三十五話 孤島からの旅立ち

『ふむ、なかなか不思議な出会いをしたのだな』

 篤紫は氷船を海に浮かべて出航の準備をしながら、オルフェナにことのあらましを話していた。

 空は快晴、絶好の出航日和だ。


「流れでミュシュを連れてきたけど、どう見ても新しいマスコットだよな」

『代わりに、我が抱えられることが無くなるのではないか?』

「あら、それは無理だと思うわよ」

 油断していたオルフェナは、甲板に上がってきた桃華にさっそく抱きかかえられた。オルフェナの丸い目が、さらに大きく丸く見開かれた。

 最近の桃華は、時間停止の制御に磨きがかかっている。氷の甲板に立っていたはずのオルフェナが、一瞬で桃華の腕の中に移動した。


 海岸から吹いてくる風が、肉が焼ける美味しそうな匂いを運んでくる。着々と朝食の準備が進んでいるようだ。

 篤紫のお腹が、空腹を訴えてグーッと鳴った。



 あのあと三人で、戦艦を脱出して海岸に向かった。翌日船を出すことを考えて、岸壁にある通路の側に馬車を取りだした。

 そして、馬車の時間が動き始めた。

 御者台の裏から馬車に入って、奥の扉から商館ダンジョンに入る。


「え、おとうさん? あたし達、いまここに入ったばかりだよ?」

 そこで目にしたのは、まだ全員がテーブルに向かって歩いている光景だった。一番後ろで振り返った夏梛が、大きく目を見開いて驚いていた。

 馬車は桃華が収納した時点で、中の時間が止まっている。想定していたとはいえ、まるで後を追うように現れた篤紫と桃華に、さすがにみんなで大笑いした。


 そのあと桃華の陰から顔を覗かせたミュシュに、一瞬静まりかえったあとさらに大騒ぎになったのは言うまでも無い。

 特に夏梛たち子ども組は、しばらくミュシュを離さなかった。ミュシュ自身も嫌がる様子もなく、三人にもみくちゃにされていたけれど。




 朝日が海面から、ゆっくりと顔を出してきた。

 海上をしばらく進むことになるので、念入りに氷船の点検をする。海を凍らせて急いで作った船にしては、大きな問題が無いことにほっと胸をなで下ろした。


 今日も篤紫は、背中に翼の模様が描かれた、濃い紫のロングコート姿だ。もうずっとこの服装でいい気がしてきた。慣れって怖い。

 逆に桃華は、着替えの魔道具でセーラー服姿になっていた。船と言ったらセーラー服でしょう――などと力説されたけど、船乗りのセーラー服はスカートじゃ無いと思うよ。


 あらためて氷船を見てみると、造りの荒さが目に付く。

 自分一人で海上を飛ばしてきたときと違って、今度はまた家族が揃って乗船する。船室やロビー、リビングにキッチンなど生活に必要な設備を、もう一度チェックすることにした。長旅も考えて、お風呂もあるといいのかもしれない。

 お意見番として、桃華にも来て貰っている。 


『しかしよいのか? あの戦艦とて、重要な資源になるのでは無いか?』

「……戦艦は、いらないかな」

 全員が甲板にくつろぐことも考慮して、簡単な屋根と長椅子を設置する。風を感じられるように、あえて窓を付けないようにした。

 一定の速度を超えたら、風の流れを整えられるように、天井に魔術を描き込んだ。


「あの戦艦はあのままの方がいいよ。ミュシュがいなければ、絶対に、二度と動くことが無いからね。

 だいたい、あの戦艦を持ち出して誰と戦うのさ」

『まあ、それもそうだな。あくまでも馬車で旅をしながら、観光がてら移動魔道具店を開くのが目的だったか』

「そうよ。コーフザイア帝国とかオオエド皇国に行って、街並みを見ながら、ゆっくりするはずだったのよ」

 それが、いきなりワイバーンに攫われて、ここの島まで来たというだけ。本来なら陸路をゆっくりと旅していたはずだ。


「だからもう一度、最初の地点に戻らなきゃかな。このまま適当に旅をしたら、何だかもやもやするし」

「コーフザイアはねぇ……めんどくさいわね。オオエド皇国に上陸でいいんじゃないかしら」

『ふむ。我もそれに賛成だな』

 篤紫はその場で絶句した。え、そんなもん?




 朝ご飯を食べてから、再び桃華と氷船に来た。

 ふと思い立って、朝飯前に作った屋根と長椅子を全部撤去して、長方形のくぼみを作った。


「それは何かしら……あ、もしかして?」

「ああ、馬車が嵌まるようにしたよ。今は馬がいないけれど、馬車の前に馬がくつろげるように空間を作ってあるから、旅がしやすくなるんじゃないかな」

 馬車の高さを考慮して、操縦桿も機関部の後ろから、機関部の上側に部屋を作って移動させた。何となく氷船の形が、漁船形態からクルーザー形態に変わった気がする。


 桃華の意見を取り入れて、氷船の中も改良していく。

 馬車を乗せることで個室が不要になったので、甲板下はキッチンとリビングだけにした。キッチンに魔道具を設置して、あっという間に造形が完了した。


「何だか早くできたわね」

「馬車を乗せれば、部屋配置がいらないことに早く気がつけば良かったよ」

 海岸でくつろいでいたみんなに、一旦商館ダンジョンの中に入って貰うと、収納で一気に氷船まで移動させる。

 さっき作ったくぼみに馬車を嵌めると、操縦桿横のスイッチで馬車を固定した。


「あらあら、これはまたすごいことになっているわね」

 シズカが馬車から氷船に出てきた。それに続いて、残りの面々も次々に馬車から氷船に出てくる。

 ミュシュは、リメンシャーレが大切そうに抱っこしていた。しっかりと、ミュシュが家族に馴染んでいるようで、ほっとして思わず笑みが漏れた。


「見て、お母さん。この前見たときよりも、船の造形が綺麗になっているね」

「ほんとだわ。氷の造形を残しつつ、目立ちすぎないように氷に色づけをしたのね。さすがだわ」


 みんなそれぞれに氷船を見て回った後、桃華に連れられて甲板下のリビングに下りていった。

 あらためて操縦室から馬車が嵌まった氷船を見てみると、それほど大きな違和感はなかった。馬車の左右にも、十分すぎる甲板面が確保できていた。

 船を大きめに作っておいて良かったと思う。



 この後、岸壁に繋いであるロープをほどいて、やけに長かったこの戦艦島ともお別れすることとなる。

 正直、短時間でものすごい濃い冒険をしたと思う。出発した途端にワイバーンに攫われて、絶海に落ちて氷船を作って、この島ではスタンピードもどきの魔獣襲撃のあとに、謎の戦艦を探検した。そしてミュシュとの出会い。

 やっぱり、とても濃い数日だったと思う。


 篤紫はおもむろに、操縦桿前に設置したタブレット端末を点灯させた。マップアプリを開いて、次の目的地であるオオエド皇国に行き先をセットした。

 そこに表示されている地図を眺めて、あらためてこの不思議な世界に思いを馳せた。




 いま篤紫たちが生きているこの世界、ナナナシアは、地球と並行世界という形で繋がっている。ほぼコピー世界と言っても差し支えないと思う。

 実際に大陸や山、海洋の形など実は全てにおいて、二つは全く同じ地形になっている。だからこそ、ある程度の知識があれば、世界旅行は難しくはない。


 唯一違うとすれば、ナナナシアには魔獣がいることで、人類の生活圏が狭いままだと言うことか。ただそれについても、魔法が存在しているため、狭い生活圏にもかかわらず、エネルギー問題はほとんど起きていない。

 観光旅行に行くためには、跋扈している魔獣のせいで、実は命がけだったりする。とはいえ、手つかずのままある大自然は、それを冒してでも見に行く価値があるのかもしれない。



「ねえ、おとうさん。エアーズロックって、ここにもあるのかな?」

 操縦室で最後の点検をしていると、夏梛が階段を上ってきた。

 ここは地図で言えば、南半球側にある太平洋のど真ん中。少し西に進めば、地球で言うオーストラリア大陸に辿り着く。


「あると思うよ。世界地図はナナナシアも地球も、全く一緒だからね」

「わかった、みんなに言ってくるね」

 夏梛は可愛らしく手を振ると、階段を下りて甲板下のリビングに駆けていった。何だか嫌な予感がする。

 篤紫は首を捻りながらも、出発の準備を進めた。


 そして目的地は、当然ながら変更されることになった。

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