第50話


 パチン……というラップ音のような小さな音と、ガラスが次々に割れていくような音がコロシアムに響いた。


 ラップ音は俺が指を鳴らした時のもの。そして、ガラスが割れるような音は俺を取り囲んでいた魔法剣とベルゴールが纏っていたゴールデンウォーリアが粉々に粉砕した音だ。


「へ……?」


 これには流石の奴もポカンと口を開けたまま固まってしまった。

 観客席からもどよめきが聞こえる。


 何が起きた!?とか、何で消えたんだ!とか。


「な、な……」

「ん?」


 ベルゴールはまるで金魚のように口をパクパクさせながら、何やら言いたげにこっちを指差す。


「何をしたぁぁぁっ!!」

「うおっ!!」

「僕の、僕の魔法剣とゴールデンウォーリアを消すなんてありえないっ!!」


 ビックリした~。

 急に大声で叫び出すんだもの。

 ってかありえないって実際にあり得てるじゃん……。


 でもまぁ、答え合わせくらいはしてやるか。

 俺はもう一度パチン……と指を鳴らす。


 すると地面の至る所が光だし、長方形の紙……つまり魔符が特殊な紋を描くようにして地面に浮かび上がった。


「な、何だこれは……」

「魔符で造った魔法陣結界だ」


 魔法陣結界というのはまぁその名の通り魔法陣を象った結界だ。

 普通は大規模な魔法陣を展開して結界の効果を発揮させる。

 だが俺にはその魔法陣を展開させるための魔力が絶望的に足りない。


 そこで思いついたのが魔法陣の展開の過程を魔符で行うということだ。

 魔符は1枚で効果を発揮させるか、それを組み合わせて効果を増大させるかの2種類ある。

 俺は後者で108枚の魔符を使って地面に魔法陣を描き、効果を発揮させたというわけだ。


 ちなみにこの魔法陣結界の能力は【無効化】である。

 結界内にある魔術を全て強制的にキャンセルさせることができる。

 俺は奴が魔法剣を使い始めた辺りからこの魔法陣結界を創るため、奴に気づかれないように地面に魔符を設置していた。

 無駄な動きはコロシアム全体を使って魔法陣を展開させるため、そしてそれを悟られないように無駄な動きで誤魔化していたってわけさ。


「バカな! いくらなんでもそんなに多くの魔符があったら気づくに決まっているっ!!」


 フム……中々ナイスな指摘だ。

 確かにこんな大規模な魔法陣を魔符で造ったらすぐにバレる。


 だから……。


「俺は結界の魔符の上にこいつを重ねて地面に設置していた」


 袖口から1枚の魔符を取り出して見せた。


「こいつは【隠蔽】の術式が刻まれた魔符。これを使って結界を認識されないようにしたのさ」


 だから結界魔法陣が作動した時にこの魔符が無効化され見えるようになったってわけだ。


「もちろんそれだけじゃない」


 いくら見えなくても気づかれる可能性はゼロじゃないし、攻撃の際に破壊される恐れもある。

 だから奴の攻撃を設置している場所とは違う方向に誘導するように動いていたし、念のために防御タイプの結界符も重ねて使って対策をしていた。


 まぁ、半数近くは取り替えないといけないとは思っていたが、特に必要なかった。


「つ、つまり僕は君の思い通りに動いていたってことなのかい?」

「そゆこと」


 奴は震える声で恐る恐る聞いた。

 俺は素っ気なく、しかしはっきりと告げてやった。


 まぁ、普通ならこんな作戦使おうとは思わない。

 どう考えても成功する確率は低いし、成功したとしてもかなりの時間が必要だ。


 だが、敢えてそれを俺は行った。

 他に作戦が無かったわけじゃない。

 ただ、最終的に精神的ダメージが大きいはずだ。


 つまりは奴がムカつくから、気に入らないから、ただそれだけの理由。

 俺は正義の味方ではない。

 だからこそ、気の赴くままに行動する。

 だから今回も自分の意思で動いた。


 序盤から俺は奴をからかい、切り札で優位にたったと思わせておいてすぐに立場を逆転させる。

 そして最後の大技さえもアッサリと無効化する。

 優越感に浸っていた奴をてっぺんから落としたのだ。奈落の底に。


 ただ、それだけのことだ。

 しかし……いや、だからこそ……


「お前はみじめにそこに立っているんだよ」


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