八十六話 待って、そんな大層な存在じゃない
大通りをゆっくりと歩くセイラの後を、篤紫達がかなりの速度で駆けていた。時折セイラが心配そうに振り返って、後を付いてきているのを確認している。
「やっぱり巨人の歩幅ってすごく大きいのね」
「確かにな、ゆっくり歩いているように見えて、実際にはかなりの速度で移動しているな。時速換算で四十キロくらいは出ていると思うよ」
変身魔道具のおかげで、軽々とついて行っているものの普通なら時速四十キロで走るのは簡単なことじゃない。オリンピック選手が百メートルを十秒で走る速度だって、その速度に足りていないことを考えれば、継続して走ることの体へ差が分かると思う。
街はいざ移動してみると、とんでもない規模の広さだと分かった。さっきセイラに会う前に篤紫達が歩いた距離なんて、ほんとに少し歩いただけの距離であることが分かる。
そもそも、竜人族の国には馬車などの移動手段は存在していないようで、移動はもっぱら徒歩か、急いでいるときは走って移動するそうだ。となると今の状態は、急いでいるにもかかわらずゆっくり歩いている……。
「セイラさん、走って貰って大丈夫だよ」
『いえしかしさすがに、私が走る速度には付いてこられないんじゃないかしら』
「問題ない、今の四倍は余裕だから。早くしたほうがいいよ」
『分かったわ。じゃあ走るわよ。三つ先の交差点を左に折れたら、真っ直ぐ正面に見えた建物が目的地よ』
歩道を歩いていたセイラが、街路樹の間を越えて真ん中の通りに出た。
セイラの速度が一気に上がる。篤紫と桃華も、顔を見合わせて一気に加速した。ただもの凄い速度で走っているのに、建物の尺度が大きすぎるためかちょっと速く走っているようにしか見えないから不思議だった。
「時速は体感だと二百キロ近いか?」
「そうね、風を操作しながら走らないと、私たちの大きさだと飛ばされちゃうわね」
走りながら隣を見ると、ヒスイもちゃんと付いてきていた。篤紫が顔を向けたのに気付いて、速度を保ったまま首を傾げる余裕もあるようだ。
この規模の街並みを見ると、竜人族のみんなが地上ではなく、わざわざこんな地下の空間で生活している理由も分かる気がする。この大きさの人と、街が地上で生活したら大騒ぎになる。
そう言えば昔お世話になった、洋服屋さんの店主レイドスが竜人だったような記憶がある。彼は人化だけでなく、わざわざ小型化までして地上で生活していると言うことなのか。もしかしたら弱体してもいい人が、地上で生活している竜人なのかもしれない。
考え事をしていたら、セイラが交差点で一気に減速して、左折した後再び猛スピードで走り出した。もうね、何だか自動車のモータースポーツ並の減速と加速だよ。それを地力でできるんだから竜人族はすごすぎる。
程なくして、黒竜系の竜人族の領事館に着いた。
ここまで二十分くらい。セイラが歩いた時間を差し引いてもこの短時間で五十キロくらいの距離を移動したことになる。これが同じ街の中だって言うんだから、竜人族の街の規模が分かると思う。てか、これでもかなり移動距離少ないんだってさ。
『ファイメス殿はいるか? 白竜族のセイラだけど』
四十メートル程ある大きな扉を開けて、セイラが中に飛び込んだ。もうね、全てが大きくてサイズ感がよく分からん。
『セイラ殿か、良かった。ちょうど今、使者を飛ばそうと思っていたところだ。
不測の事態だから、全首長に連絡を取ったら全員が集まってくれることになった。
フェイメスは、左奥の会議室で用意している。そちらに向かってもらえないか?』
『分かったわ、そうさせてもらうわ。
篤紫さん、桃華さん。付いてきてください』
黒髪の竜人がセイラに告げると、そのまま廊下を駆けていった。
うん、やっぱり俺たちは気付かれないらしい。ただ何となく、このおかしくなった世界のルールが分かった。
鍵は『神力』だろう。条件を並べてみるとはっきりと分かる。
俺と桃華は、神晶石を持っていて、さらに神力が使える。だからこの世界でも動ける。
この世界で止まってしまう夏梛は神晶石は持っているけれど、神力は使えない。オルフェナは魔王晶石かもしくは魔晶石だと思う。ペアチフローウェルは普通の魔晶石じゃないかな。
ヒスイに関しては、魔神晶石そのものだから神力に近い力が使えるという扱いか。
もっとも、神力が何かの役に立ったことはない。
周りを気絶させるだけで、なんのメリットもない無駄能力だ。
あとはドラゴンや竜人族が動ける理由は、分からん。たぶん存在自体が強いからだと思う。
『フェイメス殿、何か問題があったのかしら』
会議室の扉を開けて、セイラが中に飛び込むように入った。会議室の中には既に三人ほど竜人がいて、一斉に入ってきたセイラに振り返った。
『なっ、セイラ殿。無事だったのか、良かった』
『無事に決まっているじゃない、そもそもさっき別れたばかりよ?』
黒髪の竜人の男性が、慌ててセイラに駆け寄ってきた。顔を覗き込み、手、足と見ていき足下を見たところで動きが止まった。
「ん? なんだ、俺たちが見えるのか?」
篤紫が声をかけると、目を見開いて大きく息を呑んだのが分かった。
『えっ、フェイメス殿どうしたのよ?』
慌てて一歩下がると、セイラが見ている前で篤紫たちに対して片膝をついて跪いた。これにはさすがの篤紫もびっくりした。
『申し訳ありません、上から失礼します。
我々より上位の方にわざわざお越しいただいているにもかかわらず、お迎えに上がれず申し訳ありません』
『えっ、ちょっとどういう事なのよ』
突然の話に、セイラだけでなく篤紫と桃華も驚いた。
「ちょっと待ってくれ、何か勘違いしていると思うんだけど。俺たちは、そんな大層な存在じゃないよ。
たまたまこの街に迷い込んだだけなんだ。頭を上げて欲しい」
「そうよ、ここに来たのも竜人の皆さんが、既に切断されたネットワークを使っているから、切り替えをお勧めしに来ただけなのよ」
『えっ、ライジ殿にセイラーナ殿までいったいどうしたのよ』
フェイメスと一緒に部屋にいた、黄髪の竜人男性と青髪の竜人女性もいつの間にか片膝をついて跪いている。
いったい何が起きているのか、全く分からない。
『神力ですよ、セイラ殿。彼らは抑えていらっしゃるようですが、長年ソウルコアに触れていた我々のような首長クラスには、隠せる物ではありません。
可能であれば、真の姿をお見せいただけませんか?』
篤紫と桃華は思わず顔を見合わせた。
これはつまり、背中の翼を展開するってことだよね?
困ったわね、篤紫さんからも聞いていたけど、もの凄い何かが出るのよね?
ああ、そうらしい。普通の人間は、一気に意識が飛ぶらしいぞ。
でも私達は何も影響がないのよね。
できません、じゃ済まないよな。
もうしっかりと認識されているわ。諦めましょう。
そうだな……。
なんて脳内会話を二人でした気がした。
「わかった。翼を具現化させるけど、何かあっても責任は取らないからな」
『はい。よろしくお願いします』
もう何度目かのため息をつくと、戸惑うセイラの前で背中に描かれた翼の絵柄に魔力を流し込んだ。
ジジジッ――。
いつもの音とともに、白紫の光が部屋に広がった。篤紫と桃華の背中から光が飛び出すと、白紫の翼が広がった。
篤紫は四対八枚、桃華は三対六枚の翼が大きく広がり、ゆっくりと折れ畳んだ。足下では、ヒスイが嬉しそうに篤紫と桃華の翼を見上げていた。
気が付くと、セイラを含めた全員が両膝をついてひれ伏していた。
いや、気絶はしていないのかもしれないけれど、正直言って普通にしていて欲しかった。
「えと……こんな感じでいいかな? 翼を畳むよ」
桃華と同時に、背中に流していた魔力を切断した。二人の背中にあった翼が、光の粒になって空中に霧散していった。
ところが、しばらく経っても誰も動かないため、心配になって顔を覗くと案の定ひれ伏したまま気絶していた。だから、翼を広げたくなかったんだよな。
結局一時間、三人はテーブルセットを取り出してお茶を飲みながら、ただひたすら意識が戻るのを待つしか無かった。
途中で赤髪と緑髪の竜人男性が来て、同じ流れになってさらに一時間時間が延びたのは、たぶん想定内だったんだと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます