのは、わたくしたちの方ですのよ」

 慌てて紅羽が言葉を継ぐも、桃華は首を横に振った。


「瑠美さん、咲良さん、それから紅羽さんの三人だけれど、ここまで関わってしまった以上、私達にはそれ相応の責任があると思うのよ。

 予定通り、諸悪の根源である宗主は潰したわ。名前もそのまんま宗主だったみたいね。

 ついでにさっき、大元の組織も壊滅させてきたわ。これでやっと、異能で悲しむ人が居なくなると思うの。異能自体は、あの異能空間に入らないと使えないのよね?」

 桃華の言葉に、瑠美、咲良、紅羽の三人は大きく頷いた。

 どうやら今いる現実世界だと、異能自体が使えないらしい。異能空間に入ることで、異能バトルができる。そんな感じなのか。

 いや待って、もう組織壊滅して来ちゃったの?

 マジか……すげえな桃華。


「待ってくれへんか、桃華さん。組織が壊滅したってことは、もうあの異能空間に強制的に入れられんと済むってことやの?」

「そうね。その認識で間違いないわ」

「マジか……うわ、ごっついな」

 三人は顔を見合わせると、誰からともなく声を上げた泣き出した。

 場所が駅前のままだったため、周りに居た人たちの視線が集中した。ただそれも一瞬のことで、すぐにそれぞれの現実に戻っていった。


 しばらくして落ち着いたので、一旦、京都駅に入って駅ビル内にある喫茶店に入った。それからコーヒーを全員分頼んだ。あー、待ってヒスイの分はいらないんだけど……。


「えっと……桃華。これじゃ物語的に微妙なんだけど」

「たまに、篤紫さんってよく分からないことを言うわね。物語って何よ。そんなの私の知ったことじゃないわ。

 どのみち異能使いなんて、どう逆立ちしたって魔法には勝てないのよ。

 異能集団があった今までも、大抵の人間が察知できなかったし、その異能も本元が潰えた。だからこの世界は、今もこれからも科学文明のままよ」

 桃華の表情が陰る。

 紅羽、瑠美、咲良……ちょうど座った順に視線を移して、桃華はスッと目を閉じた。


「ただ、世界の裏の方で人知れず悲しむ子達がいるの。

 存在が消されて、本当の家族とも離ればなれ。元々の素質があって異能が開花しても、生活環境自体を改変されるんだから堪った物じゃないわ」

 うん、桃華怒ってるな。

 うちだとある日突然、夏梛が最初から居なかったことになるのか。うん、確かにそれは許せない。


「あの……それで、わたくしたちはどうすればいいのですの……?」

 紅羽が心配そうに呟く。よほど、現実が辛かったのだろう、腕の中に抱かれているオルフェナが、変な形に潰れている。


「せやで、ワイら一応親はおるけど、全くの他人やねん。大阪にいねば、一応歓迎はしてくれるけどな」

「私もです。長野に帰れば生活は出来ますが……」

「そこで提案があるのよ。この世界、特に日本に未練が無ければ、ナナナシアに移住する案があるの。ちょうど戻った先に、私たちの暮らす国と家があるから、生活するのには困らないわ。

 他にも、大樹ダンジョンの中で竜人達と暮らすという手もあるわね。

 選択肢としては、実際にそれ程多くは無いけれど、どうする?」

 三人はお互いに顔を見合わせてしっかりと頷くと、桃華、そして篤紫の目を真摯な面持ちで見つめた。


「お願いします。私たちをナナナシアに連れて行ってください」

「わいも、お願いするわ。こっちにはそないに未練は無いし」

「わたくしも、お願いしたいですの」

 その三人の言葉で、桃華の表情が柔らかくなった。

 桃華も中でも、しっかりと三人を連れて行く腹づもりが、しっかりと固まったらしい。


「分かったわ。それなら次は、篤紫さんの仕事ね」

「はっ? 俺?」

 桃華はキャリーバッグの中から、キャリーバッグを三つ取り出した。


「上が開くタイプのキャリーバッグって、あまりないのね。これしか無かったわ。

 これでいつもの拡張カバン作っておいて。みんな女の子だから、準備が必要なのよ」

「分かった、いつものな。

 それよりキャリーバッグだけど、桃華のは特注なんだからな。普通は横に開けるんだぞ」


 その後は、一旦別行動をすることになった。

 どうやら少し離れたところに、ビルを一棟買ったらしい。どれだけ金貨を放出したのか、想像付かない。ここ数日で、日本の金保有量が確実に上がったと思う。


 地図を渡されて、そこに向かいながら、ちょうど途中にあった中古携帯電話ショップで桃華に倣って爆買いしてみた。

 在庫はスッカラカンになったけれど、店主は喜んでいたな。




 さて、久しぶりに魔道具を作るような気がする。

 今回は向こうに帰るまでの暫定処置なので、最低限の機能だけにとどめておく。

 付ける効果は、内部の拡張と重量軽減。

 この程度の機能ならば、赤色の下級魔石でも百年くらい持続するだろう。


The internal space is expanded hundredfold the original space.

Make the weight of the item inside as close to zero as possible.

The magic stones inside cannot be removed.


 上に開く蓋の裏に、青銀魔道ペンで書き込んで、ピリオドを打つ。

 念のため、中に入れた魔石を取り出せないようにした。誤って取り出すと、カバンが爆発しちゃうからね。


『我の知らぬ間に篤紫は、魔道具の製作精度が上がったのだな』

「いや待てオルフ、それはいったいいつの評価なんだ?」

『もちろん今だぞ。地球ではナナナシアの補助が一切望めぬ。その状態で、そこまで描き込めるのならば、相当な物であろう。

 もっとも、実際に起動してみないと成否は分からぬがな』

 オルフェナの言葉に、隣に立って見ていたヒスイが首を傾げた。


 ホルスターのポケットから下級の魔石を六つ取りだして、二個ずつカバンに放り込んだ。魔方陣が淡く輝いて、無事キャリーバッグの魔道具化に成功したことが分かった。


『成功したな』

「そんな感じだ。そうか、補助がないってこういうことなのか」

 よく見ると、何文字か光が弱い。普段はナナナシアが効果の底上げをしてくれていたたのだと言うことが、実際に見て理解できた。

 もっともこの程度の魔道具ならば、ナナナシアの影響下になくても問題なく起動するようだ。


 しばらくして、両手に大量の袋を提げて四人がビルに入ってきた。

 キャリーバッグを渡すと、さっそく荷物を収納して、また外に四人で出て行った。どうやらまだ、買い物が終わっていないらしい。


 苦笑いを浮かべて見送った後、篤紫も最後の買い出しに出かけた。

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