第21話 訪問者

 土曜日は午前中だけサークル活動に参加した。

 僕が費用を負担していた保護猫のきなこは、正式に里親が見つかり、僕の役目は終了した。良いタイミングだった。

 保護猫、保護犬に精一杯、世話をして、悔いの無い様にしておきたかった。

 僕がゴミを集めて外へ出していると、井上舞が思いつめた表情で声をかけてきた。

「要くん、ちょっといい?」


 豆柴の慎二の小屋は敷地の隅にある。そこまで行くと、舞は慎二をブラッシングし始めた。世話をするフリをして何か聞きたいらしい。

「単刀直入に聞くけど」

 舞はそう言って僕を見上げた。

「要くん、私の母を刺した?」

 あまりの直球に僕は目を瞬いた。

「どうなの?わかってるでしょ。3年前のゴールデンウイークにあった通り魔。あなたが犯人なの?」

 舞は立ち上がって僕を問い詰めた。

「……お母さんが通り魔に遭ったのは知ってます。和也くんから、先輩が家出したって、相談がありましたから。けれど、僕が犯人なんて、どうしてですか?大体、その日は部活があったから、そんな所に居ませんよ」

 心苦しかった。

 本当は、鞄に切りつけたのは自分だと白状しても良かった。

 調べて納得してから、自分のタイミングで自首したい気持ちが勝ってしまった。

「部活があったの?」

 舞は少し驚いた様子で聞いた。

「はい。早朝の公園で写真を撮るっていう、写真部の活動です。顧問の先生はまだいると思いますから、ちゃんと参加していたか聞いてもらっても構いません」

「……」

 井上舞は黙ってしまった。

「誰が、犯人だって言ってるんですか?証拠は?」

「……目撃者がいたのよ。もう、お亡くなりになってしまったけど。それで高校生だってわかったの。あなたの事を犯人だって言った人は、別の人で……、証拠は、残念ながら無いわ。だって、勘だって言うんだもの。ずっと、自暴自棄で自殺願望のある人間を見てきたから、何百人も生徒はいるけど、あなたに間違いないって。あなたが自暴自棄で自殺願望があるかなんて、私にはわからなかったけど、その人が言うんだから、そうなんだって思った」

 目撃者はタロウの飼い主で、犯人だと言ったのは沢田弓子だ。

 僕の高校はマンモス校で、一学年900人程いる。学年が絞れたとして男子450人。その中で僕を勘だけで当てるなんて、恐ろしい観察眼だ。

 昔から、ポーカーフェイスには自信があった。両親、弟にも僕の本心はずっと悟られて来なかったのに、沢田弓子には効かない。自分の子供の様子と僕の様子に共通点があったのだろうか。

「勘で人を犯人呼ばわりしないで欲しいです」

 今、認める訳にいかない僕は、言下に否定した。

「でも、新たな目撃者が現れたの。絶対、あなただって」

「新たな目撃者……?誰なんですか、その人。会わせてください」

 僕は食い下がった。

「いいわ。聞いてみるから。また連絡する」

「待って下さい」

 井上舞が去ろうとするところを僕は呼び止めた。不吉な予感がした。

「その目撃者が真犯人かも知れませんよ」

「え?」

「だって、そうでしょう。その場にいたなら、その人が真犯人も知れませんよ。井上先輩、桂崎美由紀さんを知っていますか?僕と和也くんでお母さんの親友を突き止めたんですよ。けれど、不審な死を遂げていました。美由紀さんの娘さんも、その一年後に水越明子さんが死ぬなんておかしいって言ってましたよ。よく、考えてみてください」

「桂崎さん……」

 井上舞は小さく呟いた。何かを思い出そうとしていたけれど、頭を振ると「……でも、私はあなたが犯人だと思ってるから!」と、捨て台詞を吐いて行ってしまった。



 午前中でサークルを終えて、僕は行きつけのコンビニへ入った。ここにはイートインがある。昼食を取りながら、この前、撮影した目的地履歴を書き出したルーズリーフを眺めた。

 さっき、舞に言われた「犯人だと思ってるから!」という言葉が頭の中で響いていた。

 悲痛な叫びだった。さすがに胸が痛む。

 深呼吸して気を取り直し、改めてルーズリーフを眺める。

 住所は予め、ネットの地図と照合した。

 一つ、よく知っている地名があった。

 そうであって欲しいような、ないような、一時的に、知るのが怖いという精神状態に陥った。

 その住所は、スーパー・イソヤマ。

 安川物流からスーパー・イソヤマに何かを運んでいる。

 何かが、何なのか、水越明子は気付いたから、消されたのだろう。

 桂崎美由紀からの情報も気付くキッカケになったのかもしれない。

 実質、店を回しているという副店長、黒木の威圧的な容姿が浮かんだ。


 目的地には、マンションと戸建てもある。

 ここが空き家だとしても、こんなに短期間に銃器の需要があるものだろうか。

 他に気になったのは、工場と思われる場所が何ヶ所か出て来た事だ。

 工場から工場へ向かっている日もある。

 僕はその中の一つへ行ってみる事にした。

 コンビニを出て、キャップを被り、駅へ歩き出すと、スマホが振動して、岡村刑事からの報告が来た。

「昨日の車のナンバーだけど、盗難されたナンバーだったよ」

「そうですか……」

 僕は落胆した。

 安川社長か、ワタベ運輸の岸本、若しくはスーパー・イソヤマの黒木の車ではないかと思っていた。

「でも、ちょっと面白い事がわかった。君が例の受取人に間違えられる直前に、空き家の前を通った車にも、このナンバーが取り付けられていたんだ」

 どういう事だ。偵察に来たのか?

「岡村さん、その時の荷物は本当に拳銃だったんですか」

「よく知ってるね」

 声が驚いていた。

「近所の主婦が噂してましたよ。4月にあった乱射事件の銃の入手方法と似てるって」

「そうか。色々報道されたからな。その通り、確かに拳銃だった。海外から小包郵便で来たところを空港で発見されて、中身は別な物に替えていたけどね。そのまま配達させて、受取人を確保する手筈だった」

「その配達会社、ワタベ運輸ですか」

「いや、全く別の会社だ。安川物流でもない。実はね、空振りはあれで2回目なんだよ。理由がわかったら教えてほしいね」

「それは、残念ながらわかりません。シュレッダーの復元はどうですか」

「そっちはまだ時間がかかる。どうだい、全面協力する気になったかな?」

「……月曜日には必ず行きます。もう少し待って下さい」

 それじゃ、と、僕が電話を切ろうとしたところ、忠告を受けた。

「要くん、気を付けろよ。君も桂崎さんや水越さんの二の舞いにならないようにな」


 うだるような暑さの中、県南の、とある町へ向かう。

 古紙回収リサイクル業、印刷、製本、住宅設備、金属加工などの小さな工場が集まっている。土曜日を定休にしているのか、稼働しているのは半分程だった。

 歩道を真っ真直ぐ歩き、町はずれにある建物を目指す。

 遠くに白いバンが路駐しているのが見えた。

 あれっと思った。

 そのバンは、山野さんと配達に行く車に酷似していた。ナンバーも全ては見えないけれど、一部は合っている。

 歩みを遅め、キャップを深く被った。

 近くの路地を曲がり、裏通りから目当ての建物を目指す。


 安川物流の倉庫より古そうな、トタン屋根の、ヒビが目立つコンクリート外壁の建物裏に来た。

 往来する車が途絶えたところを見計らって古いブロック塀を乗り越え、建物との狭い隙間に忍び込む。

 壁に耳を当てても中の音はわからない。

 窓はないのか。

 探しながら側面に沿って正面の入り口へ近づくと、ブルブル動いているエアコンの室外機2台にぶつかった。排水が地面を濡らしている。

 中で誰かが作業をしている。

 そこから建物正面に防犯カメラがないか見てみたけれど、見当たらない。

 安川物流より守りは緩く感じた。

 正面の道路には、まだ、白いバンが路駐している。

 この位置からは運転席もナンバーも見えない。

 念の為、スマホで写真を撮った。

 そんな事をやっていたら、室外機が止まった。

 作業が終わったのだ。息を潜めていると、ガラガラと戸が開き、日本語ではない話し声がして、戸が閉まった。

 3人の東南アジア系と思われる男達が路駐している車に乗り込み、行ってしまった。

 これは動画に撮った。

 僕も戻ろうとして、やはり建物内が気になり、正面に回った。


 さっき、鍵をかける音がしなかった。

 まだ誰かいるのかと聞き耳を立てるも静かだ。もしやと思って錆びた引き込み戸を少しスライドさせたら、動いた。中は暗闇だ。

 鍵をかけ忘れたのか、すぐ戻る予定なのか。

 中に入ろうとしたら、足で何かを蹴った。しゃがんで、目を凝らしたら、金色の部品が暗がりの中に転がっている。

 僕がそれをつまみ上げると、後方から車のエンジン音が微かに聞こえ、慌てて戸を閉めて室外機の後ろに戻った。

 正面にさっきの車が戻ってきて停まり、誰か降りてきた。

 山野さん……!

 首に巻いたタオルで顔を拭き、ブツブツ文句を言いながら建物内部に入り、すぐに出てきて戸を閉め、ガチャガチャと音をさせている。

 鍵をかけている音だろう。

 やはり、かけ忘れていたのだ。山野さんの大きなため息がここまで聞こえる。

 山野さんは、再び車に乗ると行ってしまった。動画では後ろ姿しか捉える事は出来なかった。



 僕は最寄り駅近くのファストフード店に入って休憩を取った。

 暑さ以上に汗をかいてしまった。冷房が効いている店内は天国だ。

 掌で拾った筒状の部品を転がす。

 これが何なのか、形から想像出来るのは、薬莢だった。拳銃密輸事件が先入観としてあるから、どうしても、そう考えてしまう。

 そして、これが薬莢だとすると、密輸よりも密造に思えてきてしまう。

 空振りしている囮捜査は、密輸に注意をそらす為で、本当は造った拳銃を希望者に販売しているのかもしれない。

 あの外国人が現地の職人なら、材料と機材があれば出来ない事はないだろう。

 前に見た報道では組織ではなく個人の売買だと出ていた気がするけれど、小規模でも組織的に製造していると感じる。


 僕はドリンクを飲み終わると、また電車に乗って、とある霊園へ向った。

 沢田遼が眠る霊園だ。

 近くまで来ていたので、けじめのつもりで、一言、詫たかった。

 駅の花屋でお供え用の花を買い、霊園の管理室で場所を聞いた。

 有名人なだけあって、沢田遼のお墓には奇麗な白い花が何本も供えられていた。

 一輪でも大きく、凛として存在感がある。スマホで調べたら、カラーと言う名の花だった。

 僕は自分で購入した場違いな花束を墓石の隅に置いて、謝罪の気持ちを込め、冥福を祈った。


 熱中症危険レベルの西日が照りつける。

 あともう一ヶ所くらいナビの目的地へ行ってみたかったけれど、霊園の静寂が僕の毒気を抜いたのか、気が抜けてしまい、この日はここで切り上げて家へ帰った。


 18時過ぎに帰宅した。

 最近の夕飯は食べてから帰る事がほとんどだったので、母は驚いていた。

 夕飯はまだ出来ていないので、シャワーを浴びてカップ麺を食べると自室に上がった。

 明日は朝から安川物流へ潜入だ。

 ベッドに寝っ転がってウトウトしていたら、スマホが振動して目が覚めた。

 和也からだった。

「あ、要さん、ちょっと、聞いていい?」

 和也の声は焦っていた。

「あのさ、今、お婆ちゃんから連絡来て、姉ちゃん、帰ってないんだって。どうしよう」

「帰ってない?いつから?」

「えっと、今日、夕方……多分4時頃コウジの散歩に行って、さっき、コウジだけ帰ってきたんだって」

 拉致された!

 直感でそう思った。

「警察にすぐ連絡した方がいいよ。この前の、岡村さんの名刺もらってない?」

「もらってる。……あ、携帯の番号があった。連絡してみるよ!」

 通話は切れた。

 井上舞が、真犯人に拉致された。

 きっと、僕を見たという目撃者だ。まさか、コウジを会わせたのだろうか。

 安川社長か、ワタベ運輸の岸本か、スーパー・イソヤマの黒木のうちの誰かだ。

 それとも……。

 僕も岡村さんに連絡しようとしたその時、

 ピンポーンと家のインターフォンが鳴って母が対応した。

 胸騒ぎがした。

 こんな時間にインターフォンが鳴るのは母がよく頼む通販の配達しかないのに、階下で何か揉めている怒声がする。

 ドンドンドンと低い靴音が僕の部屋に向かって上がってきた。

 バアン!!

 部屋のドアが、壊れんばかりの勢いで開いた。

 般若だ……!


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