吉原での日常

 ここは東京都台東区のとある中学校である。現在ここに通っているのは、とあるドラゴン族の異世界から人間の世界を学ぶため転入してきたラシーカである。

 今日は父兄参観日。ラシーカの保護者として強制的に学校に訪れているのはララだった。多くの父親や母親に交じって、小学生四年生体形のララがいることが周囲の興味の対象となっているようだ。また、赤毛で日本人離れをしている容姿のラシーカもまた注目を集めている一人だ。


 今日の授業は国語。内容は古典で、あの俳人として有名な松尾芭蕉の「おくの細道」となっていた。


「俳句の特徴とは何でしょうか?」

「はい!」


 生徒達が一斉に挙手をする。

 一人の生徒が指され起立する。


「五、七、五の定型文です」

「そうですね。他には?」


 また生徒たちが一斉に挙手をする。


「赤竜ラシーカさん」

「はい!」


 今度はラシーカが指された。

 

「季語という季節を現す言葉を使った詩句となります」

「はい。その通りです」

 

 ラシーカがララの方をちらりと見つめ自慢げにウィンクする。言外に『私って優秀でしょ』という自尊心が見えるのだが、それはご愛敬だ。


 ラシーカの知性は高く、高校どころか大学へ進学してもおかしくはないレベルだったのだが、彼女の希望により編入先は中学校へと決まった。その理由は、人間界の社会性を一から学びたいというラシーカの希望を最大限に叶えたからであった。

 

 違和感なくクラスに溶け込んでいるラシーカにララは胸を撫でおろす。やや素っ頓狂なところがある娘だっただけに心配していたのだが、それは杞憂であったようだ。


 あの、アッシュワールドでの戦闘以来約一か月が経過した。

 5番コロニー、デッドライジングでのゾンビ掃討作戦は既に終了し、また、生存者の検疫も済み他のコロニーへと移送中であるとの事だ。その作戦はアルマ帝国皇帝直属の黒龍騎士団が主力となって行動しており、また、帝国の支援により実現している。帝国の支援の裏には、非合法な兵器実験を合法的に行うことができるというきな臭い裏事情が存在していたのだが、アッシュワールド側もゾンビによるパンデミックの終息を願いそれを受け入れたという経緯がある。

 各コロニーにおいて同時進行していた、リブートによるp.w.カンパニーへの反乱も多くのハンターの活躍により鎮静化したと聞く。そういえば、ララもその中の一人を倒していた。


 教室内では俳句の授業が進んでいた。

 そんな時、突如火災警報が鳴り響いた。教室内は急にざわめく。


「皆さん落ち着いてください。火災発生に関する情報が放送されるまで待機です」


 そう、火元がどこなのか未確認のまま非難するのは危険なのだ。しかし、周囲を見渡しても火災が発生している様子はない。煙が上がっている場所もない。


 その時、校庭に一機の人型機動兵器ロボットが出現した。

 全長は10mほど。オープントップの操縦席を持つそのシルエットはエクセリオンシリーズに酷似していたが、サイズは倍近いものだった。


「はははは。ララちゃま。お邪魔しますよ。速やかに校庭に出てきてください。さもないと校舎を破壊しちゃいますよ。あははははは」

「アリ・ハリラーめ。こんな時に馬鹿者が!」


 三階の窓を開け、そのまま校庭に飛び降りるララ。そしてララに続いてラシーカも窓から飛び降りる。


「今日は参観日だったと。アリ・ハリラー様。これは不味いのでは」

「問題ない。ノラベル将軍。貴様の開発したこの新型機の実力を試す時が来たのだ。ははははは」

「仕方がありませんね。この機体はエクセリオンの拡大改良型であるガンダルフである。さあ正々堂々と戦いなさい!」


 アリ・ハリラー党の新型機ガンダルフの試運転なのだろう。銃で撃たれ負傷したノラベル将軍も十分回復しているようだった。しかし、生身の人間に対してそのようなロボットで戦いを挑み、正々堂々と言い張るのは言葉の意味を取り違えている。


「性懲りもなく現れたわね。このアリ・ハリラー。ララちゃんには指一本触れさせないわよ」


 一気に赤竜へと変化したラシーカであった。身長は20mほどある。ガンダルフに襲い掛かろうとしているラシーカを制してララが声を上げる。


「おい。アリ・ハリラー。お前また逃げてきたのか?」

「逃げてきたなど人聞きの悪い事を言うな! 私はララちゃまと戦いに来たのだ。これが私の存在意義レゾンデートルなのだ!」

「嘘をつけ。ミスミス総統にこき使われて嫌気がさしたんだろ?」

「そそそ、そんなことは無いぞ。風呂掃除もトイレ掃除も下着の洗濯も喜んでやっているのだ。何せ陰毛が自由に採取できるからな」

「ぷっ! この変態!!」

「今日はその、生理用品を間違えて買ってきたので叱られて……羽根つきとか羽根なしとか、そんなの良く分からんじゃないか。それなのにそれなのに、あんなに叱るなんてええええ」

「変態のくせにそんな基礎も知らないのか?」

「何処が基礎なのだ!」


 目に涙を貯め必死に訴えるアリ・ハリラー。

 そしてララは目に涙を貯め大笑いをしている。


 アルヴァーレのメンバーとアリ・ハリラー党の主力構成員は未だアッシュワールドでの作戦遂行中だ。しかし、ここでは今日もアリ・ハリラー党がララ室長へちょっかいをかけている。そして今日もそのたいそうなメカを破壊され命からがら逃げていくのだろう。


 これが吉原の日常だったりする。


[おしまい]

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