八十一話 本当は穴に進みたくなかった

 十メートル上程度の高さなら、変身している篤紫には簡単に飛び上がれる高さだった。そのままジャンプして穴に入ってみた。

 下から見ていた時にも感じていたことだけど、その穴はとても大きな穴だった。天井まで五メートル近くありそうな、大きな広い横穴だった。地面はけっこうデコボコしていて、馬車で進むのは難しそうな地形をしている。


「これは、この先に行かないといけないパターンなんだよな……」

 正直言って、篤紫はこの穴に進みたくなかった。

 罠とか、貶めるタイプの穴では無いことははっきりと分かる。ただ、間違いなくトラブルの予感しかしない。何でか知らないけれど、穴の中がずっと奥まで普通に視認できるくらいに明るい。

 振り返ると、ヒスイがちゃんと付いてきていた。篤紫が見たのに気づいて、首を傾げている。


「ヒスイはこの穴を進んでもいいと思う?」

 篤紫の質問に、ヒスイはコクコクと頷いた。

 どうやらヒスイには、この奥に進んだ先に何かがあると感づいているらしい。頷き方が、やけに自信に溢れている。

「とりあえず、戻ってみんなと相談してからだな。もしかしたら、ナナナシアの意識が戻っているかもしれない」

 頷くヒスイと一緒に、一旦馬車に戻ることにした。




「いいわね謎の穴、今度はわたしの番ってことかしら?」

 馬車に戻って話をすると、桃華が俄然行く気になったようだ。半袖ハーフパンツの探検スタイルだったのに、いきなり深紫色のロングドレス姿に変身した。

 やばい、本気モードだ。

 

 ちなみに、ナナナシアは顔色が戻ったものの、未だに目を覚ましていない。


「待て桃華、まだ穴に入るって決めたわけじゃない。空を飛んで壁の上まで行く方法もある――」

「無理だよ、あたし外に出たら止まっちゃうもん」

「そうね、わたしも無理よ。夏梛と一緒で、今回はこの大樹ダンジョンで待機してるしかないわ」

『ふむ、ペアチフローウェルに座布団一枚だな』

 考えてみたら、夏梛とペアチフローウェルだけでなく、オルフェナすらも外で活動できないんだった。


「それにおとうさん。もうホルスターに魔神晶石を収納する場所を作ってあるじゃん。準備万端なんでしょ?」

 パース王国を出発する前に色々調べた結果、神晶石の特徴が分かった。

 神晶石の中にある世界は、例え拡張空間に収納しても、中の時間が止まることがなかった。その代わり、魂儀のネットワークからは遮断されるようで、中と連絡が付かなくなった。

 それを解決するために、篤紫の腰に巻いたホルスターに専用のポケットを追加して、違う空間に収納しないようにした。


 これは、いずれにしても行くしかないと言うことか。


「そうすると、夏梛にペアチェ、オルフェナはここでナナナシアの様子を見ながら待機でいいのかな?」

「うん、いいよ。ナナちゃんはあたし達が見てるね」

「そうね。そんな感じでお願いするわ」

『何かあれば、電話するといい。力になれるかもしれない』

 かもかよ!

 まさか、ここでまたメンバーが分断されるとは思っていなかった。といっても、今回はすぐに顔が見られるからだいぶ条件はいい。


「それじゃあ、桃華、ヒスイ。行こうか」

「はい。冒険、楽しみね」

 頷くヒスイとともに大樹ダンジョンを出た。

 御者台から魔神晶石を外して、馬車をしまってからホルスターに収納した。


「もしもし、夏梛? そっちの様子はどうかしら?」

『あ、おかあさん。特に問題ないよ、ナナちゃんもまだ起きないよ』

「ありがとう。またたまに電話するわね」

『うん、おかあさんも気をつけてね』

 さっそく、桃華が夏梛に電話をしている。魔神晶石に戻しても、特に中の空間に問題はないようだ。

 この部分に関しては、コマイナの作った馬車、商館ダンジョンだとできなかったことだと思う。あっちは馬車が最小サイズだったから、馬車が移動できない場所ではホルスターのポケットに馬車ごと収納していたし、その時は中の時間が止まっていた。




 再び入った穴の中は、相変わらず明るかった。

 さっきは軽く見ただけだったので、今度はしっかりと壁面を見てみる。じっくりと見ると思いの外、壁は黒かった。その黒い壁がどういう仕組みか光っていて、そのおかげで明るいようだ。

 指で弾いてみると、コツンと言う鉱物特有の硬さが指に返ってきた。ここに来てまた、よく分からない材質なのか?


「篤紫さん、何をやっているの? ヒスイちゃんもずっと隣にいるし」

 壁を青銀魔道ペンで削っていると、周りを見ていた桃華が声をかけてきた。ミスリルで出来た青銀魔道ペンで、壁は簡単に削れた。不思議なことに、削れた破片も光を放っている様に見える。


「この洞窟は、壁全体が光っているだろう? 何で、どういう仕組みで光っているのか気になって、調べていたんだ」

「そうなのね。それで、何か分かったのかしら?」

「いや、何も分からん。最初は黒曜石なのかと思ったけど違うみたいなんだ。

 壁から分離しても光ったままだし、青銀魔道ペンで軽く削れるから、それ程硬くもなさそうだし……」


 篤紫の説明に、桃華は何とも言えない難しい顔をした。おもむろにいつものキャリーバッグを喚び出すと、中からスコップを取りだした。

 そして軽く振り上げてから、壁に突き刺す。スコップはガキンッという金属音とともに、あっさりと壁に弾かれていた。


「桃華、それは?」

「これは聖斧スコップよ。この間レイスに貰ったのよ」

「すごいじゃないか、よく譲ってくれたな。つまりそれは、日本製のスコップなんだよな?」

「元日本製ね。女神の手を経て材質変化して、今はアダマンタイト製の異世界仕様になったスコップよ。

 私の武器がないっていう話をしたら、レイスがもう使わないからってくれたのよ。

 それで見ての通り、普通に壁に弾かれたわよ?」


 篤紫はしゃがんだまま首を傾げた。隣でしゃがんでいたヒスイも、真似して首を傾げている。


「あー、つまり俺が持っている青銀魔道ペンが既に特殊だと言うことか」

 桃華の意図が分かって、思わず苦笑いを浮かべた。

 確かにこの青銀魔道ペンは、ほとんどの材質に対して魔術文字が刻める特殊仕様だ。その特殊なペンで壁を削れば、そりゃ簡単に削れる訳か。


 篤紫は削り取った破片をいくつかホルスターのポケットに収納すると、ヒスイの頭を撫でてから立ち上がった。


「とすると、この洞窟は普通に硬いってことなんだな。

 しかし関係ないが、そのロングドレスにスコップは似合わないぞ?」

「羨ましいからって、あげないわよ?」

 篤紫は未だ青空が見えている、洞窟の入り口を見てため息をついた。これは覚悟して、先に進むしか手がないのか。

 桃華の顔を見て頷くのを確認して、洞窟の奥に向かって足を踏み出した。




 洞窟はそれなりに曲がりくねりながら、徐々に空間が大きくなっていった。

 時間的に一時間くらい歩いたか、突然空間が広くなって、視界の先が明るくなっていた。洞窟の出口だ。

 目を細めながら、ゆっくりと洞窟の出口に立つと、そこには広大な空間が広がっていた。遠くの方に真っ赤な川が流れている。あれは溶岩か?


「また、不思議な場所に出たわね。変身しているから分からないけれど、ここってかなり暑いのよね?」

 洞窟の出口はそれなりの高台だったようで、見下ろすと切り立った崖になっていた。遙か下に真っ赤な溶岩溜まりが見える。


「いやそもそもだよ、ここってどこなんだろう?」

「どこかしらね。ナナナシア星の内部に、こんな空間があるってことなのかしら」

 二人で顔を見合わせて首を傾げた。

 上を見上げると、かなり上の方に天井が見える。視認性は良く、外で太陽に照らされているくらい明るい。

「しかし参ったな、俺たち二人は飛べないんだぞ」

 現状、下に下りる手立てが全くない。空を飛べるのが夏梛とペアチフローウェルだけれど、たぶんまだ外で活動できないはず。

 そう思って、洞窟の中に魔神晶石の馬車を展開して、中からオルフェナを連れてきたら、大樹ダンジョンから出たところでやっぱり止まった。


 取りあえず固まったオルフェナを抱えて、三人で馬車裏の扉から大樹ダンジョンに入ることにした。


『その感じは、やはり我は止まってしまったんだな』

「ああ、やっぱりここの空間だと、大樹ダンジョン内でないと活動できそうもないんだ」

「となると、おとうさんの代わりに崖を飛ぶ案は無理そうだね」

 ナナナシアも未だに意識が戻らず、かといって外の状況も分からなくて、夏梛とペアチフローウェルはやきもきしながら待っていたようだ。


「そうすると何か、外が見えるモニターみたいなのを作った方がいいのか?」

「そうね、出来ればそうして欲しいわね。ずっと連絡が無いから、夏梛が泣きそうな顔をしていたのよ?」

「ちょっ、ペアチェちゃん。それ言わない約束じゃん」

 まあ、確かに安全な空間とは言え、扉が開くまで待つだけって言うのは、精神的によろしくなさそうだな。

 篤紫の行動を察してか、側に佇んでいたヒスイがゴーレムを五体を取り出した。ゴーレムを五体は大樹ダンジョンの外に向かって、並んで出て行った。恐らく外の警戒をしてくれるのだろう。


 まあ、材料はまだホルスターのポケットに入っているから、久しぶりに魔道具を作りますか。

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