百十九 さよなら日本
ビルの一室で一晩過ごした後、再びオルフェナに乗って我が家がある長野県に向かった。
途中、名古屋都心の渋滞を避けるために、東海環状自動車道に入って、少しだけ遠回りして中央自動車道に向かう。若干時間がかかったものの、案の定大きな渋滞が回避できて、四時間半ほどで自宅がある街に戻ってくることができた。
異能世界化から解放された街並みは、記憶にあるあの頃と全く変わっていなかった。まあ、四ヶ月程度時間が経ったくらいで、日本の街並みは変わらないとは思う蹴れど。
ちょうど篤紫の家がある場所は新興住宅街で、近所の人たちも同じように新しく家を建てた人たちばかり。そのため、過度な交流がないこともあって、オルフェナで通りかかって顔を合わせても、軽く頭を下げる程度で済んだ。
「よかったわ、街並み変わっていないわね」
「あの荒廃していた世界は、異能世界だからだったのか。
でも変だぞ? あの日起きた地震はかなり大きかったし、そもそも異能空間って地震が起きるのか?」
「待って、どういう事や? ワイら前の日の昼間から、宗主をおびき寄せるためにあそこで粘っとったけど、地震なんて知らへんぞ」
「そうですよ、地震なんて起きたら、私が積み上げただけの車の山なんて、あっという間に崩れていますから」
どうも咲良の積み上げた車はただのバリケードで、異能の力が届く距離自体は、かなり制限があるらしい。
となると……あの地震は何だったんだろう?
もの凄く大きな地震だったし、実際に家の壁にひびが入った。だからこそ、慌てて学校の校庭に避難したんだけど。
「わたくしの方でも、異能空間の展開は察知しておりましたの。でも地震は起きていなかったはずですのよ」
『ふむ、興味深いな。あの地震は我でも踏ん張れないほど、大きなものだった。だがそれが、同じ街内にいながら、違う結果を観測していたのか。
何か、そこに歪みのようなものがあるのか……わからぬな』
「いやオルフは、車内スピーカーで喋るのだけはやめてくれないか。さすがにうるさいよ」
家について、車庫の前に車を駐めた。
「みんな、シャッターを開けてくるからこのまま待っててな」
「はい、いってらっしゃい」
『ふむ、そう言えばシャッター開閉のためのリモコンを、紛失したままだったのだな』
篤紫がオルフェナから降りると、後席にいたヒスイも付いてきた。
残った四人に軽く手を振ると、篤紫とヒスイは玄関に向かう階段を上がっていった。
「まさか、ここは変わっていないのか……いや、壊れたままなのか」
階段を上りきって門をくぐると、そこはあの日のままだった。ヒスイが刈り倒した草が庭一面にあって、水分が無くなってしなびていた。
玄関の扉は朽ちて外れ落ちていて、土埃が積もっている光景は、アディレイドタワーダンジョンからここに来た時のままだった。見上げれば、家の壁には大きなひびが走っている。
ヒスイに顔を向けると、やっぱり不思議に感じたのか首を傾げている。
何だかここだけ、世界から隔離されているような感覚だった。
そのまま家には入らず一旦車庫に降りて、中からシャッターの開閉ボタンを押すと、案の定シャッターは開かなかった。やっぱり電気が来ていないらしい。
仕方がないので、念のためシャッターのブレーカーを落とし、梯子を持ってきて手動切り替えシリンダーを強く引いた。これでシャッターを手で持ち上げることが出来る。
シャッターを手で持ち上げると、待っていたオルフェナが中に入ってきた。
車庫の中から見た景色は、普段目にしていた街の風景だった。ちょうどお向かいに住んでいる山田さんちの奥様が、車で出かけていった。
梯子に登ってシャッターを引き下げて、さっきと逆の手順で自動の状態に切り替えた。これで、外からは開かないだろう。
『えらく時間がかかっておったようだが、何か問題があったのか?』
さっそく小玉羊モードに戻ったオルフェナは、今回は瑠美に抱きかかえられていた。その状態で、いつものまん丸お目々で見つめてくる。喋らなければ、普通に可愛いマスコットなんだけどな。残念すぎる。
「いや、階段を上がってから車庫に降りて、シャッターを手動に切り替えていただけだぞ。なあ、ヒスイ」
ヒスイに話を振ると、コクコクと頷いていた。
実際には、玄関の前で少し立ち止まったけれど、少し見上げた程度なので誤差の範囲だろう。
「本当にそれだけなのかしら? 階段を上がってから、シャッターが開くまで三十分近くかかっていたわよ」
「はあっ? そんなはずは無いぞ、かかってもせいぜい五分くらいだぞ」
そうやってみんなで話をすり合わせていくと、階段を上って家の門をくぐった辺りから、何か違和感を感じていたらしい。最終的に、ここが転移門が顕れる特異点だから、空間歪曲なりが発生しているのではないかという結論になった。
どのみち、これから無理矢理時間を進めて、転移門を出現させなければならない。
その時間、二十八年。
それを考えれば、五分も三十分も誤差の範囲だと思う。
「さあ、さっそくやるわよ」
桃華がネックレスに魔力を流して、一気に赤いドレス姿に変身した。
三人から驚きの声が上がった。
しばらく目立たないように、その辺で売っているカジュアルな服装に着替えていたからね。真っ赤なロングドレスなんて、お祝い事でも主役しか着る機会がないからね。
つくづく魔法の恩恵は素晴らしいと思った。
「全員、私の肌に触れていて。一気に時間を進めるわよ。まああれね、準備が長いだけで、時間跳躍自体は一瞬で終わるわよ」
それぞれが桃華に触れて、真剣な目でうなずき合った。
ちなみにオルフェナは瑠美が鼻先を、ヒスイは紅羽が抱っこして一緒に手を伸ばしている。
全員が触れたのを確認して、桃華が膨大な魔力を練り始めた。少しだけ体が浮くような、優しい魔力に包み込まれる。
グラッと、世界が歪むようなそんな感覚のあとに、車庫の奥にある壁が光を発しながら扉に変わった。
まさにあっという間に、桃華は二十八年の時間を進めたらしい。
「さあ、みんな帰るわよ。篤紫さん魔神晶石車の展開をお願いね」
「おう、了解した」
みんなに壁際に寄って貰ってから、数日ぶりに魔神晶石車を展開された。篤紫がホルスターのポケットから取り出した魔神晶石に魔力を流すと、あっという間に紫色のオルフェナもどきに変わった。
相変わらず驚く三人を無理矢理車に乗せると、前列のいつもの場所に篤紫と桃華が座った。
「そう言えば、家は見てこなくてもいいのか?」
「いいわよ。二十八年も放置されていた家なんて、今さら何の価値も無いわ」
二十八年経って世界がどう変わっているのか、ほんの少しだけ気になるけれど、帰郷優先だな。
どう考えても、俺たちにとって日本は不便すぎだ。
魔法ありきの生活に慣れてしまうと、科学文明一辺倒の地球は生活しづらい感じだった。まあ、慣れの問題なのかも知れないけれど。
「瑠美さん、咲良さん、それに紅羽さんも準備いいかな?」
「もう日本には未練は無いねん、さっさと行ってくれればええで」
「私も、大丈夫です」
「お願いしますの。もともと日本に居場所は無かったから、問題ないですの」
三人の意思が確認できたので、篤紫は運転手のヒスイに顔を向けて頷いた。ヒスイも同じように頷き返してくる。
魔神晶石車は、ゆっくりと前進を始めた。
そして、光る転移門をくぐって、俺たちはナナナシアへ帰還を果たした。
アディレイドタワーダンジョンに戻ると、やはり一時間しか時間が経過していなかった。
そのままダンジョンを出て、アディレイド王国から借りている豪邸に戻った。
さすがに、アディレイドタワーダンジョンの往復一時間半程度の時間で、上層に向かった夏梛達や、同じく下層に向かったタカヒロ達が帰って来るはずも無く、数日をその豪邸で待つことになった。
その間に桃華は、車化したオルフェナに瑠美、咲良、紅羽の三人を乗せてさっさとお城に帰っていった。
色々とやることがあるらしい。
ヒスイも戻って来て、さっそくゴーレムを五体を取り出してどこかに散歩に出かけてしまった。
結果、篤紫だけがぽつんと豪邸で待つことになった。
ちなみに夏梛達も、タカヒロ達も、それから一週間帰ってこなかった。
帰ってきた夏梛に言われた一言で、篤紫は目から鱗が落ちたとは、まさにこういう時のことを言うのかも知れない……。
「おとうさん、わざわざここで一人で待っていたの? 別に電話かメール入れて、先に帰るって言えば良かったと思うよ」
数日間電話が使えなくて、完全に失念していた。
後日談だけれど、日本に転移門が繋がったのはこの時だけで、その後何回か転移門を起動させたのだけれど、一度も日本に繋がることはなかった。
アディレイドタワーダンジョンの魔王晶石に、いくら魔力を注ぎ込んでも繋がらなかったので、もしかしたらあれは、本当に奇跡だったのかも知れない。
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