第三十一話 月下の剣士

「なんだ、お前は!」

 立ちふさがる男を、小士郎が斬り伏せる。


「御領主様を、どこに連れて行く!」

 邪魔をする男らを、小士郎が投げ飛ばす。


「ここは通さん!」

 歯向かってくる男たちを、小士郎が蹴り上げる。


「いったい、何人いるんだ!?」

 小士郎が必死に作った道を、蓮が威風堂々と歩く。はたからは、やすやすと歩いているように見えるが、命がけの歩みだ。小士郎が討ち取られれば、蓮の命もそこで終わる。しかし、そんな恐れは全く見せない。その覚悟を支えているのは、小士郎への信頼か、それとも、領主としての責任か。


「取り囲め!」

「一人で当たるな!」

「応援を呼べ!」

 小士郎の強さを目にした男たちが、おいそれとは近付かなくなり、遠巻きに蓮と小士郎を取り囲んだ。刀を構えてはいるが、斬りかかっては来ない。小士郎もまた、間合いの外にいるものたちに、自ら斬りこみにはいかない。


「何をしておるか! 道を開けよ!」

 両者の動きが膠着し、歩みを止められた蓮が、今まで誰も聞いたことのない威厳の込もった声で男たちを恫喝した。


 蓮が男たちを一人一人睨みつける。


「ここは私の国だ。私がどこへ行こうと、お前たちの指図を受ける言われはない!」

 蓮の自分は当然のことを要求しているのだという態度に、男たちが戸惑う。


「し、しかし」

「しかし、何だ!」

 口答えした男に、蓮が怒鳴った。

「梟様のご命令で……」

 言葉を続けようとした男を遮り、

「梟の命令がどうした! では、私が命ずる。道を開けよ!」

 毅然とした態度で命令した。


 梟からの蓮を逃がすなと言う命令と、蓮からの道を開けよとの命令のどちらに従うか。それは、梟と蓮と、どちらが勝つかに賭けることに他ならない。負けた方に従えば、自分たちもまた敗者になる。

 だから、いくら領主の命令とはいえ、男たちもおいそれとは囲いを解けない。そんな、男たちの胸の内を察したか、蓮が男たちに一瞥いちべつを食らわし、小士郎に命じた。

「小士郎、邪魔をする奴は、斬り殺して構わん」

 領主の命令に従わないものなど死んで当然という残酷な物言いに、男たちがざわつく。


――まさか、こんなことになるとは。

 小士郎の頬を一筋の汗が流れた。蓮を連れて、さっさと逃げ出すつもりだった小士郎も、想定外の事態に内心は困惑だ。


――無駄な殺生はしたくないが。

 すでに蓮は覚悟を決めている。そうであれば、小士郎は、ただ従うのみだ。


「領主の命令だ。いくぞ!」

 小士郎の全身から殺気がほとばしり、場にいた男たちが凍りつく。殺戮による血の雨が降るかと思われた、その時、

「待ちなされ!」

 聞き覚えのある声が、小士郎を押し留めた。


「これは、いかがなされましたか」

 烏豌が慇懃無礼に蓮に尋ねるが、既にその手には愛用の槍が握られている。


「姉上に会いに行く。それだけだ」

 蓮の答えは完全に挑発だ。


「お戯れを!」

 一線を越えた事態であることはわかっているが、烏豌が最後の交渉を試みる。

「お前には関係ない」

 すでに妥協の余地はなく、力による解決以外はない。

「ここを通すわけには参りません」

 烏豌も、覚悟を決めた。

「力づくでも押し通る」

 交渉は決裂した。次は、小士郎の出番だ。


「主の命令だ。悪く思うな」

 小士郎が烏豌に向かい刀を構える。

「それがしも同じく」

 烏豌もまた槍先で小士郎を狙う。


 言葉を交わすやいなや、烏豌が目にも止まらなぬ疾さで、小士郎の喉下を突いた。槍の穂先が空気を切り裂く、シュッ、という音が小士郎の耳をかすめたとき、小士郎の刀が弾く、キン、という音が烏豌の耳に届いた。


 弾かれるやいなや、今度は突きではなく、穂先が弧を描いて小士郎に迫る。もちろん、小士郎の失われた左目の死角からだ。小士郎はわずかに左足を引き、右目の端で動きを捉え、それを躱す。


 再び、突き。そして、薙ぐ。当然、左からだ。以前の屋内での戦いで、烏豌の技量はお墨付きだが、遮るもののない屋外では、さらに威力が倍増する。


――あいかわらず、嫌なことをする。

 単純だが効果的な死角からの攻撃を繰り返すことにより、小士郎の集中力が削られる。そして、弧を描く穂先を弾こうとした瞬間、


――短い!

 弾かれるはずの穂先が刀をすり抜け、直後、強烈な突きが小士郎を襲った。指一本槍の握る場所を変え、小士郎の目測を狂わす。


 サッ、わずかによけた小士郎の頬に傷が走る。致命傷を与えそこねた槍は、即座に烏豌の手に戻り、小士郎の間合いの外に逃げた。


「やはり、槍は外に限る」

 命のやりとりをしているとは思えない笑顔で、烏豌が軽口をたたいた。

「この前は、窮屈でしたからね」

 やっと伸び伸びと槍を使えるとばかり、頭上で大きく振り回し、

「こんな綺麗な月夜の下で串刺しとは、残念ですなぁ」

と、わざとらしく悲しげな表情を作った。


「あいにくだが、月夜は剣士のものだ」

 小士郎もまた、刀を掲げ、月光を煌めかせる。


「減らず口を。では、槍と刀と、どちらが月に映えるか。月光に尋ねましょう」

 言いざま、高速のつきを繰り出した。小士郎が打ち払う間もなく、今度は、右へ、左へと大きく薙ぎ、小士郎の足を狙う。すかさず飛び退ると、寸分違わず着地点を狙ってきた。


「ちぃっ!」

 防戦一方の小士郎に、

「ただでさえ片目では見えにくい。ましてや夜では間合いが取れまい!」

 前後の動きに左右の動きを加え、小士郎の間合いの外から、休む間もなく攻撃を仕掛け続ける。小士郎が隙をついて懐に飛び込もうとするが、烏豌は決して無理な攻撃をせず、わずかでも、あぶないと思えば防御に徹する。


「近づかなければ、勝てませんよ。こんなところで、ぐずぐずしていると、お仲間が危ういのでは」

 言わずもがなのことを言い、かつて柊を誘い出したように、小士郎を誘い込もうとする。が、小士郎は、やすやすと敵の誘いに乗ったりはしない。烏豌の攻撃を粛々と捌き、二人とも互いの攻め手を欠いていた。


「どうした。動きが鈍ってきたんじゃないか」

 逆に小士郎が烏豌を挑発する。

「槍の方が重いからな。俺は、お前が疲れるのをゆっくりと待たせてもらう」

「こしゃくなまねを」

 挑発に乗ってこない小士郎に、烏豌の方が先に動いた。


「昼であれば、まだましであろうが」

 烏豌が槍を引き、穂先に隠れる。

「月を恨むが良い!」

 小士郎の真正面から、烏豌が強烈な突きと同時に突進する。左右に寸分の狂いもない突き。しかも、夜。片目で遠近感を測ることは不可能だ。そして、小士郎の真後ろには、蓮がいる。


 万事休す!

 万が一、小士郎が避けようものなら、蓮が串刺しになる!

 そして、避けなければ、小士郎が串刺しだ!


 しかし、小士郎は笑った。

「残念だったな。月は俺の味方だ」


 烏豌の槍が、小士郎を襲う。

 月によって照らされた槍の影が、小士郎の影を襲う。


 小士郎の右目が槍の影を追い、させた。影、そして、月の位置から、小士郎の頭の中に、小士郎と烏豌の動きが再現される。そして、見た。


 正面から襲いかかる防御不能の絶対の一突きも、真上から見れば、単純な一直線の攻撃だ。


 烏豌が繰り出す槍の影が、小士郎の影を貫く瞬間、小士郎が体を回転させ、半身になってかわした! さらにそのまま回転し、穂先を根本から一刀に切り落とした!


 烏豌の顔に信じられないものを見た驚愕の表情が浮かぶ。


 さらに一回転、そして、もう一回転、回転の度に烏豌の槍を、唐竹のように切っていく。そして、ついに小士郎の間合いに烏豌を捕らえた。


「やはり三ヶ月みつきはかかる」

 右腕に持った刀で残った槍の残骸を真っ二つにした瞬間、左腕で烏豌の共衿を掴んで投げ飛ばす。そして、宙に浮いた烏豌の体が地面に叩きつけられる寸前、左の回し蹴りを叩き込んだ。

 烏豌の体が一直線に飛び、庭木に激突する。


「ほぉう、受け身を取るとはさすがだな」

 かろうじて致命傷は避けたが、衝撃で身動きできない烏豌を小士郎が見下ろした。


「悪いが、止めを刺させてもらう」

 小士郎が刀を構える。

「構わん。立場が逆なら、それがしも同じことをする」

 笑みを浮かべる烏豌に、小士郎が刀を振りかぶった。


「待て、小士郎」

 烏豌から首が離れる寸前、蓮が待ったをかけた。蓮が近づき、烏豌を見下ろして言った。

「葛の家を継ぐものが必要だ」

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