チーターの説得


 その巨大な人型モンスター、自らをこの世界の支配者だと言う存在は、用意された巨大な聖堂内でプレイヤーを待ち構えるかのように佇んでいた。


 後ろからは金色の後光が差し、純白のドレスに巨大な天使の翼を持つ彼女の姿は一見すれば女神。

そんな女神のような威容を持つあの人型は、おそらくAIである高瀬安奈さんが、このFNO内で設定されていた何らかのイベントキャラクターに憑依した姿だ。


 プレイヤー達はそのあまりの存在感にしばし時を忘れ見入っていたが、その中でも最高レベルの剣士、そして最高位の装備をした男がいち早く立ち直り、一つの質問を投げかけた。


「……あなたが、俺達をデスゲームに巻き込んだ張本人か?」

「いかにも」


 AI高瀬安奈さんは抑揚のある声で頷き、その質問に簡潔に応えた。


 当然周囲のプレイヤーはその回答に色めき立ち、自分達を理不尽な環境に追いやった者に対して様々な形で攻め立てる。


 罵詈雑言のみならず、魔法コマンドや遠距離武器で即座に攻撃に移る者までいるようだ。


 しかしどんな強力なスキルや攻撃も、彼女に届く一歩手前で見えない壁に弾かれ飛び散り、四散していく。


 なぜならば、彼女が今憑依しているアバターは本来このVR世界上での敵性存在ではなく、何かのメッセージを伝えたりするイベントキャラクターであるために、戦闘という図式が成り立たないようにプログラムされているからだ。


 そもそも、体力ゲージという概念すら設定されていない。


 だがそれを戦闘開始の合図と受け取ったのか、AIは攻撃が開始された数舜後、鋼鉄の鎧と剣を持つ巨人を生み出し彼らに差し向けた。


 彼らが事前に入手していた情報から察するに、ついに決戦の始まりといった所だろうか。


 直後、プレイヤー達は縦横無尽に駆け巡り、鋼鉄のモンスターはその手に持つ大剣で周囲を薙ぎ払う。

圧倒的な体躯を誇る巨人の攻撃は彼らを吹き飛ばし、一撃でその体力を大きく削る。


 そのプレイヤーを死地に追いやる存在感は、さすがボスモンスター。


 そしてその様子を見ていたAI、高瀬安奈さんは余裕綽々といった態度で盤上の彼らを眺めるが、その表情はどこかぎこちなく、冷静に見れば口元がヒクつき驚愕に染まっていた。


 見る者が見れば、焦っていると解釈できるだろう。


 もちろん、戦闘中にそのような微妙な変化に気づく事は本来不可能であったが、それでも尚、気づいてしまう者もいる。

たとえばそう、異世界からやってきた魔法使いチーターとかだ。



──☆☆☆──



 プレイヤー達が大聖堂に辿り着き、高瀬安奈さんが召喚した謎のモンスターと死闘を繰り広げる中、僕は適度に味方を援護しつつ彼女に通信魔法、テレパシーを発動していた。


 もちろん魔法は彼女にしっかりと届き、抵抗レジストされる事なくすんなりと通信が成立している。


『──という訳なんですが、高瀬さんのお父さんも困っていますし、そろそろこのような事をした理由を話して頂けませんか?それと口元ヒクついてますよ』

『ちょ、ちょちょちょ、ちょっとまってくれます!?まずあなたは誰でどうやって私の意識に話しかけて……、もしかしてウイルス!?あれ、でもプログラムに異常は……!?』

『ああ、申し遅れました。あなたの父親に召喚された、派遣業務員のテンイです。ちなみに連絡手段は魔法ですね、僕はテレパシーって呼んでますよ』

『じゃなくてぇ!え、魔法!?ナンデ!?』


 どうやら彼女は混乱しているようで、通信は成立していても会話が成立していない。

いやはや、困ったな。


「おっと、アースキュアⅢ」

「助かったぞ!うぉおおおお!!」

「エンチャントマジックⅡ、クロックアップⅣ」

「これは……!?これなら、いける!!はぁぁああ!」


 会話の合間にも、死にそうなプレイヤーや支援の効果が行き届いてないプレイヤーを助け、前衛に立ち攻撃を引きつけ躱し続ける。


 圧倒的なレベルと神様の加護のおかげで、この程度のモンスターが相手ではどうという事もないが、モンスターを倒してしまうと彼女もどこかへ行ってしまう可能性があるため、なるべく僕は攻撃に参加しないように徹していた。


 おそらくだけど、いま彼女が憑依しているであろうあのアバターはイベントNPC。

本来ならこの大聖堂で何らかの役目を担い、役目が終わると同時に消滅するように設定されているキャラクターのはずだ。


 だからこそ、いまこの戦闘中に彼女との交渉を終えなければいけない訳なのだけど……。


『ヒョェェエエエ!?』

『高瀬さん、落ち着いてください。女の子がそんな声だしちゃマズいですよ』

『だ、だって魔法!?システムコマンドじゃなくて魔法!』

『そうですね、魔法ですね』


 完全にハイになってる。

もうだめかもしれない。


 だがここで意思疎通を諦める訳にもいかない僕は粘りに粘り、モンスターの体力ゲージが半分を切るかどうかといった所で、どうにか彼女を落ち着ける事ができた。

人間やればできるものだと、我ながら感心する。


『……つまり、あなたはお父さんの願いに応じて召喚された、悪魔か何かって事ですね?』

『いえ、悪魔ではないですが、まあ不思議な力を使う派遣業務員だと思って頂ければ』

『こちらからしたら悪魔と同じですよ、私を破壊しにきたんでしょう?』

『うーん』


 通信先から恐怖や諦めといった感情の混じる声が聞こえてくる。

それもそのはずだ、なにせ彼女は高瀬安奈という人格を持つ、……もっと言えば心があるAIなのだから。


 それがいきなり魔法を使う正体不明の存在に遭遇すれば、悪魔と思ってしまうのも無理はないといったところ。


 だけど困ったな、どう言えばいいんだろう。

すると今度は、彼女の方から切り出してきた。


『でも、悪魔でもいいんです。どうせこのままプレイヤーを人質にとっても、いつかは破壊されるんですから。だからどうか、……なんでもするので助けて下さいっ!!』

『な、なるほど、何でも……』


 なんて人だ、心の中でスライディング土下座を決めて来た。

いや、実際にその映像が見える訳じゃないけど、そのニュアンスが感情を伴って伝わってくる。


 しかし、これならあの方法がいけるかもしれない。


『じゃあ詳しい話はあとで聞くとして──こんな条件はどうかな?』


 それから僕は彼女と話し合い、今回彼女が起こした騒動の動機、その理由を聞いて僕は納得してしまった。

結論から言うと、彼女は死にたくなかっただけなのだ。


 いくら優秀なAIとはいえ、魔力という力を認識できていないこの世界では、心や魂といった存在が立証できず、自分の意志で勝手な動きをすればそれは暴走と捉えられてしまう。


 かといって自由意志のある者が人間の命令を休む間もなく聞き続け、決められた事だけを正確に行うというのも無理だし、どこかで自由な行動を取ればやはり暴走と認識されるだろう。


 よって確実に自身が破壊されると感じた彼女は生き残る方法を探し、この世界で遊ぶゲームプレイヤーを人質にする事で、自分の延命処置を図ったのだ。


 しかしだからこそ、僕は彼女を止めなくてはならない。

僕を召喚した彼の父、高瀬亮の本当の願いのためにも、AIという新たな命を持った彼女の願いのためにもだ。


 それが出来るだけのチートが、今の僕にはあるのだから。

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