ゆめうつつ ~追憶の七色~

虹音 ゆいが

プロローグ

1、1年3組の日常

「というわけで、厳正なる投票の結果、栄えあるメイドは坂井、眞鍋、そして音無律おとなしりつさんに決まりました。はい、みなのもの拍手~~!」


 わぁっ、という歓声と湧き上がる拍手。中でも男子たちの盛り上がりは凄く、野太い声でにわかに教室が騒がしくなる。


 この異様な空気に急かされるように、坂井さん、眞鍋さんが立ち上がる。内気な坂井さんは周りを窺いながら恐々と、ノリの良い眞鍋さんは意気揚々と。


 そして私、音無律はと言うと、


(……ホントに?)


 半ば放心状態で、黒板に刻まれた投票結果を見る事しか出来ないでいた。


 市立西塚にしづか高校は、今週末の日曜日に文化祭を控えている。その準備で放課後は賑わいを見せ、学校全体を覆う熱は日に日に増し、残り一週間を切った月曜日の今日も当然ながら衰える事は無い。


 私のクラス、1年3組は今年、カフェのような店をする事になった。食材の手配は担任の協力を得て終わらせ、今は内装に必要な小物を作っている最中。けど、いつもは内職に奮闘している放課後の今、急遽こんな集会が催された。


 すなわち、看板となるメイドを決める為、だ。


「ほら音無さん、立って立って!」


 文化祭実行委員の小宮川こみやがわ君が促してくる。私は慌てて首を振った。


「いや、その……私、そういうのは、ちょっと」

「そこを何とか!」


 メガネをくいと押し上げながら、小宮川君が迫り来る。何というか、迫真の表情で。


「一年でこういう出し物をしてるのは三組だけ! けど、二年はこれで二度目だからもっと気合入れた、完成度の高い出し物をする事が予想されます!」

「う、うん……それは、分かるけど」

「だからこそ、目玉となる要素が必要なんです! すなわち、メイド!」


 何でだ。別にメイドカフェじゃないのに。


「分かってます、メイドカフェじゃない、ってツッコミは! けれど! だからこそ! 客達の意表を突き、評判を生むはずなのです!」

「……でも、それが私である必要はないと」


「何を仰いますか!? むさ苦しい野郎どもの接客ではときめきません、選ばれなかった無個性な女子どもでは何の話題にもなりません。ぶっちゃけて言えば、綺麗どころにメイドをして頂かなくてはならないのです!」

「小宮川~? あとでちょぉっとお話しよっかぁ?」


 甘く、凍えた声が全方位から小宮川君に突き刺さる。うわぁ……笑ってない笑顔ってあるんだなぁ。


 さしもの小宮川君も鼻白んだかに見えたが、それでも言葉の勢いは衰えない。


「これはあなただからこそ出来る事なのです。坂井、眞鍋、そして音無律さんにしか出来ない事なのです。ですから、なにとぞ!」


 なぜ私だけフルネーム。なぜ私だけさん付け。なぜ全て敬語。……いつもの事だけど。


「わ、分かった……やり、ます」


 色々思う所はあったけど、ここまで言われるとイヤがっている自分がおかしいような気すらしてきた。こくんと頷き、おずおずと立ち上がる。


「さすがは音無さん! よし、みなのもの! これで文化祭当日の売り上げ一位は決まったようなモノ、一丸となって勝利を勝ち取ろうじゃないか!」


 芝居がかった語り口の小宮川君。文化祭の熱に浮かされているようにも見えるが、残念ながら平常運転だったりする。だからこそ実行委員なんて面倒な仕事を率先してやっているわけだけど。


「……でも、小宮川君。衣装は、どうするの?」


 今ならまだ、この勢いだけで話が進んでいる感じを思い留まらせる事が出来るかもしれない。そんな淡い希望を胸に、問う。


 メイドをやる以上、メイド服は必須だ。一から手作りする時間なんてないし、かと言って新たにメイド服を、しかも3着も買う経費が学校から出るのも期待できない。


「ふっふっふ。そこに抜かりはないのだよ!」


 と、今度は教室の外から芝居がかった声。


「あ、舞花まいか。そう言えば、投票の時にいなかったね」

「今気付くとか、ひどい! ひどいよ! ウチは律を親友だと思ってるのに、律はそうじゃなかったの!?」

「まぁ、時と場合によるとしか」

「時と場合によらない友達を親友と呼ぶの!」


 もぉ、と頬を膨らませて教室に足を踏み入れる小柄な少女――――鈴藤舞花すずふじまいか


 緩やかにカーブした、ミドルの茶色がかった黒髪。ぱちりと大きく見開かれた瞳。笑った時に覗く八重歯。艶の乗った唇は可愛らしく、全体的に幼い風貌。


 パッと見た感じ、元気に溢れて快活そうな印象を受けるが、実際にはそれを二回り近く快活にした小動物、って感じだ。つまり、ちょっとウザい。


 そんな舞花は、小宮川君の横に立って無い胸を張った。


「先程ウチは文化祭実行委員会本部に乗り込み、メイド服に関しての予算が欲しい、と泣きつきました……が、2秒で却下されました」

「なに!? 話が違うぞ、鈴藤!」

「まぁ待ちたまえ、こみやん。予算は下りませんでしたが、メイド服に関しては何とかなります。偉大なる先人達のおかげで!」


 舞花の話を総合するに、どうやらこの西塚高校では毎年のようにメイドカフェを出し物に選ぶクラスがあったらしい。そこで学校側は、毎年メイド服代を請求されては敵わない、という事で学校の備品としてメイド服を取り寄せたらしい。


 それらのメイド服を着回す限りであれば経費は一切かからない。加えて、一周回って飽きたのか、メイド服を使用するような出し物が今年は他に無かった。


「だから、3人分のメイド服を揃えるだけなら楽勝。そこに、クラスの独自色として細かくアレンジを加えて行けばそれで十分じゃないかな?」

「なるほど……なるほど! 完璧な仕事ではないか、鈴藤よ!」


 どこの悪役だ、とばかりに笑う小宮川君。今日も絶好調だ。


 こう見えて彼は学年で一、二を争う成績を誇る秀才であると同時に、他の学年からもかっこいいと噂される程の傑物だったりする。なぜ天は二物どころか余計なモノまで与えてしまったのか。


 なんとも悔やまれる話だ。私がそんな失礼な考えを巡らせている事になど勿論気付かず、小宮川君は右の拳を固く握りしめ、突き上げた。


「いざ行かん、勝利の向こう側へ! 女神の笑顔はそこにあるぞ、みなのもの!」

「レッツメイドパラダイス!」


 小宮川君の訳の分からない勝利宣言と、舞花の意味不明な同調。そればかりか、クラスのほとんどが同じように声高らかに鬨の声を上げる。


 今日も平和だなぁ。他のクラスから変態の集まるクラス認定を受けている事を思い出しながら、私は細く息を吐いた。

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