かぐら骨董店の祓い屋は弓を引く・1～始まりの出逢いと矢が射貫く一輪の花～

3・ざわめく

「時間になったので、今日の会議は終了します」

　文化祭の会議が終了すると、各々が机の上の広がっている資料を集めて、教室を出ていく。その中で実行委員長の園田が黒板を消している秋月になにやら親しげに話をしているようだ。

「園田先輩も狙っているわよね。絶対に」

「でもよくない？ 園田先輩も美人だし……」

　そんな声が聞こえてくる。

　確かに美人だ。

　園田先輩も成績優秀で容姿端麗。

二人が並ぶと絵になる。

「秋月くんもまんざらではないかもね」

　秋月と同じクラスで実行委員を勤めて少女が言う。

「え？」

　樹里（きさと）は思わず振り返った。

　その行動に弦音（つるね）の心がざわめく。

もしかしたら、本当に江川は亮太郎のことが好きなのではないさという予感が弦音を焦らせる。

「それはないな」

　内心、亮太郎と園田がつきあっていたらいいのにと思いながらも、なぜかまったく真逆のことを言ってしまった。

樹里たちの視線がこちらに向けられる。

なんてことをいってしまったのだろうと後悔しながらも話を続けた。

「亮太郎は別に好きな子いるらしい」

「だれ？」

　樹里が食らいついてくる。その目には不安と期待が交差しているように思える。

はやり、江川は亮太郎のことが……。

そう思うと絶望感しかなくなる。

どう考えても、運動神経抜群で容姿端麗。性格も悪くない亮太郎に勝ち目などない。

「知らない。詳しくは知らないけれど、どうもそうらしい。現に結構ふっているみたいだしさ」

　悔しい。

　亮太郎には何人もの女が寄ってくるというのに自分には女の子一人振り向かせることができないという事実は、いや応なく弦音を落胆させる。

「そうなんだ。いったいだれだろうね」

　樹里は秋月たちを見る。

　秋月と園田はなにやら楽しそうに話をしている。

　いったいどんな話をしているというのだろうか。

「だれかなあ……。亮が……」

「江川？」

　弦音はどこか違和感を覚えた。

　急に口調が変わったような気がして、彼女の横顔を見る。

　一瞬、彼女の姿が別人に見えた。

　弦音は目をこすってもう一度彼女を見ると、いつもの弦音の知る樹里の姿があった。

「どうしたの？」

　樹里は怪訝な顔をしている。

「お前……。亮太郎のこと。下の名前で呼ばなかったか？」

「はっ？ なにいってんの？」　

　樹里は首を傾げた。

「私も聞いたよ」

亮太郎のクラスメートが言う。

「江川さん。さっき、亮って呼ばなかった？」

「はあ？知らないわよ。秋月君を名前で呼んだことなんてないわよ。私は、そんなに親しくはないし……」

「そうよね。ごめん。私の勘違い」

　いや、彼女だけではない。弦音も聞いている。

　確かに亮と呼んでいた。

　いままでそんな呼び方した試しはない。

　いやわからないぞ。

　もしかしたら、自分が知らないだけで、実は、二人は付き合っていたりするのではないか。

　もしもそうなら……。

「うそだろ……マジで……」

　一人焦燥感に駆られる。

　絶対違うよな。

　なあ、亮太郎ーーー！

　弦音は思わず秋月を睨みつけた。

　それに気づいた秋月と園田先輩は弦音の剣幕にたじろぐ。

「では失礼しました」

　弦音はいつになく大声を出すと、地響きを立てながら教室を出ていった。

「どうしたの？ 杉原」

　樹里が尋ねると、隣にいた小学生が首を傾げた。

「僕、なんか怒らせましたっけ？」

　それに気づいた秋月が尋ねる。

「さあ？」

　もしかしてあの子は私のことすきなのかしらと園田先輩がひそかに勘違いしてしまったことにはだれも気づかなかった。

「ん？」

　その時、樹里の背中に視線を感じたような気がして振り返った。けれど、だれもいない。教室に残るみんなが、苛立ちながら出ていった弦音のほうへと注がれているし、なによりも彼女の背後にあるのは壁だけだ。だれかがいた形跡もない。

　不気味に思えた。

「どうしたの？」

「ううん。なんでもない」

　気のせいか。

　樹里は視線を元に戻した。

（これはまた……）

　ここにいるものは誰も見えていない。けれど、確かにもう一つ。存在するものがあった。教室の片隅。座り込んで、彼女たちを見つめる獣の姿。

　白銀の狼だ。

　狼が樹里の背中を凝視している。

　彼女の背中

　そこには、薄っすらと黒い靄のようなものが人の姿をかたどっている。まるで樹里の影法師かなにかのように背格好は彼女とぴったりとはまる。

　ただ彼女の背中に寄り添うように佇み、顔らしき部分は、樹里ではなく別の方向へと注がれている。その先には少年の姿がある。秋月と呼ばれる少年だ。

（あの娘。憑かれているな。はてさて、どうしたものか）

　白銀の狼が思案しているうちに靄がスーッと消えていく。

（まあ、いますぐ、どうとすることでもないだろう。それに主の命令もきておらぬからな。ひとまず、報告へいくとするか）

　白銀の狼は立ち上がると、その姿を煙のように消した。