第17話 襲撃
旅行当日は快晴で、朝から気温が上昇し、すぐに熱中症警戒レベルにまで達した。
行き先は北陸だ。
朝、5時50分に在来線で新幹線が出発する駅へ向かい、新幹線と特急を乗り継いで、11時頃目的地へ到着した。
片道だけで5時間程の長旅だけれど、このメンバーだと苦にならない。
和也に、どうやって学校を休んだのか聞いたところ、「普通に、母親に頼んで、学校へ休む連絡を入れてもらった」と言う。
「よく、OK出たな」
隆史が驚く。
「日頃の行いがいいからね」
和也はそう言って笑いを誘った。
この土地のバスセンターの売店で販売されている目当ての弁当を手に入れた。
バスセンターに発着するバスを物色すると、この先の世界遺産へ向かう観光客とは逆に、再び列車に乗り、鉄軌道王国とも呼ばれる都市に来た。
乗り物同好会としては、ここを外す訳にはいかない。
移動に時間がかかって、15時近かったけれど、出来るだけ多く乗ろうと汗だくで頑張った。遊覧船に市内周遊バス、路面電車に乗った。ファンクラブもある鉄道は、乗る事は出来なかったけれど、撮影には成功した。他にも、城跡で観光用の侍コスプレをしたり、スイーツを歩き食べしたり、日帰り旅行の強行軍ながら、楽しい時間を過ごした。
和也から井上家の内情を聞き出そうと機会を伺っていた僕は、和也の様子がおかしいのに気付いた。
僕らに真顔で話しかけようとしてやめたり、窓の外を見て考え込んだりしている。
心から楽しんでいる様子ではなかった。
何か相談したいのではないかと感じたけれど、充と隆史は、はしゃいでいて気付かない。
結局、僕も、楽しい旅行の雰囲気を壊したくなくて、和也に何も聞く事は出来なかった。
川田雅美みたいな態度を取られたらアウトだ。
こんな時はどうすれば良いんだと、溜息が出る。
夕飯は駅弁を買い込み、朝とは別ルートで帰路につく。新幹線の時間が合ったので、2時間ちょっとで最寄りのターミナル駅に到着した。帰りは早かった。
短いけれど、充実した一日だったと思う。
費用もだいぶかかった。明日から財布の紐を締めないといけない。
「今度はもう少し、ゆっくり回りたいな」
鉄道の写真を撮りまくっていた隆史が感想を述べた。
21時半と、中途半端な時間だったので、どこか店に入って今回の活動をもっと振り返りたい気もしたけれど、明日も学校がある和也の事を考えて、そのまま駅で解散になった。
僕はターミナル駅から在来線で15分程の地元の駅へ移動し、駐輪場から自転車を出すと、和也にメッセージを送った。
『何かあった?話なら聞くよ』
さて、どんな返信が来るか。
5月のバーベキュー帰りに車で轢かれそうになって以来、用心の為に、駅から家までは自転車で行き来するようになっていた。
帰る方向の同じ人達が一人、また一人と消え、僕一人になった。
深夜でもないし、警戒心はゼロだった。
北陸の風景を思い出して余韻に浸っていると、暗がりの中、曲がり角から突然人が出て来てぶつかりそうになってしまった。
急ブレーキで間一髪、ぶつかる前に止まった。
僕がホッとしていると、
「すみません。大丈夫ですか?」
すぐに相手の人物が謝りながら僕に近づき、素早く何かを当ててきた。
「うわっ!?」
全身に痺れがきて、自転車から落ちてしまった。
スタンガン!?
相手を見ると、この暑いのに、ジャージの襟を首元まで上げ、キャップに太い縁メガネ、こめかみから顎全体にヒゲを生やした男だった。
手袋をはめた手にスタンガンが握られている。
男は僕を無理矢理起こすと、曲がり角の先に停めてあった車に引きずり込もうとする。
抵抗すると尚もスタンガンを当てようとしてきた。
こっちも必死なので、殴り飛ばそうと手を無茶苦茶に振り回したところ、ヒゲの一部が剥がれた。
付け髭……?
相手が怯んだ一瞬を突いて蹴り飛ばし、離れる事に成功した。
ところが、痺れが効いていて思うように逃げられない。
すぐに追いつかれて、蹴り倒された。
まずい……!
「おい!要か!?何してる!」
その時、後ろから声がして誰かが自転車でやって来た。
スタンガン男は舌打ちして車に駆け込み去って行った。
すぐに街灯のある道を曲がったので、僕には、はっきりと車種がわかった。
「要!大丈夫か?」
来てくれたのは六原さんだった。
前回の訪問で六原さんの部屋に学生証を落としたらしい。
今日の警備の仕事がこの近所だった為、僕の家のポストに入れておこうと持って来てくれたのだった。
「……今の、お前に濡れ衣を着せようとしている奴か?」
「多分……」
さっきの車は、井上舞が乗っているのと同じ車種だった。
ただ、ホイールのセンターキャップに模様があった。
通常はメーカーのロゴが入っているけれど、ホイールと同色で目立たない様に、龍の絵柄になっていた気がする。
その龍を僕は以前、見ている。
5月の通り魔もあの車だ。
「一部だけど、ナンバーを覚えているから」
六原さんが教えてくれたのをスマホにメモした。
この時、和也から返信が来ているのに気付いた。
『相談したい事があるから、これから会えませんか。』
和也はさっきのターミナル駅にまだいる。
痛む体を起こした。
「警察、行った方がいいんじゃないか。どうするかはお前の自由だが、向こうは本気に見えたぞ。今のは俺も証言出来るし、一緒に警察へ行ってもいい」
六原さんは自転車を起こして途中まで送ってくれた。
「考えます。その時になったら連絡します」
六原さんは頷いて仕事先へ向かった。別れ際、「バイト先、安川物流だったよな」と、聞かれた。
「はい」
「仕事、キツくないか?そこに引き抜かれた元ホームレスの山野って夫婦がいると思うんだが、他の奴が久しぶりに旦那に会ったら激痩せしてたって話だ」
山野さんが?
「僕は週3しか入ってないのでわからないです」
「そうか。何にしても気を付けろよ」
六原さんの姿が見えなくなると、急いで駅に引き返して電車に乗った。
ターミナル駅のファストフード店で和也の姿を探すと、一番奥のカウンター席に、背中を丸めて座っているのが見えた。
「呼び出してすみません。終電大丈夫ですか?」
僕は1時間後、和也の使う私鉄は、あと、40分後が終電だった。
僕は適当に飲み物を買って座り直すと切り出した。
「今日、ずっと元気なかったから気になってたんだ。相談て?」
「……姉ちゃん、サークルにちゃんと出てますか」
「来てるよ。この前もいたよ」
和也は安堵の表情になった。
「良かった。実は姉ちゃん、家出したんです」
「家出?」
舞は日曜日に父親と口論になり、家を飛び出した。月曜日に和也は高校へ行ったけれど、気持ちが不安定で午後には早退して帰宅した。
帰宅すると舞が戻って来ていて、荷物をまとめてコウジを連れ、車に乗せて再び出て行き、翌日の朝、車だけ戻って来ていたという。
和也は月曜日に早退してから高校には行っていない。今日、旅行を許してくれたら明日の金曜日は必ず登校すると母親に頼んでいた。
「何で、家出なんか?」
「実は……、言いにくいんですけど、ウチの母さんが殺されたせいなんです」
僕の予想した通りだった。
予想した通りなのに、和也の口から、実際に「殺された」と聞くと、背筋が寒くなった。
「それって……今の、お母さん、は……」
特に意識もしていないのに声が震える。
「すみません。重すぎますね。こんな話」
和也は諦めた風に言って、今までの経緯を話した。
3年前、母親の水越明子が通り魔に刺殺された半年後に父親から再婚話を打ち明けられ、引っ越した。
離婚の話は今までにも母、明子から聞かされていたから驚きはしなかったけれど、こんなに急に再婚して、しかも妹が生まれるとは思いもしなかったそうだ。
その頃から反発して、通り魔犯を探したい舞と、警察に任せたい父親が口論する様になった。
父親は離婚する予定でいた母、明子の為に、躍起になって犯人探しをする気にはならなかったのだろうし、今の奥さんにも配慮したと思われる。
「そのうち、父さんが保険金目当てで殺したんじゃないかって噂が出て。父さんはその日、夜勤でいなかったし、報せも病院で受けてるから絶対に犯人じゃないんです。でも警察から、自転車通り魔の他に、別人が刺した可能性があるって見方が出て来て、調べ始めたんですよ」
そういう見方をする刑事がいると知って、申し訳ないけれど、僕には少し、希望の光が見えた。
和也の話は続く。
疑われた父親は動じなかったらしい。
そう思われるのは覚悟の上だったのか、自らスマホやパソコンや通帳等を提出したそうだ。
救急医療も請け負っている病院の医局事務勤務の為、夜勤がある。アリバイは動かし難く、誰かに依頼したという線で調査が入ったけれど、連絡を取った形跡も、報酬を支払った形跡も無かった。
ネットバンク、暗号通貨の可能性も白だった。
疑われていた保険金は、水越明子が自分で掛けたもので、1円も使われずに舞と和也の預金口座に入っていた。
「だから姉ちゃんも僕も納得したんですけど、結局、振り出しに戻ってしまったんです。犯人は誰なんだって。そうしたら去年、沢田さんていう人が来たんです。母さんが刺される前に、犯人はもう一件、通り魔やったらしいんですけど、その被害者のお母さんていう人が、姉ちゃんの相談相手になってくれたんです」
やっぱり、沢田と舞は繫がっていた。
「父さんは消極的だったから、姉ちゃんと沢田さんで色々探してたみたいです。そのお陰で、父さんに対する戦闘モードは無くなったんですけど」
沢田弓子が入院した時期から舞も不安定になる事が多くなった。
「姉ちゃんは警察に任せきりにする父さんにかなり苛立ってましたね。本当は、やっぱり父さんが犯人なんじゃないかって言っちゃって。流石に父さんも怒鳴り返して」
ついに、舞は家を出た。
母、明子の実家、つまり、自分の祖母宅に身を寄せたらしい。
僕も、父親が巧妙にアリバイを作ったり、実行犯を用意したのではないかと勘繰った。
けれど、次の和也の一言で全てが崩れた。
「僕は父さんが犯人じゃないって思ってます。そんな事が出来る人間じゃない。それに、僕は犯人を見てるんです」
和也は僕を見た。
まさかと思った。
僕は息を飲んだ。
「……見たって……、いつ?」
「コウジが吠えたんです。珍しく。あの時はまだ外の犬小屋で飼っていて。僕は寝てたんですけど、起きて、カーテンを開けたんです。そしたら、ジョギングしている人を見たんです」
「ジョギング?」
緊張が少し解けた。
「最初、そう思ったんです。ジャージを首元まで上げて、キャップを被っていたから。メガネとヒゲが暑そうだなって思ったのを覚えているんです」
緩んだ緊張の糸が、またすぐに張り詰めた。
スタンガン男じゃないか……!
「それで、どうしたの?」
和也は力なく頭を垂れた。
「何も。僕、コウジがそのジョギングしてる人に吠えたんだと思って、……また寝てしまったんです。バカですよね。おかしいっておもうべきでしたよね。その一時間後に警察が来たんだから」
「それ、警察には?」
「言いました。姉ちゃんにも言いましたよ。でも、何にも分からないんです。僕、どうしたらいいですか。姉ちゃん、沢田さんが来てる時も、僕には勉強しとけって言って、仲間に入れてくれなかったけど、でも、本当の理由は違うんです。この前言われたんですけど、お前は裏切り者だから一緒には出来ないって。僕、どういう立場を取ったらいいのか」
「裏切り者?」
「僕が、今の母さんと、妹と上手くやってるのが気に入らないんですよ。お前は父さん寄りだからって何も教えてくれない」
和也は、舞から裏切り者と呼ばれたのが相当、こたえている様子だった。
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