百十一話 市街地潜入……するの?
駐車場に入って、そのまま大型複合店舗の立体駐車場上に向かった。
横に見えたどの階にも、やはり一台の車も止まっていなかった。改めてここが無人の街であることを実感する。だとすれば、あの車で作ったバリケードの中にいるであろう誰かとコンタクトを取ることができれば、いまのこの街に起きている現状が把握できる。
店舗に沿って作られている坂道を駆け上がり屋上に出ると、そのままさっきの市街地が見える位置まで移動した。
当然ながら、屋上にも誰もいない。
ここもはっきりと覚えている。当時十歳だった夏梛が、必ず屋上駐車場に車を停めたがったので、ここに来ると必ず利用していた場所だ。
「懐かしいわね、夏梛も連れて来ることができたらよかったのに」
「いや無理でしょ。そもそもあのダンジョンゲートから日本に来たのなんて、完全に想定外だよ」
そっと顔だけ出して見て見ると、遠くの方に車を積み上げたバリケードが見えた。よく見ると、街の一角の結構広い範囲をまるまる一周、車を積み上げてあるようだった。
「あれって、何かの外敵から身を守ってるのか?」
『わざわざ車を積み上げてまでか? しかしあれでは、長期戦には向かぬだろう。完全に外部と遮断されておるではないか』
「あそこって、中心にあるのは市役所か多目的ホールじゃなかったかしら。
確か近くにいくつか災害備蓄倉庫があったはずだけど、それにしたって量で見たら数日分しか無いはずよ。中に何人いるのか分からないけど、立て籠もるには不向きな気がするわね」
「何にしても、ここからじゃあ中の様子が全く掴めないってことなんだよな……」
涼しい風が吹いている。
季節感としては、春から夏に切り替わる辺りか。日差しはあくまでも暖かい。
無人の街は静かなもので、時折遠くの方から銃声が聞こえてくる程度だった。いや、銃声が聞こえる時点で異常だとは思うけれど。
篤紫は車を魔神晶石に戻して、ホルスターのポケットに収納した。
どのみち、ここからは徒歩で向かわないと、さっきみたいな結果になってしまう。まあ、多少銃撃を受けても大丈夫なんだろうけどな。
『これから市の中心に向かうのか? あそこに行けばこの世界で何が起きているのか、一端は見えると思うのだが。ただ気を付けねばならぬぞ、ここでは篤紫達の能力に色々な制限があるはずだ』
「制限? どういう事なんだ?」
確かに魔道具が作れないのと、ナナナシアの庇護がないから既存の魔道具も性能が十全に発揮できない状態だけれど……。
「あら、そう言えばキャリーバッグを呼んでも来ないわね」
『そうであろう。魔道具の動作が、完全に個人の魔力便りになっておるはずだ。
今まで通り道具を使っていると、土壇場で足元を掬われかねん。しっかりとその辺を確認してから、突入した方がよいぞ』
「それって、変身の魔道具も使えないってことなのか?」
『使えないわけではないだろうが、恐らく制限付きなのであろうな』
嫌な予感がして、慌ててホルスターに刺してある虹色魔道ペンに魔力を流した。
虹色の光りが篤紫の体を包み込む。
いや待て、いつもより光りの粒が少なくないか?
やがて光りの粒は篤紫の体に収束していって、漆黒のロングコート姿に変身した。
「髪の色は黒いままだわ。背中の翼も無くなっているわね」
「確かこの間の権限操作で、翼が三対まで増えていたんだっけか。となると、変身能力が初期状態に戻っているということなのか?」
『ナナナシアコアの補助が無くなって、篤紫の地の力だけが残った状態なのであろう。性能自体も、さらに落ちていると見てよいだろうな。恐らく物品の帰還処理も無効になっているのであろう。
あと確認が必要な点は、篤紫お得意の不壊処理が残っているか、だけだ』
桃華も変身した姿が、深紅のドレスに戻っていた。当然、背中に描かれていたのは翼三対の絵柄も消えていた。
篤紫お得意の不壊処理も、不完全になっていた。
着ている黒のロングコートに解体ナイフを突き刺したら、サクッと穴が開いた。慌てて引き抜くと、数秒かけてゆっくりと穴が塞がった。一応修復はされるらしい。
ついでに不壊処理が本当は壊れないのではなく、瞬時に修復していたことが分かった。
となると、今まで完全だった防御性能も恐ろしく劣化しているのだろう。
おそらくさっきの銃弾を受けたら、普通に怪我を負う。当たり所が悪ければ、簡単に命が散ることになるんだろうな。
ただ運がいいことに、ここにはオルフェナが一緒にいる。種族自体は人間ではなくメタヒューマンのままだったから、恐らく死亡した場合には車状態になったオルフェナの中で蘇るはずだ。
ただ、さすがにそれを今、確認する気にはなれなかった。
ここに来て、初めて命の危機を感じた。
「つまりあれよね。着替えの魔道具に付与されていた、絶対防御も同じように無効と言うか、弱くなっているのよね」
桃華が変身の魔道具を解除して、花柄のパジャマ姿に戻った。いや待て、そこから変身の魔道具なり、着替えの魔道具で変わっていたのか。
とても合理的だけれど、何だかもやもやするぞ。
そんな篤紫をよそに、スマートフォンから着替えの魔道具を起動させた。最近よく着ている冒険者スタイルに変わった。
まあ……地球だと逆にコスプレ扱いになりそうだけど。
「特に使用には問題ないみたいね。変身や着替えが一瞬でできるだけでも違うわ。服の調達は今まで通り自前でできるってことだもの」
「しかし、想定以上にナナナシアの影響を受けていたんだな」
改めて魔法世界が便利だったんだなって、心の底から思った。
ここ地球に来てからも体内魔力で最低限の魔法が使えるけれど、結局の所、威力の無い生活魔法しか使えないので、魔道具が使えない篤紫なんて一般人と変わりが無いのだ。
他には、桃華の時間停止は問題なく使えるようだった。
うん、やっぱり俺弱いな。
そもそも戦闘訓練なんてしていないから、市街地に潜入するとしても確実に足手まといになりそうだ。
「ねえ、私考えたんだけど、私たちが情報収集以外であのバリケードの中に入る意味って、あるのかしら?」
「いやないな……それだけしかないけど」
『うぬ? 確かにわざわざあそこに行かなくても、問題は無いであろうな。
このまま別の場所に移動して、もっと平和的なコミュニティを探しても、何の問題も無いはずだ』
「そうよね? 何かみんなその気になっていたけれど、私たちってここに探索しに来ただけなのよね。だったら何もあんな訳分からないところに行かなくても、他を当たればいいんじゃないかしら」
確かに桃華の言うとおりだ。
何も危険を冒してまであの場所にこだわる必要は無いな。
「でも物語的には、どうなんだろう……」
「何よその、物語的って。知らないわよそんなの。私たちはいま、ここで生きているのよ。この現実が物語のわけないじゃない。
それに見て、すっかり忘れていたのだけれど、ここの冊子に大切なことが書かれていたのを思い出したのよ」
そう言って差し出されたのは、アディレイド王国の国壁門で手渡された、例の案内冊子だった。
ダンジョン産の魔道具でもあるその案内冊子の、アディレイドタワーダンジョンのページ。そのページに現況確認の項目があって、そこに厄介な情報が書かれていた。
桃華の指し示す項目を見て、篤紫は目を見開いた。
『ダンジョン維持、及び滞在可能期間――二十八万五千四百五十九年三百六十四日』
ここの項目は、まあいい。
昨日、魔力をたくさん吸われたから、それが反映された結果だと思う。ある意味で、順当と見てもいい。
滞在可能期間について通常は長くても一ヶ月程度だと、桃華の解説が入ったけれどその辺もまあいい。
問題になったのは、次の項目だった。
『最低滞在時間――二十八年』
意味が分からない。
これが正しいとすれば、二十八年経たないと帰れないと言うことか。
ここでも桃華の解説が入って、通常なら四分程度で帰還用のゲートが顕れるのだそうだ。場所は、その世界に入ってきた時と同じ所に出現するらしい。滞在可能時間の一万分の一、その時間だけ経過すればいいのだとか。
アホかと。
何より俺たちの魔力が。
勝手に吸われたから仕方が無いとは言え、二十八年経たないと帰還用のゲートが出現しないって、無茶にも程がある。
それにここで二十八年経っても、戻ったら一時間経過しただけなんだと。
誰だよこの滅茶苦茶なダンジョン作った奴は。
思わず篤紫は頭を抱えた。
同じように隣で、オルフェナも目を大きく見開いて固まったいた。
「この最低滞在時間に関しては問題ないわよ。あっちこっち見学して、最後に時間魔法で何とかするわ。
ちなみに帰る場所は、自宅の駐車場ね。たくさん遊んで帰宅するだけでいいみたいよ」
「……ああ……そうか、そうだよな」
『う……うむ。そういうことならば、よいのか。そうだな』
時間魔法のスペシャリストの言葉で、篤紫とオルフェナは強引に納得することにした。
でもまあ、そこまではまだ良かったのだと思う。
一寸先、ちょっとだけこの先の展開が読めなくなってきた。
たぶん瞬きするくらいの、ほんの短い時間だったと思う。
『……桃華はやはり、本気を出したら……恐ろしいのだな』
たぶんオルフェナには何があったのか分かったんだと思う。
でも俺には何が起きたのか、全く分からなかった。
気が付いたら桃華の足下に、縄でぐるぐる巻きに縛られた女の子が、気絶して転がっていた。
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