第4話 叶わぬ恋
学校を出て、いつも登下校の時にお世話になっている学校最寄りの駅に向かう最中、今更になってとある疑問が浮上した。
「なあ、同じ文化委員としてこんなこと聞くのもどうかと思うけど・・・これ今、どこに向かってるんだ?」
「ほんとどうかと思うよ。」
「スンマセン。」
文化祭の買い出しを文化員二人で行くということを聞かされたのが今朝、買い物リストの作成だって白河一人でやってたし・・・マジで俺なんにもやってない。今だってどこへ向かってるか分からなかったというポンコツ具合だ。
「俺も委員なのに、結局いつも白河に任せきりで、なんと言ったらいいか・・・ほんとゴメン。」
そう言って彼女の顔色を伺うと、苦しそうな表情で小刻みに震えていたので一瞬焦ったが、すぐにそれが笑いを堪える表情だとわかった。堪えかねた彼女が「ブフッ!」と弾丸のような息を吐く。
「ごめん、全然怒ってないよ。大丈夫、別にあてにはしてなかったから。」
それはそれで虚しくなるが、どのみちサボってた俺に反論する資格はない。それとなにより、意地悪な表情も可愛かった。
「隣駅のホームセンター。」
「えっ?」
「だから今向かってるところ。」
「あ、あそこか・・・」
まあ、確かにあそこならなんでもあるな。でも、本音を言うと少し残念ではある。もう少し遠出するものだと勝手に思い込んでいた。
いつもの三階建の駅の階段を上がり、通学定期で改札を通りエスカレーターで三階にあるプラットホームに着いた。
「電車もうちょっと待ちそうだね。」
時刻表を確認した白河が言った。見れば次の電車が来るのは十分後で、タイミングの悪いことにあと一分早く着いていれば前の電車に乗れたといった具合だった。
参ったな。
ということはだ、今から十分間、俺はこの場に突っ立っていなければならない、白河と二人きりで。男友達ならまだしも女子、それも意中の。ここへ来るまでの道のりでは歩くという動作が前提にあったので喋らない時間があっても持っていたが、今はそうではない。今この場で喋らないということ、それは紛れもない沈黙を意味する。多分今の俺にはその沈黙に耐えれられるだけのメンタルはない。とはいえざっと話すべきことは道中で済ませてしまった。こういう時、他愛のない世間話をポンポン思いつくやつが羨ましい。しばらく待ったが白河から話す気配はない。ということは今はオレのターンというわけだ。何か話すこと・・・世間話ね~・・・んん~・・・
その時突然、ズボンのポケットから電子音が漏れ出した。誰かから電話だ。
「あ、私そこの自販機で飲み物買ってくる。」
気を使ってくれた白河に礼を言い、スマホを取り出すと、画面には『悠人』と表示されていた。なんのようだか知らないが、ちょうど今、救いの手を求めていたところなので好都合だ。
「もしもし。どうかしたか?」
『どこまだいった?』
どこまで?
「いま隣駅のホームセンターに向かうべく最寄り駅のプラットホームにいる。」
『そうじゃなくて、そんな情報はどうでも良くて、そうだな・・・キスまではいったか?』
ああ、そっちの。
「告白していきなりキスとか、そんなフランス映画じゃあるまいし・・・」
『俺はそうだったけどね。』
それはお前とあの電波少女がおかしいだけだ。そうだと信じたい。そっちが正解なら、俺にはそれをやってのける自身はない。何より・・・
「告白もまだなんだけどな。」
『はあぁ!?』
うるさい。
『どう考えても今が好機じゃん。これ逃したらほんとにもうないと思うよ。』
「だよな・・・分かってんだけど、でも、どう切り出していいものか・・・」
『昼休みの時の威勢はどこ行ったんだ。』
思えばどうしてあんな態度を取ったのだろうか。半分ただの見栄だったような気がする。
『・・・はあ、なんかアドバイスいる?』
でも残りの半分には確かに自分の意思があった。自分の言葉で、自分のタイミングで伝えたいという純粋な感情が。
『お〜い。』
「いや、やっぱりいい。」
やっぱり自分で言わなければ意味が無い。いや、自分で言いたい。
『そうかい。まあ、頑張れよ。』
「ああ。」
『・・・あっ、そうだ。』
まだ何かあるのか?
『菜々子がそっちに行った。』
「・・・えっ、なぜ?」
『なんかよく分からないんだけど、「二人が危ない。」とかなんとか言って飛び出して行ったんだ。まあ、出会った時からちょくちょく変なこと言う子だったから今回もなんでもないと思うんだけど・・・』
「なるほど・・・」
どうやら彼女はデンパ少女で間違いなかったみたいだ。とすると彼女が言っているのは例の殺人鬼ってことか。信じているわけではないが、その単語を聞いただけで身構えてしまうのも事実である。
『そういえば白河さんは?一緒なんだよな?』
「ああ、今待たせてる。」
『だよな。ゴメン、もう切るよ。まあ頑張ってくれ。』
「どうも。」
音声が途絶える。暗くなったスマホに映る自分を見ながら、ふっと短い息を吐いた。
「もう終わった?」
背後から唐突な声。俺は内心ビクッとしながら、何食わぬ顔を装った。
「ああ、待たせてゴメン。友達からだった。」
一体いつからそこにいたんだ。それだけが気になって仕方ない。もしかして会話の内容聞こえてたか?
「三上君。」
「んっ?」
「電車来るまで、まだ五分くらいあるんだけど・・・」
やっぱり気付いてる・・・か。その証拠に彼女の表情は次の言葉を促すようだった。次の言葉が何なのか、それぐらいは俺にだって察しが付く。ここまでされてはとぼけるわけにもいかない。俺はさっきから握ったままだったスマホをブレザーのポケットへ仕舞った。どのみち学校に戻るまでにはするつもりだったんだ、それに遠出でもないみたいだから、悠人が言ったようにこれを逃せば他にいいタイミングもなさそうだ。それを思えば電車が俺たちの到着直前に発車したのも一種の後押しのように思えた。・・・まあ、そんなわけないか。
ともかく俺は彼女の正面に立った。まったく、告白でさえ俺は白河にリードされるのか。不甲斐な過ぎる。それでも言わなければならない。ここで変なプライドのために先延ばしにするのはもっとダサい。俺は覚悟を決める。
「俺・・・実はっていうか、まあもうバレてるんだろうけど・・・俺、ずっと白河のことが好きだった。」
「うん、知ってた。」
「だから、その・・・俺と付き合ってくれないか?」
空虚なプラットホームに俺の声だけが小さく響いた。
とうとう言ってしまった。依然として白河の顔に驚きの感情は宿っていない。宣言通り全部知ってたという顔だ。俺は言うべきことを言った。後は返事を聞くだけだ。俺は固唾を呑んでその時を待った。そうしてようやく白河が口を開いた。
「・・・くふっ。」
しかし返ってきたのはまさかの笑い声だった。てっきり、返事はイエスかノーだけだかと思っていたのだが、まさかのラフで来るとは・・・
「あっ、ごめん。別に変な意味じゃないからね。ただ単純に長かったから。もう、朝からあれだけ振っといてどれだけ待たすのよ。」
それを聞いてホッとする。なんだ、そういう理由か・・・
俺は改めて聞く。
「悪かった。それで、返事を聞かせてもらっても良いか?」
「・・・うん。」
彼女も真剣な顔になった。スゥーっと生きを吐く音がする。
「私も、三上君のことが―」
俺が聞き取れたのはそこまでだった。
俺を不意に襲ったのは謎の浮遊感。気持ちが上がっているから、そういうわけではなさそうだ。なぜなら、その時俺の体は実際に宙を浮いていたのだ。
頭がぼーっとしてくる。まるで風呂から上がってすぐに起こる立ちくらみのような感覚、それのちょっと強いバージョン。視界が夏のアスファルトのように歪んで見える。眼の前には、驚いた目で何やら叫ぶ白河の姿があった。そしてその隣にはさっきまではいなかった誰かがいる。男か?そいつはこっちに向かって手を突き出すような格好で立っている。
なんだ、コレは。
カンカンカンカン・・・と、甲高い鐘の音が俺に迫る何かを警告するように鳴り響いている。なのに、それ以外は時間が止まったみたいに何もかも静止して動かない。俺自身も、手足を動かそうとしたが、動かない、どういうわけか動かせない、もちろん声も出ない。なのに、脳だけがやたらと働く。
ついには思い出したいことから思い出したくないことまで、今までの記憶が次々に現れてきた。まるで走馬灯のように・・・と考えたところでなんとなく今の状況が見えてきた。
いや、本当はもっと前から分かっていた。でも、それに納得したくなかった、目をそむけていたかったのに、ここへ来て諦観というものを知ってしまった。
踏切の警戒音、叫ぶ白河、俺を突き落とした男、そして俺は今、線路の上に浮いている。もう理解出来た。これを表すのにもってこいの漢字がある。
―死―
そう、どうやら俺は今から死ぬみたいなのだ。なぜそんなことになったのかは分からない。ただ、そうなるしかないのだ。
一人見落としていた。俺を突き落とした男の奥、まるでそいつを追いかけるような体勢の、月島の姿がそこにはあった。しかも何だあれ、拳銃、みたいな何かを男に向けている。
やや疑問は残っているが、もう正直どうでもいい。解けようと解けなかろうと死んだら全部同じことだ。俺の滞空時間もどうやら永遠ではないみたいだ。さっきからだんだん意識が薄れ始めている。良かった、この様子だと轢かれる瞬間は味わわずに済みそうだ。それだけが救いだ。
あ~あ、最後に返事くらいは聞きたかったな・・・
俺は一つ悔いを残したままゆっくりと目を閉じた。
そこで目が覚めた・・・
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