十一話 家族の姿

 太陽がゆっくり沈んでいく。

 夕焼け空に辺りが優しいオレンジ色に染まる中、家路をゆっくりと歩いていた。

 篤紫は思う。できればカレラからもう少し、夏梛の学園の頃の情報を聞き出しておきたい。それに、リメンシャーレが一緒に帰ってきた理由も、一応聞いておきたい。


 ちょうど通りがけに露店で売られていたジュースを三つ買うと、近くの公園に足を向けた。カレラとリメンシャーレも、一緒に付いてきてくれた。

 公園では子ども達が鬼ごっこをして遊んでいた。子どもの母親達が、楽しそうに世間話をしている。長く伸びた影が、楽しそうに陰遊びをしていた。


 ちょうどテーブルがあるベンチに腰掛けると、対面の二人にジュースを手渡した。

 ……あ、オルフェナの分を忘れていた。


「カレラ、もう少し夏梛について聞きたいんだけど、時間は大丈夫かな?」

「大丈夫ですよ。母から直接、篤紫おじさんの家に向かうように、コマイナに来る前に連絡受けています。

 それに、夏梛ちゃんのあんな姿、初めて見ましたもん」

 普段、夏梛があんなにツンツンすることがないのだろう。カレラが思い出して苦笑いをしている。


「そうですね、確かに夏梛さんの普段の姿からは、想像できません。明るくて面倒見がいい、本当に気が利く娘ですから。

 私も篤紫さんに使った言葉に、正直びっくりしました」

 リメンシャーレも唇に人差し指を当てて思い出している。


「つまり、二人ともあんな夏梛の姿は初めて見たわけか。

 魔道学園で夏梛は、他に何か言っていたかな?」

「ダンジョンとかで敵を倒した話とかもしていたけど、同級生はみんな話半分だったかな。

 篤紫おじさんから、学園では変身ワンドの使用を、緊急時以外は禁止されていたし、ずっと話のネタとしてあまり信じられていなかったかも。

 ほら、あたし達って変身しないと普通の人と変わらないじゃん?」

「カレラさん、変身ワンドって何でしょうか?」

 そういえば、リメンシャーレは知らないんだっけか。変身ワンドについてかいつまんで説明すると、リメンシャーレの瞳が輝き始めた。

 胸の前で手を包むように合わせて、目が何かを訴えているように篤紫を見ている。これはまた時間を作って、リメンシャーレのために変身機能付きの魔法ワンド作らないといけないのかもしれない。

 麗奈も持っているし、今のところ身内で変身の魔道具を持っていないのはリメンシャーレだけか……。


「そういえば、男の子と喧嘩になったこともありましたね。何を言われたのか分かりませんが、涙で目を真っ赤にしながら、必死に突っかかっていました。

 カレラさんが止めに入るまで、困った顔の男の子に、軽くいなされていた覚えもあります」

「うん。そういえば、あの時何があったか聞いても、首を横に振るだけだったよ」

『我は麗奈に連れられていてその現場にはいなかったから、そもそも知らぬしな』

 夏梛が何を悩んでいたのか分からないけど、話の流れから何となくそこに篤紫が関わっているような気がした。

 離れて暮らしていると、なかなかままならないものだな。



「ところで、シャーレは――」

 言いかけたところで、腰元のスマートフォンが鳴り出した。たぐり寄せると、発信元は麗奈だった。

「はい、こちら白崎魔道具店ですよ」

『あ、篤紫? 麗奈だよ。久しぶりだね、元気そうだね』

 電話の向こう、麗奈の周りがけっこう騒がしい。何か会議でもしているのだろうか、なかなかヒートアップしているようだ。その会議の声が、すっと静かになった。


『今ね、廊下に出たよ。ごめんね。

 シャーレがそっちに行ったと思うんだけど、旅に一緒に連れて行ってあげてね。ずっとお城に閉じ込もっていたから、外の世界を見せてあげたいんだよ。

 女王に返り咲いたし、わたしがシーオマツモ王国を何とかしとくから、お願いできないかな』

「ああ、いいよ。シャーレのことは任せておいて」

 もちろん駄目だなんて言えるわけがない。

 リメンシャーレだって、自分たちの大事な家族だ。まぁ、正直言えばこっちに来る前に、一言連絡が欲しかったくらいか。

『うん。ありがとう、よろしくね』

 忙しい会議の合間だったのか、それだけ言うと麗奈はさっさと電話を切ってしまった。かれこれ五年は会ってないけれど、元気そうで何よりだ。


 そういう話なら、今回の旅にはリメンシャーレにも変身の魔道具は必須か。

 変身までして戦うような機会は、本当は無い方がいいのだけれど、どうしても魔獣の生息地を通過することがある。そんな時に、保険として変身の魔道具があるほど心強いものはない。



 その後も、魔道学園での夏梛の様子を聞きながら、暮れなずむ街並みを三人で歩いた。

 この街には、酒場や料理屋以外で、夜に仕事をする人は居ない。周りを見回せば、仕事帰りの人々が手にお土産を持って、それぞれの家路を急いでいた。

 さっきまで賑やかだった商店や出店も、いそいそと片付けを進めている。


「こんな光景、日本じゃ見られなかったな」

「日本ですか? 母上から名前だけは聞いたことがありますが」

 篤紫の呟きに、横を歩いていたリメンシャーレが、何かを思い出すかのように夜色に染まりつつある空を見上げた。


「母上の実のご両親も、夜遅くまで働いていたと聞いています。

 学校から帰ってもいつも一人だったようで、私の幼少時代は、それもあってか母上はずっと一緒に居てくれました」

 麗奈は麗奈なりに、一生懸命だったのだろう。リメンシャーレの記憶にちゃんと残っていると言うことは、しっかりとした母親の姿を見せてあげられたのだと思う。

 そう言えば自分の背中は、夏梛にはどう見えているのだろうか?


「逆に私が成人してからは、世界中を飛び回っていましたので、数年に一回程度しか顔を見ませんでした。

 たまに魔導城に帰ってくる時も、顔が生き生きとしていましたから、その顔だけで安心できました」

「あー、そんな気がする」

 そういう所も麗奈らしいと言うか、なんか安心した。




「あ、みんな待っていますね」

 カレラの言葉に視線を向けると、家の前でみんなが立って篤紫たちの帰りを待っていた。夏梛だけは篤紫の顔を睨むと、横を向いて白崎魔道具店の中に入っていってしまった。


「篤紫さん、お帰りなさい。無事船は直りましたか?」

「ああ、錆が酷かったけれど、全部の漁船を修理できたよ。サラティとレナードさんが喜んでくれていたな」

「ふふふ、さすがね」

 桃華から濡れタオルを手渡されたので、そのまま顔を拭くと、タオルが錆で真っ赤になった。そのままでそっと、タオルごと自分に浄化の魔法を掛けた。


「おかえりなさい、カレラ。いい顔になって帰ってきたわ。たくさん学んで来られたようね」

「はい、お母さん。いっぱい話すことがあるのよ。今夜は徹夜だからね」

 ユリネとタカヒロが、カレラを間に挟んで抱きしめていた。側で微笑んでいたシズカと連れ立って、四人で白崎魔道具店の中に入っていった。


「シャーレちゃん。あなたも、お帰りなさい。

 ここは麗奈にとっての実家みたいなもの、シャーレちゃんも自分の家だと思って、しっかりとくつろいでね」

「はい、桃華さん。これからしばらく、お世話になります」

 最後に篤紫と桃華も、リメンシャーレを連れて白崎魔道具店の中に入っていった。




 成人のお祝いと、魔道学園の卒業を兼ねたパーティは、盛大に行われた。

 壁には綺麗な色紙で飾られていて、お祝いの字とともに、夏梛とカレラの名前が大きく書かれていた。

 部屋の中央にあって、普段は魔道具の製作に使われている大型の魔道台の上には、色とりどりの料理が並べられていた。どこからか華やかな音楽が流れている。


 その音楽の元で、篤紫がしゃがんだ状態で、箱形の魔道具に魔術文字を追記していた。

『ままならないものだな』

 突然声を掛けられて、声の元に振り返った。

「なにがだ、オルフェナ?」

『いや、夏梛のことだが……』

 羊姿のオルフェナが、まん丸な目で篤紫を見上げていた。バレーボールの球ほどの小玉羊だ。見方によっては、真白な毛玉にも見える。


 オルフェナは、元は篤紫が地球で乗っていたミニバンで、八人乗りの大きめの自家用車だった。それがこの世界に来たときに、手乗り羊にも変身できるようになった。ついでに物知りで、偉そうによく喋る。

 ただ五年程前からはほぼ羊のままで、車に変身した姿は見ていない。


『夏梛は夏梛で、いつも篤紫のことを気に掛けてはいたのだが、大抵が帰ってくるタイミングが悪かったのかもしれんな』

 思い起こしてみても、半年に一回帰ってきた夏梛とは、いっぱい遊んだ記憶しかない。まあ、夏梛はほとんど桃華と話をしていたけれど。


「俺は、夏梛がたまにしか帰ってこられなかったから、一緒に全力で遊んでいただけなんだけどな」

『夏梛からすれば、父親が一ヶ月近く遊んでいる姿は、なかなか悲しい物があったみたいだぞ。

 さらにここは魔道具のお店であるのに、魔道具が一つも陳列されておらん。それだけ見ても、仕事をしていないと捉えられたとして、言い訳すらできぬであろうに』

 え、マジですか。

 もしかして、そんなところで評価が下がっていたのか。


 魔道具はそもそも単価が高いから、ある程度の物を作って売れば、それだけでしばらく暮らしていける。

 さらに売り先は常に桃華が管理と把握をしていたので、大抵が二人で何を作るか話し合う中で、アイデアを元に作った端から売れていた。

 言われてみれば、確かに仕事をしている姿を、一度も見せていなかったか……。



「みなさん、注目してください。

 これからお待ちかね、船員参加で世界旅行の相談をしましょう」

「あ、ねえ。タカヒロ、待ってよ。気持ちは分かるけど、まだ早いってば」

 ユリネが、箱の上に上っていたタカヒロを必死に止めていた。


 そうか、旅の相談もしないといけないのか。

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