第三十三話 祝われぬ婚姻
柊が梟を討ち取ったとの報が伝わると、鬼ノ国に激震が走った。
いったい領主は誰になるのか。現領主の蓮がそのまま領主を続けるのか、それとも前領主の柊に戻すのか。
今まで偽領主と柊を追っていたものたちはどうなるのか。謀反人として処罰されるのか。次に何が起きるのか、皆が戦々恐々として様子を伺っていた。
そして、反乱から五日後、評定の場が設けられた。
「皆には迷惑をかけた。全て私の不徳の為すところだ」
領主の座についた蓮が一同に頭を下げる。しかし、殊勝な言葉や態度とはうらはらに、蓮からは謝罪の意志は全く伝わってこない。誰が、領主になるのかという話を出すこともなく、当然のように評定を進めていく。
「前領主の決めた法官方と警備方だが、」
粛々と進んでいた評定だが、蓮が今回の反乱の原因となった役職に触れると、場が静まった。はたして、この領主は、この国をどの方向に導いていくのか。
「浮民は外し、今まで通り鬼民が務めることとする。また、我が姉上を追ったものの罪は不問とする。梟の差金とは言え、私の名前で触れが出た以上、それに従うのは当然だ」
一同が安堵の息をもらした。これで、余計な騒ぎは治まる。これまで通りが一番いい。
「また、葛の家が途絶えぬよう、梟の家臣であった烏豌が継ぐこととする。楠の家を継いだ小士郎とともに、これからも、この国は、桐、楠、葛の三家が責任を持って支える。安心せよ」
はたして、本当にこれまで通りなのか? 確かに三家が支える構図に変わりないが、それぞれ、本来継ぐべきものではないものたちが、継いでいるのではないか。皆、心の底では、若干の疑問を持ちながらも、表立って蓮に異を唱えるものはいなかった。
「私を含め、小士郎も烏豌も、本来であれば家を継ぐ者ではない」
まるで、心を読んだかのような蓮の言葉に、皆、ぎょっとする。
「しかし、小士郎も烏豌も、それぞれの家を継ぐにふさわしい人物だ。それは、私が請け合う」
そう言って、蓮が皆を見回した。蓮の冷たい目は、誰が不満をもっているのかを探ろうとしているかのようだ。皆が、連と目を合わせないように背ける。
「今、この国で、二人に勝てるものはいない。何かあれば、私が対処する。遠慮なく申し出てくれ」
これは脅しだ。先に宗近が死に、柊も梟もいない今、この二人を倒せるものはいない。そして、その二人を自分は従えている、蓮はそう言っている。
「また、
蓮が深刻そうな口調で言う。
「そこで、まだ若輩であることは重々承知しているが、私も跡継ぎを作るために、妻をとることにしたい」
突然の蓮の宣言に場がどよめく。確かに言っていることはもっともだが、国が荒れたばかりだというのに早すぎないか。
「国が荒れたばかりだというのに早すぎると思うかもしれない」
またもや、皆の心を見透かしたような蓮の発言に、皆が肝を冷やした。いったい、この領主は、ひとの心が読めるのか?
「此度の戦のもとには、鬼民と浮民との間の諍いがある。それを無くすため、浮民の中から妻を選ぶことにした」
まさか? 場がどよめく。
「殿、お待ちを!」
「浮民を妻になど、前代未聞です」
「断じて認めることなどできません」
「とても、正気の沙汰とは思えません」
突然、騒ぎはじめた家臣を、蓮が一喝した。
「黙れ! これは国の統べ方の話ではない。私の家の中の話だ。そなたたちが口を挟む事柄ではない!」
「しかし、」
まだ、何か言おうとする家臣たちを遮り、
「すでに相手も決めてある。玲奈、入れ!」
未だ騒然とする場に、薄い色の髪に碧眼の、浮民の女が入ってきた。いや、女というより、まだ少女という方がふさわしい。そして、その玲奈と呼ばれた少女の後ろから、二人の男がつづく。一人は腰に刀を差し、もう一人は、槍を捧げている。
そして、刀を持った男が手に持っているものは、……。
「これが、私の妻となる玲奈だ」
玲奈が軽く会釈をする。
「なお、皆も知っておろうが、玲奈の後ろに控えているのが、楠を継いだ小士郎と」
小士郎が刀に手をかける。
「葛を継いだ烏豌だ」
烏豌が不敵に笑う。
「皆は此度の婚姻に不服があるようだが、真っ先に祝ってくれたものがいる」
蓮が小士郎に頷く。
小士郎が手に持っているものを、放り投げた。
それが、評定のまんなかに落ちて、転がった。
ゴロリ。
それを見た、一同の顔が青ざめた。
梟の首が睨んでいた。
「いずれ、皆も祝ってくれると信じている。今日の評定は、これで
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「すまない」
眼の前に座る玲奈に、床に頭がつくように、蓮が頭を下げて謝る。
「私達の婚姻は誰からも祝われない」
頭を上げずに、蓮が続ける。
「私が必ずこの国を変える。浮民と鬼民を隔てる壁を無くす。しかし、それはすぐには出来ない。私一人の微力では叶えることもできない。だから、どうしても、玲奈の助けが必要だ。私には他にすがるものがない」
「それが本心ですか?」
平伏する蓮に、玲奈が冷たく答えた。
「私は卑怯だ。自分のための玲奈を利用しようとしている」
蓮が頭を上げるが、玲奈の目を見ることができない。
「私も姉上と同じだ。二人とも、利用している。私は玲奈を利用し、姉上は優人殿を利用した。しかし、犠牲は絶対に無駄にしない。私の命に懸けても、これ以上不幸な人間を、理不尽に傷つく人間を出さない国を作る。それが、私にできる、精一杯のことだ」
「命に懸けても、ですか」
相変わらず、玲奈の声が冷たい。
「ああ、命に懸けても、必ず玲奈も守る。だから、我慢して欲しい」
それが、蓮にできる精一杯だ。
「いい加減にして下さい! 私も兄さんも我慢なんかしてません! だいたい、蓮様のような弱い方が、どうやって私を守るんですか!」
蓮の態度に、とうとう玲奈が声を荒げた。
「私も兄さんも、自分が正しいと思うことをしたんです。ただ我慢して施しを受けているような言い方はやめて下さい。もし、利用しているというのなら、私と兄さんが、姫様と蓮様を利用しているんです」
玲奈は、本気で怒っている。自分も兄も黙って利用されるほど弱くはない。ただ我慢するなど、うんざりだ。これ以上、自分たちを下に見るような真似は許さない。玲奈の言葉の奥には、そういう意味が含まれている。
「もう、利用するとか、我慢するとかは、やめませんか」
玲奈が蓮の目を真剣に見つめる。
「それは相手を見下して言う言葉です」
きつい言葉とはうらはらに、玲奈の声には優しさがこもる。なにもかも一人で背負わなくていい。まったく、姉弟揃って、同じことを言わせるな。玲奈は、そう言っているのだ。
「すまない。玲奈の言うとおりだな」
蓮の目に涙が浮かぶ。自分も、この試練で強くなった。玲奈もまた、強くなったのだ。玲奈は馬鹿じゃない。領主の妻になるということが、どういうことなのかよくわかっている。わかっていて、引き受けたのだ。
「今は、誰も私達を祝ってくれないかもしれません。でも、いつか、後の世の人たちが、必ず私達を祝福してくれます。きっと、今よりも、ずっと多くの人が」
――そうだ、玲奈の言うとおりだ。さすが、優人殿の妹だ。兄に似て賢い。
「私は蓮様の妻になれて幸せです。蓮様が私に幸せをくれたんです。だから、お返しに」
玲奈の顔に、昔、柊といっしょに木に登ったときのような、腕白そうな表情が浮かんだ。
「私が蓮様を守ってあげます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます