九十六話 大洪水、そして再会
ダークゲートを抜けると、青い空と大海原が広がっていた。
遙か彼方に、うっすらと島が見える……いや、もしかしたらあれは山か。
「ねえ、どうして一面に海になっているのかしら?」
隣で桃華が首を傾げながら呟いた。
そう言えば、ここはアウスティリア大陸のほぼ中心地。普段なら草がまばらなサバンナ地帯だったはずだ。乾燥していて、雨期でもなければ水なんてほとんど存在していない。
当然ながら、海など無いはずなのだけれど、視界一面が大海原になっていた。
近くにいた夏梛とペアチフローウェルが、何とも言えない苦い顔をしている。
「それがね、地上に出たはいいけれど、見ての通り辺り一面が海になっていたのよ。
さっき潜ってみたら、水深自体は一メートル位だったわよ」
ダークゲートを解除しながら、ペアチフローウェルが様子を説明してくれた。
竜晶石を伝って飛んでいくと、天井付近に穴が開いていたらしい。その穴は竜晶石の中を経由して外まで繋がっていて、二人で穴を登っていったところここの一つ隣の岩山に出た。
夏梛から聞いていた景色と違っていたため、しばらく周りを調べてから、ダークゲートを繋いでくれたのだとか。
「つまり、この間世界を修復した結果が、今見えているこの景色と言うことか」
ただ、水深一メートル程度であれば、魔神晶石の馬車でなら移動できるのか。オルフェナだと車高が足りないから間違いなく水没してしまう。
あとは牽引してくれるヒスイ次第だけど……。
そう思って篤紫がヒスイに視線を向けると、篤紫を見上げていたヒスイが問題が無いのか、首を縦に振ってきた。
ヒスイの了承が得られたので、さっそく魔神晶石の馬車を展開することにした。岩山を下りてゆっくりと水面に足を入れた。ペアチフローウェルが言っていたように一メートルくらい、ちょうどおへその辺りまで水に浸かった。
水面に付いた指をなめてみると、確かに海水だけあって塩からい。
「おとうさん何してんの? 海水なんだから塩水に決まってるじゃん。
これでも水が少なくなっているんだと思うよ。ほら、さっきあたし達がいた場所のすぐ下に、水が浸いた跡があるから」
言われて見上げると、遙か上に海水が乾いて白くなった跡がくっきりと浮かんでいた。ある意味この間の星のズレは恐ろしい現象だったんだな。
ともあれ、馬車を出すために魔神晶石を……篤紫はもう一度、一メートルほど岩山に登った。腰のホルスターから魔神晶石を取り外して、再び水に浸かって地面まで下りる。
気を取り直して、魔神晶石を馬車に戻しながらふと横を見ると、ヒスイが水面にしゃがんで、篤紫の様子を首を傾げて見ていた。
待って、なんでヒスイは水の上に立っているの?
光り輝いた魔神晶石は、いつもの馬車を水面に出現させた。車輪が篤紫のすぐ目の前にある。思考が停止する。
待って待って、何で魔神晶石の馬車は水面上に乗っているの?
普通、馬車なんて水に沈むものじゃないの?
「あらあら、ヒスイちゃんの作った馬車は、水の上を走れるのね」
振り返ると、みんな想定していなかったようで、びっくりしてた。桃華の口調は相変わらずだけど……。
「すごいね、あたし達が乗っても沈まないのかな? ペアチェちゃん行こっ」
「ええ、オルフェナは私が抱っこしていくわ」
夏梛とペアチフローウェルが、さっそく空を飛んで馬車に乗り込んでいった。
そうは言っても、ヒスイが作ってくれた物だから、大抵の常識は通用しないかも知れない。
「ヒスイも水面に立っているし、馬車は沈む様子が全くないんだな。
これななら、船がなくても旅行ができるのか……てか、俺が濡れたのって全く意味が無かったってことだな」
「そんなことないわよ。魔神晶石の馬車が水に浮くなんて知らなかったんだから、安全を考慮するならやっぱり水の中で馬車を出す必要があったもの。
それに私だって飛べないから、馬車に乗るためには一旦、どうやっても水に浸からないと乗れないわ……あら、ヒスイちゃん?」
緑色の馬に変わったヒスイが、水面を歩いて行って桃華の前に横向きで立ち止まった。
「ヒスイちゃん、私を馬車まで乗せていってくれるのかしら?」
桃華の言葉にヒスイは、馬の首を回して頷いた。
「ありがとう。優しいのね」
結局、桃華は一切濡れずに御者台まで運んで貰った。なんだよ、やっぱり濡れたの俺だけじゃんね。
篤紫は苦笑いを浮かべると、車輪に掴まりながら御者台によじ登った。
魔神晶石を台座に固定し、馬状態のヒスイが馬具に体を引っかけると、ゆっくりと水面を走り始めた。
篤紫は一息ついて、自分の体に浄化の魔法をかけた。
やっぱり生活魔法は便利だな。服があっという間に乾いたし、塩も残らずに無くなったみたいだ。
馬車は順調に水面を駆けていた。ヒスイ馬が駆けるたびに、水しぶきが飛んでくる。
隣に座っている桃華は、濡れるのが楽しいのか顔に手をかざして笑顔を浮かべていた。
篤紫は再び、体がびしょ濡れになった。
……また後で、浄化の魔法かけよう。
ウルルに着く頃には、周りにあった水があらかた引いていて、地面は時々水たまりが残っている程度までになっていた。早いうちにに水が引いた場所が日に当てられ、塩が浮き出て真っ白に染まっていた。
けっこうな時間を塩水に晒されていることもあって、草原の草は軒並みしおれている。
「これは完全な塩害だな。田んぼとか畑とか無いからいいけれど、これはかなり厄介な状態だな」
「近くに街とか無いのかしら?」
「地形は一緒だと思うけれど、アウスティリア大陸の真ん中は完全に未開の地みたいだからな。観光案内所すらも無いと思うよ」
カタ・ジュタの岩石群から地上に出た時もそうだったけれど、竜晶石が地上に露出している部分は、完全に花崗岩の外見になっていた。
今、目の前にあるウルルも巨大な一枚岩で、ちょっと前にこの岩の遙か地下にいたなんて想像も付かない。
地球と違うところは、ここの岩山が竜の巣になっていて、今も上空をドラゴンが旋回しているところか。
目を凝らしてよく見ると、色とりどりのドラゴンが岩面で翼を畳んで休んでいた。
「おとうさん、写真撮れたよ。カレラちゃんにメール送ったら見たいって言ったから、ライトゲートでみんな連れてきたよ」
御者台から首を向けた篤紫は、その場で思わず固まった。
「お久しぶりです、篤紫さん。無事最初の目的地に着いたみたいですね」
タカヒロが手を振りながら近づいてくる。
「しばらく連絡が無いと思ったら、無事エリーズロッタに着いたのですね」
「お母さん違うよ、エアーズロックだよ。そもそも今はウルルって言うみたいよ」
シズカとユリネが、相変わらずの親子漫才をしている。
「お久しぶりです篤紫さん。わたくしも連れてきてもらえました」
「ミュシュね、ほんっとすごいのよ。魔道具と機械を何だか融合? させてるんだから。コマイナ都市がもの凄いことになっているよ」
ミュシュを抱えたカレラが、夏梛の後ろから現れた。
騒ぎはそれだけに終わらなかった。
サラティやレナードを含めたコマイナ都市のみんなも、ゾロゾロと歩いてきている。さらに元アーデンハイム王国のみんなと、魔王国の悪魔達も歩いているじゃないか。
「篤紫殿、ここが竜の巣なのですね」
聞き覚えのある声が聞こえて、篤紫は反対側に首を回した。
「え、ルーファウス?」
「おおっ、オレたちもいるぜ。ペアチフローウェル殿はすごいんだな、城から黒い穴を通ったらもう竜の巣に着きやがった」
ルーファウスの裏から、ガイウスが手を上げて歩み寄ってきた。その後ろには、セイラ、レティス、マリエンヌなどパース王国の王城にいるはずのみんながいて、他にもパース王国の面々がいっぱい湧いてきた。
「あ、篤紫。せっかくだからパース王国ともダークゲート繋げたわ。観光が終わってみんなが帰るまではゲート開けたままにしてあるのよ」
篤紫は頭を抱えた。
なんで、全員でウルル観光しているんだ?
こんなの滅茶苦茶だ。すごく嬉しいじゃないか。
笑顔一杯のガイウスと、がっしりと握手をした。
「おいてめえ、篤紫。ふざけんな。ここはどこなんだよ。美味そうなドラゴンがいっぱい飛んでるじゃねぇか」
「キング、駄目ですよ。ちゃんと後で、ドラゴンステーキは振る舞われますから、我慢してください」
キングにクロム。仲良くやっているみたいだな。
やっぱりキングは、クロムの尻に敷かれているみたいだ。なんだかんだ言っていい関係だと思う。
「なあ、篤紫。この岩すごいな。世界ってほんとに広いんだな。何かここって、すげー遠いとこなんだろう? 夏梛ってすごいんだな」
「ちょっとルルガ。篤紫さんに魔鉄渡すんじゃ無かったの? お喋りはその後にしてよ」
「うわ、ごめんマリエル。いま渡そうと思っていたんだ。ほんとだよ」
ルルガとマリエルも仲むつまじくやっているみたいだ。魔鉄を持ってきてくれたみたいで、また大量の魔鉄が確保できた。
そのあとも色々な人たちが篤紫の元に顔を出しに来て、いつしか辺りはお祭りになっていた。
屋台が出現し、たくさんの椅子やテーブルが置かれた。
笑い声がいっぱい聞こえる。
たまに気が触れたドラゴンが降下してくるも、あっさりと返り討ちにされていた。もちろん、ドラゴン肉が大量に追加されて、さらに騒ぎが大きくなった。
こうして、篤紫の知り合いが全員揃って始まったパーティは、夜遅くまで続いた。
全員が帰っていき、それと入れ替わりに二対の翼を持つ少女が篤紫の元に歩み寄ってきた。
「あっちはだいたい終わったのか?」
「はい。さっきもみんなと会ったと思いますけど、とっても仲良くやっていますよ」
「そっか。ありがとうな。また、一緒に旅に行くんだろう?」
「そうですね。ちゃんとお家と船も持ってきたので、またおねがいします」
「ああ、おかえり。コマイナ」
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