百話 アディレイド探索者ギルド

『探索者ギルド フォルナイン支部』

 押し開きの扉を支えながらここの支部名を見ると、フォルナイン支部と書かれていた。最初は篤紫の手を引いていた桃華は、待ちきれなかったのか少し前に、篤紫の手を払って先に建物の奥に駆けていった。


「ヒスイ、車の扉は外側から開かないようにロックしてきたか?」

 扉を片手にヒスイが通るのを待っていると、篤紫の顔を見上げて首を縦に振ってきた。

「そうか、ありがとうな」

 今さら車を収納するのも何だか気が引けるし、ヒスイも察してくれたのかそのまま駐車スペースに置いてきたようだ。ちらっと外を見ると、色が対照的な二台の車がそこに停まっているのが見えた。



 ふと、不思議に思った。

 パース王国にいるルーファウス達のチームが、車を作ったことは知っている。篤紫達がパース王国を出る頃には、けっこうな台数が街中を走っていた。

 それ以外の車、目の前に停めてあるような旧式の無骨な車は、今まで見たことがなかった。外装の痛み具合から、相当な過去の遺産であることも覗える。


 ここには遙か昔の文明の一部が、失われずに残っていたというのか?

 そう言えば、街中を走っていた旧式の車も、かなり傷んでいたような気がする。パース王国産の車と比べても、心なしか速度が遅かったな。


「ねえ篤紫さん、早く来て。さっそく冒険者登録するわよ」

『あの……冒険者ではなくて、探索者ですよ……』

 建物の奥から桃華の声が聞こえる。ついでに、職員の女性に間違いを指摘されているようだ。

 篤紫は視線をと室内に戻すと、探索者ギルドフォルナイン支部に足を踏み入れた。



 中はおしゃれな喫茶店の装いになっていた。

 思いの外、奥行きがある。

 椅子やテーブルが何脚も置かれていて、待ち合わせの他にも、食事なども提供しているようだ。この辺の役割は、昔から物語に語られている冒険者ギルドと似たような仕様になっている感じだ。

 奥には長いカウンターがあって、受付が三カ所設けられていた。冒険者ギルド風に言えば右端が素材買取窓口なのだろう。さっきの男性職員と黒い革鎧の女、それに杖を持った男の三人がタブレット端末を見ながら話をしているところだった。


「篤紫さん、こっちよ。早く早く」

 残り二つの窓口には女性の職員がいて、真ん中の窓口にいる桃華がぴょんぴょん飛び跳ねながら篤紫を手招きしていた。

 いや桃華、あんたどんだけ楽しみなのさ……。

 思わずヒスイと顔を見合わせて、急いで受付に向かった。


「あのね、魂樹であるスマートフォンにアプリを入れて、それで冒険者の管理をする仕組みみたいよ」

「……あの、探索者なのですが……」

「それで、最初はAランクから始まって、実績を積むとB、C、Dみたいにアルファベット順にランクが上がって行くみたいなのよ。

 ここの所は何か普通と違うみたいね、最初はAランクって聞いて小躍りした私が馬鹿みたいよ」

「……はい……そんな感じにランクアップしていきます……」

 桃華が受付の女性に背を向けて、嬉々として篤紫に説明を始めた。

 それに対して受付の女性の動きがぎこちない。桃華に全部説明されているから、出る幕が無いのだろう。そんな桃華の手元には、ギルド初心者の手引きなる冊子が閉じた状態で握られていた。

 あー、あれか。桃華は、渡されたと同時に時間を止めて読破したな?

 さすがに受付の女性が、笑顔が保てないのか表情がひくついている。

 いやなんか、ごめん。


「でねでね、ここは迷宮都市だから住民からの依頼という形式は少ないみたいなの。

 その代わりに、ダンジョンで入手できる魔獣素材、機械部品なんかが買取、及びランクの査定対象になるみたいなのよ」

「……です。みんな言われちゃってる……しくしく」

「一年くらい前にお隣のパース王国から、魂樹が伝わってきて事務仕事がかなり簡略化されたみたいよ。それまではギルドカードを発行して、効率が悪い魔道具でランク判定とかしていたみたいなのよ」

 あ、受付の女性泣き出しちゃったよ……。

 そもそも地下に潜って色々している間に、何だか地上では一年以上が経過していた感じだな。ルーファウスやガイウスは何も言っていなかったけど。


「それからね――」

「いや、ちょっと待て桃華。にわか仕込みで説明したい気持ちも分かるが、いい加減に受付の女性の仕事を奪うのはやめんか」

「えっ……あ……」

 やっぱり好きなことに没頭しちゃう癖は、本質的に変わらないんだなぁ。

 この間パース王国であった水晶竜をめぐる騒ぎも、起きるべくして起きたと言うことか。


「あの……ごめんなさい。こういうギルドのシステムが嬉しくて、ついつい……」

「いえ、大丈夫ですよ。むしろ理解して頂けているなら、話が早いので助かります」

 嘘か誠か分からないけれど、さすが受付嬢だけはある。桃華が振り返ると、すぐに営業スマイルが戻った。

 ちなみに、先に中に入っていた探索者も、何だか微笑ましい物を見るような視線で篤紫達を見ている。査定が終わったのか、今は女性二人が椅子に座って待っているだけだ。男性は素材の運搬に向かったのだろう。


「それで、他に必要な説明をお願いできるかな?」

「はい、わかりました。初心者の手引きに書かれていないことを説明していきますね。

 まず、ギルドカードから魂樹のアプリに移行したことによって、登録にかかる費用が不要になりました。以前までの設備では、登録費用に銅貨十枚頂いていました。

 ランクは登録した日、もしくは素材を納入した日のどちらかから一年間有効です。期限切れの再登録には、B、C、Dなどのランク維持ならば銀貨一枚、Aランクからなら無料で再登録ができます」

 すごい、いつの間にかアプリ開発までできるようになったのか。

 隣にいる桃華に顔を向けると、それにはそんなに興味が無いのか微笑みながら首を傾げているだけだった。つまりこれはあれか、当面の間この国で活動するってことなのか?

 まあ、一般的なダンジョンをゆっくりと探索する機会が無かったから、しばらくこの街でお世話になるのもいいかもしれないな。


「参考までに、ここ以外の国でもギルドアプリが使えるのか? 例えば隣の国とか」

「国が魂地を導入し、かつ魂地のアプリストアでギルドアプリを導入していれば、国を跨いでの共通ランクで使えるようです。

 現在分かっている範囲では、パース王国では導入済みですが、メルボーネ帝国ではまだ普及していないと聞いています」

 アウスティリア大陸において魂樹は、いわゆる黎明期にあるという訳か。


 ……って言うか、アプリストアってことは配信しているのはナナナシアだな。何というか、裏方として楽しんでいる感がひしひしと伝わってくる。

 そう言えばナナナシアが星に還った後、たまに桃華の所に電話が来ていたけれど、ナナナシアからかかってきていたのか。道理で桃華が色々と知っているわけだ。ギルドアプリのひな形を提供したのって、桃華なのかも知れない。


 一つ言えることは、魔法があることで科学技術はほとんど進歩していない。生活魔法があれば、大抵の場面で何とかなるからね。

 逆に、星のコア、ナナナシアに対して元地球組が入れ知恵することで、意味不明に後方インフラは整いつつあるのが現状か……。

 何だか、ハイテクなのかローテクなのか分からない世界だな。


「わかった。ありがとう。

 それじゃあさっそく、探索者登録をお願いできるかな」

「はい。了解しました」

 受付嬢はタブレット端末をカウンターの上に乗せ、ギルドアプリの新規登録画面を開いた。

 画面には『登録するには画面に魂樹を乗せてください』と書かれている。うーん、なんともシュールだな。俺たちさっきまで馬車に乗ってきたんだけど……。


 篤紫がタブレット端末にスマートフォンを乗せた後、続けて桃華もスマートフォンを画面に乗せた。受付嬢が完了のアイコンをタップすると、しばらくしてスマートフォンに新しいアプリが追加された。


「続けて、パーティの登録をなさいますか?」

「ああ、お願いする」

 再びタブレット端末を操作してパーティ登録の画面を開いた。

 今度は篤紫と桃華のスマートフォンを一度にタブレット端末に乗せて、スマートフォンの通知にパーティ登録の確認アイコンが出たので、了承を押した。

 いやなにこれ、すごい技術が進んでるんだけど。恐るべしナナナシア……。


「お疲れさまでした。これで探索者の登録が終わりました。

 アディレイド王国における探索者ギルドは、王都にある本部を併せて八つの本支部で構成されています。細かい地理に関しては、マップアプリに共有されたはずですので、それぞれにご確認ください。

 また、中心部は大迷宮都市となっています。ダンジョンに入るために迷宮壁門で検問がありますが、探索者であれば通過できます。併せてご確認ください」


 待て。

 ちょっと待て、いや待て。

 その説明は一切聞いていないんだけど……。


 再び隣を見ると、桃華が微笑んだまま首を縦に振っていた。

 桃華に聞けってことか。了解した。

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