八話 船の魔道機関

 その草原エルフの少年は、サラティに近づいていくと、まじめな顔でサラティを覗き込んだ。


「もう少し統治者として、魔王の威厳を醸し出してもらえませんか?

 満場一致で任期延長、あなたがあと十年は魔王なのですから、もう少ししっかりしてもらえないと困ります」

 桃華に抱きついていたサラティは、くぐもった声で唸ると、ふくれっ面で少年をにらみ付けた。


「久しぶりの外出で、桃華に会えたんだから、少しぐらいいいじゃん。

 難しいことは、レナードが宰相なんだから、やってくれればいいんだよ。そのために宰相でしょ」

 サラティは舌を出して少年――レナードを威嚇すると、また桃華に顔を埋めてイヤイヤし出した。

 あからさまに大きなため息が、レナードから聞こえてきた。


「いいですよ、それならおやつに用意しておいた、蜂蜜アップルのチョコシロップ増し増しがけスペシャルは、無しにします」

「えっ、駄目よ。それだけは駄目、絶対に駄目だってば。それがあったから、ここまで視察に来たのに。

 そもそも、シーオマツモ王国に魔道技師の派遣を依頼してあるんでしょう? その人たちが来てからでいいじゃない」

「既に来ていて、もう帰っています。大幅な修理が必要らしく、現時点では修理が不可能みたいですよ。

 船が乗るくらいの大型魔道台に、船を釣り上げる設備。それに魔術師が百人は必要だそうです。

 なので、修理の目処自体が立っていないのが現状ですから」

 レナードが鞄からファイルを取り出して、現状を示した書面を次々に見せていく。それを恐ろしい早さで読破していたサラティが、最後には絶句して凄い形相で眉をしかめた。

 しばらく考えて、恐る恐ると言った様子で、レナードを指さした。


「……ねえ待ってレナード。それじゃ、折角の最新鋭の魔道漁船が、二年も経たずに駄目になったって事なの?」

「ええ、そのようです。正確には、一年と七ヶ月です。

 今日はその先の相談に来ているのですよ。今までしていた話は、現状の確認だけでしたし、これからどうするか漁師の方々と話を詰めるところですよ」

 目の前で展開される話は、傍から聞いていてもかなり深刻そうだった。

 話の流れから察するに、何らかの問題が発生して、漁船の八割近くが操業不能になったのだろう。

 もしそれが魔道具関連なら、力になれるのだけど。


「製造元の会社がある、オオエド皇国には連絡を取ったの?」

「先方からの返事は、破損箇所に関しては既に時効だとのこと。

 逆にこちらの管理責任を問われました。一年は保証期間を設けてあるそうで、それ以降の無償修理は無理だそうです。

 ただ有償であっても、技師の派遣は難しいと言われていますので、修理は絶望的かと。こちらとしては、取引停止も止む無しと考えています」

「やっぱりそう来るか。だから、人間族との取引は嫌だと言ったんだよ」

 サラティの言葉に、レナードがうつむいて唇を噛んでいた。もしかしたら取引の責任者だったのだろうか。



「よしっ。もうこうなったら、篤紫にちゃちゃっと直して貰おうかな。

 あのオルフェナの所有者なんだから、機械物なんて簡単に直せるんじゃないの?」

「いえいえ、さすがに無理を言ってはいけません――」

「いいよ。取りあえず、見てみようか?」

「えっ?」「はっ?」

 篤紫の言葉に、サラティとレナードの声が被った。話を振られたから答えただけなのだけれど、何か変だったのかな……?


「ままままって、今のは軽い冗談だよ?」

「そ、そうですよ。もの凄い羊が居るという話は聞いていますが、さすがに無茶振りなのではないですか?」

 提案者のサラティだけでなく、レナードまでもが慌てだした。

 そこで車座になって額をつきあわせていた漁師達が、一斉に反応した。


「お、おにいさん。船を直せるんですか?」

「お願いします、漁に出たいんです。何とかなりませんかね」

「魚を、魚介を、街のみんなに届けたいんです、どうか――」

「待ってください。皆さん一旦落ち着いてください」

「ちょっと、まだ話は途中なんだからね。みんな離れて離れて」

 漁師達に一気に囲まれてしまい、サラティとレナードが慌てて抑えてくれた。

 少し離れたものの、漁師達に真剣な目で見つめられ、篤紫は思わず苦笑いをこぼした。

 桃華に視線を向けると、微笑みながら頷いてくれた。


「それでは私は、夕飯の買い出しを済ませて、先に家に戻っているわね。

 ちゃんと、夕方の早いうちには戻ってきてね」

 それだけ告げると、桃華はいつものキャリーバッグを引きながら、市場の方に歩いて行った。



 篤紫はあらためてサラティに向き直る。

「とりあえず、見せてもらってもいいかな?」

「いいけど、篤紫に分かるの? あの船はさっきも言ったけれど、オオエド皇国の最新鋭船なんだよ。

 人間族領の中でも、かなり技術力が高い国の、その中でもさらに一番大きな商会の漁船なんだよ?」

「基幹部分は魔術で動いている魔道具なんだよな。たぶん大丈夫だよ」

「わかった。もし分からなくても、文句は言わないからね」

 後ろでレナードが頭を下げた。漁師のみんなも、一緒になって頭を下げていた。

 彼らは真剣に、街の食料を心配している。いい統治がされている証拠に、サラティもレナードも本当に慕われているのが分かる。


 篤紫は、そっとレナードの肩に手を置いた。びっくりしたレナードが頭を上げる。


「レナードさんは、宰相なんだよね。さっきの言葉じゃないけれど、簡単に頭を下げてはいけないと思う。

 俺もこの街が好きなんだ、だから一人の魔術師として、この住みやすい街に貢献したいだけなんだよ。

 船まで案内、お願いします」

 レナードはあらためて篤紫に頭を下げると、漁師達に向き直った。レナードが漁師達に声を掛けると、みんなそれぞれの船に散っていく。

 一番近くの船の船長だけ残ったので、彼の案内で船に向かった。




 漁船に近づくと、その異様さがはっきりと感じられた。

 青銀色の船底は、水面下の部分に幅十センチほど範囲で、船底一周に渡って無数の穴が開いていた。

 見るからに重そうなのだけれど、塩湖の湖面に問題なく浮かんでいる。


「船の船底って、もしかしてミスリル?」

「はい。その通りです。

 何らかの形で薄く延ばしたミスリルを、船底に貼り付けてあるそうです。船自体は基本が木製なので浮力は高く、塩水だけでなく淡水でも航行が可能だと説明を受けています。

 船底から水を吸い上げて、あの横に開いている穴から、取り込んだ水を吐き出すことで、推進力に変えているようです」

 レナードが資料をめくりながら、説明をしてくれる。


 先ほどから話に出ている国、オオエド皇国では、青銀鉱石を精製する溶鉱魔炉を手に入れて、実際に稼働させているのかもしれない。

 青銀鉱石は、ミスリル鉱石とも言う。ただ便宜上、原石を青銀鉱石、精製して加工の直前の状態にしたものから先を、ミスリルの名前で呼ぶことが一般的らしい。

 ただこれだけたくさんのミスリルを使っていると言うことは、つまりオオエド皇国では、ミスリルの原料になる青銀鉱石が採れる鉱山を、手中に収めていることに他ならない。


 世界的にも、魔獣の生息範囲に多くの鉱脈があることが、はっきりと分かっている。ただほとんどの地域で、人間族と魔族、そして魔獣が互いに不可侵の状態で棲み分けしていたはずだ。

 必然的に、新しい鉱山の開拓ができないため、世界的に見ても希少鉱石の流通が少ない。

 その状況が、いくらか変わりつつあるのだろうか?



「問題の機関室が、こちらになります」

 桟橋を渡って、漁船の甲板に下りる。実際に乗ってみると、船は結構な大きさがあった。目測で長さが二十メートルくらいありそうだ。幅も六メートル近くあるのか、けっこう本格的な漁船だ。


 船長に案内されて、甲板下にある機関室に向かう。

 階段を下りるにしたがって、少し懐かしいような匂いが鼻をついた。何だろう、鉄に起因する匂いだったと思うのだけれど。

 甲板下には光が届かないため、光源には魔導ランプが使われているようだ。目が慣れないからか、かなり薄暗く感じる。


 ふと、触った手すりがざらついたので、生活魔法で光の玉を浮かばせて見てみると、手が真っ赤に染まっていた。

 この匂いは……錆か。金属が使われている部分が、軒並み錆びているようだ。湿度も高い。錆対策はしていないのだろうか?


 案の定、案内された先にあったのは、真っ赤な錆に包まれた、謎の丸い物体だった。篤紫は、思わずため息をついた。


 さすがに、これは無理だよ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る