遺骨は桜の香り

槙田 華

第1話  手紙 

週に一回、僕は町にある教会に足を運ぶ。僕はキリスト教信者では無い。神様と言う存在を意識して生きている人種では無い。では何故教会なんかに週一回律儀に通っているのかと言えば、教会という場所は基本的に自由に出入りできるしこの教会は屋上があり、展望台に成っている。町にある建物の中で、街を一望するには持って来いの場所なのだ。ビルの六階ぐらいの高さまで階段で上がるのは流石に息が上がる。僕は僅かに早くなった呼吸を沈めながら展望台の扉を開ける。風がふわりと僕の体を包む。もう秋の終わりという事も有って風は冷たい。展望台の奥まで行って胸の下あたりまでの壁にもたれ掛かって辺りを見回す。僕が此処に来る理由はもう一つある。昔、同級生の友達だった彼女とよく此処に来ては話をしたり紙飛行機を飛ばしたりした。嘗てと同じ景色が、ただそこに存在しているだけ。ただそれだけなのに、どうしてこんなに胸に冷たい風が吹いてくるのか。どうしてこんなに震えているのか、自分にもよく、分からなかった。約束が好きなわけでもないのに彼女はよく、僕と約束した。そして僕達の間にはどういうわけか、時間や距離を超越した関係があるのだと、思っていた。だから来年もその先もずっと、同じ景色が流れていく中で毎日のお互いの変化をじっくりと時間をかけて見ていくのだと、そう思っていた。

今はもう遠いあの日の約束が、僕をこんな所に縛り付けている。君が目の前で聞かせてくれた空気の震える音が今でも僕の耳にははっきりと残っていることが、胸をかきむしりたくなるほどにむず痒い気持ちにさせる。僕たちがいつも空を見ていたこの場所から、僕は時々一人で紙飛行機を飛ばす。風に乗って君にまで届いたらいいのに。そんな事を考えながら真っ直ぐに軌跡を描くそれを見つめてただそこに立つ事しか、今の僕には出来ない。そんな自分が、僕は何より嫌いだった。

彼女と僕はどこか似ていた。だから出会って僕らは直ぐに仲良くなった。でも僕らはどれだけ時間を共有しても超えられない一線をお互いに引いていて、その二本の線は限りなく近い所にあったけれど、お互いにその線を跨ぐどころか足を近付ける事さえしようとはしなかった。だから僕らは、僕らのまま。何も変わらずに。でも少なくとも僕はそれに不満を抱いているわけでは無かった。彼女もきっとそう思っていたと思う。

それなのに、訪れた急な別れは僕らを激しく揺らした。君が遠くに行く事を知ったあの雨の夜、僕は笑顔でそれを受け入れたけれど、それしか出来なかった自分が腹立たしくて、唯々自分を責め続けた。雨が、僕の声を掻き消したからきっと彼女には聞こえずに済んだだろう。その時は雨に紛れる事が唯一僕に出来る事だった。


別れた後は、手紙を何通かやり取りをした。でも彼女の手紙は段々短くなっていき、遂には何も送られてこなくなった。短くなって行く事を必死に否定しようとした自分さえ見失って体に積もる悲しみと寂しさは雪のように美しく、重たく、そして僕の心からおよそ熱と呼べるものを容赦なく奪い去っていった。 凍える体を腕に抱きながら真っ白の荒野をゆっくりと進んで行って雪が自然に溶けるのを待ち続けた。しかしその雪が溶けるのと同時に、僕は彼女の顔も声も朧げにしか思い出せなくなっていた。そんな自分自身を絶望したり否定したりはしなかった。僕の中には孤独感しか残っていなかった。


季節が僕の周りで勝手に巡っていき、いつの間にか息が白くなっていた。灰色の空の日、僕の部屋のポストに、一通の手紙を見つけた。

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