九十五話 竜人たちのお引っ越し

 そして何故か、再び篤紫たちは各竜人族の領地を巡回する旅をしている。


 あの時は緊急避難に近かったこともあり、ほとんどの竜人たちが着の身着のままで大樹ダンジョン内に駆け込んだような状態だった。

 それで、せっかく大樹ダンジョンに国を興すのなら、ちゃんと自分たちの荷物を回収して暮らせるようにしたい。


 まあ、ごもっともな話ではある。


 そんなわけで、最初に壊滅した白竜領で白竜族の魂根だけを回収して、あとの五領都を巡回していた。

 ゲートの魔法が使える夏梛とペアチフローウェルを中心に、家具を運び入れ、家畜を移送する。


 家畜に関しては、正直おかしいと思う。

 以前、上の世界で捕獲した巨大牛だけでも品種が違う巨大牛がいた。他にも、巨大羊、巨大豚、巨大鶏など大きな家畜が当たり前のように存在している。

 聞けば巨大野菜も大抵の品種を網羅していた。家畜を育てるための牧草ですら、独特の巨大種があった。もちろん、土ごと移植したよ……。

 ここまで来ると、逆に篤紫たちが小さくなったんじゃないか、なんて錯覚を感じたりもする。


 竜人達も逞しかった。

 一つの領都に行っている間は、他の領地の竜人達は家を建てたり、区画を整理したりしている。大樹の枝を伐り、道具で伐ってから魔法で建材に仕上げる。石材はヒスイに頼んだようで、近くに出現した山から石を切り出していた。

 どうやら、大樹ダンジョン内の地形はヒスイに頼めば大抵の物が再現できるようだ。篤紫の名前は登録上の名義だけらしい。


 それぞれの領都では引っ越しの作業に、だいたい一ヶ所で最低一週間から二週間くらいの時間かかった。もちろん元の住民が多い領都ではさらに時間がかかる。

 そんなわけで一周して、白竜領の隣にある緑竜領に着いた時には、出発してから既に四ヶ月が経過していた。


「ああ、何だか長い旅だったな……」

「そうね、ここの地底だけでかなりの景色を見たわね……」

 少し小高い丘の上……と言っても、竜人感覚で小高い丘の上だから、篤紫たちにすれば既にかなり高い山の上で、篤紫と桃華は黄昏れていた。

 眼下に見下ろす街では、今も夏梛とペアチフローウェルが、大樹ダンジョンにゲートを繋げていることだろう。ここの領地だけでも五百人くらいいたはずなので、またしばらく時間がかかると思う。

 いつもは篤紫の側にいるヒスイも、今日はオルフェナに乗って、さらにゴーレム五体を引き連れて街を散歩して回っている。


 結局、竜人の国の周回はかなりの強行軍になった。

 本当はゆっくりと観光しながら回ればよかったのだろうけど、竜人たちが待っていたこともあって、街道は高速で駆け抜けるしかなかった。

 属性別に領地が分かれているだけあって、それぞれの地域に風光明媚な景色がたくさん広がっていたにもかかわらずである。


 ここに来るまでに既に二周半は周回していることもあって、いくら景色が綺麗だからと言って、三周目はさすがに行く気になれなかった。


「しかし、竜人達を馬車の中に住まわせるわけだけど、このまま旅を続けてもいいのかな」

「確かによく考えると、難しい問題よね。私達はまだあちこち世界を観光したいけれど、それに竜人達を巻き込む理由は無いのよね」

「そこなんだよなぁ……。

 例えばコマイナに魔神晶石の馬車を定着させて、他の馬車に乗り換えるって言う手もあるけど……いや、もう面倒だからオルフェナ移動に変えた方がいいのか」

「そう言えば、オルフェナって車なのよね。ここのところずっと羊のままだったから、忘れていたわ」


 実際問題、この先も旅を続けるとなると、間違いなく無用なトラブルに巻き込まれる。そもそも篤紫が色々なトラブルを引き寄せているの原因なんだけど。

 それに、ただの観光旅行のはずなのに、もの凄い人数の人が篤紫に関わって移動している。少し前にもアーデンハイム王国の民が大挙してコマイナ・ダンジョン都市に移住した。

 今回も今回で、地底にいた竜人族全てが大樹ダンジョン内に移住を果たした。


「ただ今回ばかりは、魔神晶石を持って歩かないと駄目かもしれない」

「ヒスイちゃん、篤紫さんの側から離れないものね」

「どうしてあそこまでヒスイに気に入られたのか分からないんだけどな。

 何にしても、ヒスイと竜人のみんなに相談してみてからか」


 竜人たちの荷物の搬入には、人数から言って二週間近くかかりそうだ。

 篤紫と桃華は立ち上がって、一旦みんなに相談をかけることにした。




「申し訳ないのですが、このモニターとやらをもっと大きくしてもらえませんか?

 このままだと私達には小さすぎて、せっかく見えている外の景色が見えないのですよ。みんな楽しみにしているのですよ」

 大樹ダンジョンに顔を出したら、黒竜族のフェイメスが駆け寄ってきた。そういえば、しばらく大樹ダンジョンに顔を出していなかった気もする。


「えと……どういうことなんだ?」

「地上に出て、また世界旅行に向かわれるのでしょう?

 それであれば、根元にあるモニターのように、馬車からの景色をリアルタイムで配信して欲しいのです。

 私たちが大きいまま外界に出ると大騒ぎになりますし、かといって小型化の魔法を使うと一生元の大きさに戻れませんから。こんな機会でも無ければ、世界を旅行することができないのですよ」

 どうやら、竜人達は満場一致で旅に付いてくるらしい。


 まさかの懸念していた事案がいきなり解決し、魔神晶石馬車でゆっくりと旅をする案が再浮上した。どうせヒスイも付いてくるだろうから、これでまた旅が再開できるというものか。

 これでオルフェナが車に戻る案は、完全に却下されたらしい。これからも羊のマスコットとして夏梛かペアチフローウェル、もしくはヒスイに活用して貰うしかないのかもしれない。





 そして再び、篤紫達の姿は竜晶石の前にあった。


「それじゃあ、また二人には飛んで貰うけど、くれぐれも安全飛行で頼むな」

「オッケー、あたしに任せといてよ」

「こんどは上で、私がダークゲート繋げるわね」

 どうやって上に戻るのか。竜人族の首長達に聞いたところ、竜晶石伝いに登っていくと天井に穴があって、そのまま竜の顎――つまりカタ・ジュタの岩石群のどこかに抜けることができるらしい。


 その穴も、小型化した竜人しか通ることができないため、地上に出るためにはかなりの覚悟が必要だったそうだ。

 小型化した竜人族であるレイドスも、過去にその穴を伝って地上に出たんだろうな。ただ突起があるとは言え、この竜晶石を登っていくのはかなり骨が折れる。それだけ地の能力が高くないと、地上に出て行ってはいけないと言うことなんだろう。


 竜晶石伝いに飛んでいく夏梛とペアチフローウェルを見送って、周りにある巨大な街並みを眺めた。

 竜人達のいなくなった竜人の国の王都は、もの凄く寂れて見えた。目の前にある湖に、全く水がないのも景観を悪い意味で後押ししているのかも知れない。

 ここの家具や資材、家畜や食料も全て大樹ダンジョンに運び入れが終わっているいる事もあって、物音一つ物音一つ聞こえない。


「結局、国の名前は何のひねりもなかったな」

 最後に決まった竜人達の国の名前は、ジェイド国だった。

 もっとも竜人達は最初はヒスイ国にすると言っていたのだけれど、大樹ダンジョンの持ち主であるヒスイが頑なに首を横に振っていた。妥協案として篤紫が出したジェイドが、意味が分かった途端にあっさりと決定された。

 ヒスイとしても、意味よりも名前自体にこだわりがあったらしい。


 こうして発足したジェイド国は、なぜかセイラが元首として担ぎ上げられた。

 今回一番の立役者として、元首会議で決定したのだとか。当然ながら補佐として各竜人族の首長六人が下に付いている。

 つまるところ、篤紫達との繋ぎ役としてセイラが適任で、そのための役職なのだと思う。そもそもジェイド国になったことで、各首長ですらただの相談役とみんなのまとめ役としてしか用事がないらしいし。


「だって、大樹ダンジョンはヒスイちゃんがいなかったら、そもそも無かったのよ?

 竜人のみんなも、意味が一緒ならジェイドでもいいって言うわよ」

「そんなもんか?」

「ええ、そんなものよ」

 相変わらずオルフェナの背に乗ったヒスイが、ゴーレムを引き連れて行進している。篤紫と桃華が顔を向けると、嬉しそうに手を振ってきた。

 ヒスイは喋らないけれど、けっこう感情が豊かになった気がする。


 やがて、側に真っ黒な闇の円――ダークゲートが口を開けた。


「さあ、久しぶりに地上に戻るか」

「そうね、太陽もかなり長い間見ていないわね」

 そうして、篤紫達は地上に戻ることになった。


 当然というか、また地上ではトラブルが起きている……らしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る