15話 Q.E.D.
七時十分、秋葉原。
大阪の日本橋へは何度か行ったことあるが、ここはそれをもう少し都会にしたような印象だ。アニメキャラクターの描かれた看板がビルのいたるところに掲げられている。
しかしまあ、どうしてこんな朝早い時間に来てしまったんだろうな。カラフルな街に見合わず辺り一帯しんとしているのは、ほとんどの店が十時オープンであり、コスプレをした客引き娘がビラ配りをしているわけもない時間故だった。
失敗したな。だが、十時から見て回るとしても十二時までにホテルに戻らなければならないわけだから結局満喫するには短すぎる。
今回は諦める他ないか・・・そう思った時、シャッターの降りていない店唯一の店を見つけた。それも、俺もよく知る全国チェーンのアニメ専門店だった。
そういえば聞いたことがある。最新のAI技術とホログラム技術の融合で通常ならレジに店員がいるところ、代わりにアニメのキャラクターが接客をしてくれ、実質レジの自動化に成功した店があるとかなんとか・・・
ちなみに大阪ではまだ実装されておらず、今のところここ唯一だろう。
自動化により人件費がカットされ、営業時間も大幅に伸びたというわけだ。他に行くあてもないし、せめてアニメキャラクターに接客される感覚を味わって帰ろうと思い入店した。
中には人もちらほらいた。レジに目を向けるとライトノベルを持った男の前に立体映像のスタッフがいた。だが、他のレジには誰もいない。少し見ていると、さっきの男が会計を済ませて離れていった。するとどうだ、その前で接客をしていた少女の姿も消えたではないか。
どうやら人が来るとホログラムが現れる設定らしい。そう思って試しにレジに近づいてみたのだが何も起こらなかった。ああ、そういうことか。正確にはレジに近づくだけでは駄目で、商品を持ってレジの前に立つことで初めて少女が現れるのだ。
これ見たさに商品を購入する者もきっといることだろう。そう考えるとよくできた商売だと思った。
AI接客は帰りに体験することにして、俺はとりあえず入ってすぐにあるライトノベルの棚へ向かった。特に大阪の店と何かが違うわけでもない本棚にここまで来てわざわざ向かったのは、一番近かくにあったというのもあるが、仕事柄自分の担当した作品の売れ行きとか、今の流行りを気にしてのことだと思う。
さらっとラインナップを見て回ると、やはり若干ではあるが大阪より品揃えが良く、最新のタイトルはもちろんのこと、何十年も前に名作と呼ばれていたようなプレミア感のあるものまでもが当たり前のように同じ価格で陳列されているあたり流石は首都だなと思った。
そのまま奥へ突き進んでいくと、自分が勤める文庫を発見した。ありがたいことに、そこでも藤井桃のライトノベルはポップ付きで表を向いていた。その真ん前でその本を手にとった少女が興味深そうに裏表紙の解説文に目を落としているのを見て、純粋な嬉しさとともに、自分が担っているプロジェクトの大きさを再確認して少し緊張が走った。
しかしその数秒後、そんな緊張がどうでもよくなるようなアクシデントが俺を襲ったのだった。
添えられたポップの内容が少し気になったので少女が立ち去るまでその隣の棚を物色していると、少女がレジの方向にくるっと九十度回転した。
反射的に彼女をチラ見した俺が、その視覚情報を脳に伝達して理解するのに三秒は必要だった。結果チラ見ではなくガン見していた俺に気付いた彼女が息を詰まらせたような表情で俺を見つめてから声を上げるまでにはトータルで五秒程掛かった。
「三上くん・・・?」
彼女はそう言った。
そうだ、確かにそれは俺の名前であり、今この現状を説明するならば、偶然出会った知り合いに声を掛けられるという極々ありきたりなシチュエーションなのである。
ただ一つ、そのありきたりが通用するのがこの世界ではないということを省けば・・・
「白河。」
彼女を呼ぶ俺の声が、愛した人との再会を喜ぶものでないことは自分自身でもよくわかった。
動揺して泳ぐ彼女の目を見て、薄暗いモニタールームで見た診断書の文字を思い出す。
不安だった。
彼女の顔が見られない。いったい今どんな表情をしているのだろうか。考えただけで怖かった。
「・・・大丈夫、大丈夫だから。」
震えるようなか細い声がした。嘘だ、大丈夫な訳がない。振り向いた俺の目に映っていたのは抱え込むような格好で服の袖をわなわなと震える手で握りしめていた。
「し、鳥羽っ。」
「大丈夫、ちゃんと分かってるから。あれは現実じゃなくて、君も生きている・・・分かってるから。」
分かってはいても、彼女の脳裏にはその時の映像が焼き付いている。理解すれば治まるほど簡単なものじゃない。
俺はなんと声を掛ければ良い? 今の俺になにかできることはあるのか?
分からない。でも、このまま放っておくのはもっと悪いに決まっている。
どうすりゃいい・・・
鳥羽の呼吸が乱れてくる。必要以上の空気を吸い込んでは息の吐き方を忘れたようにむせ込む。
なんでも良い、彼女を落ち着かせる方法を・・・
追い詰められたように頭の中が真っ白になった俺はそれからどんな経緯でどんな動きをしたのかなにも覚えていない。
ただ、気が付いた時には肩が涙で濡れていた。
「俺はここにいるから・・・」
抱きしめたこの腕は彼女が落ち着くまで、いや、本当はもう離したくなくなっていた。
VR 三宅 大和 @yamato-miyake
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