[戯曲]藤色の空、富士山の頂きで

@Motoki_Sho

下書き

 $第一場$


○暗転

 からのスポットライト1,2


男N「生きる意味とは何だろうか?

そもそも意味はあるのだろうか?

いや、ある。

生まれてから初めて与えられる意味は、名前」


女N「人生はよく山に喩えられる。

ある登山家は、山に登る理由をこう答えた。

『そこに山があるからさ』

これに対して、

『山は、人生に似ている。目先の小さな目的に捉われず、その山の頂上を目指し、ただ一生懸命のぼればいい。それが、充実した人生を過ごす秘訣なのだ』

なんて高尚ぶって理解しようとする。


でも本当は違う。

インタビュアーの質問がうっとおしくて、登山家がテキトーに答えただけなのだ。

ただ登りたいから登るだけ。


もし、さして登りたくないのに山に登る者がいたら、それはどんな理由だろうか」


男N「地上に愛すべき家族がいるのに」


女N「働ける仕事があるのに」


男女N「そう、今の私達は・・・」


○暗転

○音楽

OP。


 $第二場$


○明転

男一人板付き

女スポットライト

男:女=7:3くらいの注目度。


男「ふー。やっと三合目か。

意外と時間が経つの早いな、もう日が変わるのか。

一人も悪くない。

孤高の登山家、加藤文太郎を思い出す」


女N「男は、日本有数のメーカー企業に勤めていた。

給与は安定、必ずもらえる週末休み。

住みやすい郊外都市で不自由なく、職場の後輩と結婚して、身の丈に合った円満な家庭を築いていた。

外から見れば順風満帆、幸せそのもの。

それでも男には悩みがあった」


男「生きる理由が分からない。

俺は恋に落ちたから結婚したのではなく、

夫という肩書きが欲しかったから、結婚したんだ。

自分のチンケなプライドを満たす下心さ」


○暗転

 のち明転

○妻役、女役と区別するため、眼鏡をかける、髪を結うなど外見変化


妻「よーち、よーち。

もうすぐお外に出られるからねー」


男「予定日、もうすぐだっけ」


妻「あと一か月。

 陣痛は怖いけど、新しい命・我が子に会えると思うと胸が高鳴るわー!!

 ねえ、決めてくれた?」


男「え?」


妻「名前」


男「あ・・・。

 こういうのって、向き不向きがあると思うんだ。

 俺じゃなくて、五藤部長に決めてもらおうぜ」


妻「もう、しっかりしてよ!

 人の名前、ひいては一人の人生のスタートなんだから!

 パパが男らしくバチっと決めるって約束じゃない!」


男「そういっても俺こういうの苦手だし・・・」


妻「苦手でもやるの。我が子のためなら、それでも矢面に立つのよ。それが親ってもんでしょ。

  大体!」


男「わかった、わかった!出産までに決めるから。

 今はもうカンベンしてくえ、出張続きで疲れてんだよ。

 それより聞いてくれよ」


妻「(それよりって・・・)何?」


男「今、松江を部下にして教育してるんだよ。お前の同期だったよな?」


妻「ええ」


男「アイツさあ、なんなんだよ。

 仕事の覚えは悪いし、ミスも多くて作った手順書使い物にならねーし。

 ムダにポジティブだから皮肉を言っても分からねーし。

 そのくせ、部長に気に入られて!

 なんでアイツばっかり!」


妻「あのね、松江くんはずっと年下でしょ?

 確かに彼は器用なタイプじゃないし、世間ズレしてるところもある。

 けど、彼は仕事を楽しんでる。

 こればかりは趣味の問題なんじゃない?

 そもそも、ベテランが若手と張り合ったってしょうがないじゃないの」


男「ダメだ!!このままだと次期プロジェクトの主任が万が一にでも、億が一にでも、俺じゃなくなるかもしれない。

 アピールが足らない。

 やはり転職組は不利か。途中入社だから、組織への忠誠心が足らない?

 もっと松江を教育して、”教育熱心な上司”を演出しないと・・・」


妻「バカ!人はモノじゃないの!

 そんな下らないこと考えるんだったら、もっとこの子のことも考えてよ!

 むしろそっちで松江くんに負けてるわよ!」


男「何」


妻「忘れたの?この子授かった時に一番最初にお祝いくれたの、サトシくんだったじゃない!」


男「は?ケンカ売ってんのか?

 何で俺が松江を、お前の元カレをそこまで立ててやんなきゃいけねーんだよ!」


妻「今、私はあなたの妻で、サトシくんは部下でしょ!?

 付き合ってたことはもう関係ない!」


男「おい、俺が出張してる間になんかあったんじゃねえだろうな」


妻「どうしてそんなこと言うの?

 私にはあなたがいる。あなたの子供がいる。

 私たちのこれからが大事だから!こんなにも叫んでるの!!


 そして松江君はあなたが育てるべき人の一人でしょ!!

 そんな、そんな人を疑うような物言いはないわ!

 これから父親になる人間の言葉とは思えない!!!」


男「お前に何が分かんだよ!!!!

 お前ら暮らしのために俺が、俺が、俺が!どれだけ苦労してると思ってんだよ!

 必死こいて上司にこびて、毎日日が変わるまで残業して、一年の半分は東北に出張して!

 お前は俺を奴隷にしたいだけだ!!!」


妻「そんなこと言ってない!!

 自分の現状がとっても辛いのはわかる。でもそれは私も一緒。人のせいにしないで!!

 私ならまだしも、この子まで憂いの慰みに使うのはやめて!」


男「俺はそんな小さい男じゃない!」


妻「なりかけてる!

 お願い、昔みたく戻って!」


男「お前、俺が劣化してるって言うのか?」


妻「だから!どうして分かってくれないのよ・・・。

 このロクデナシ!」


男「何だと!」


妻「何よ!」


男妻「・・・・・・」


男「俺の生きる意味って、なんだよ。

 散々苦労してお前たちを養っているのに、さらにこの上俺に奴隷になれって?

 なあ、俺が生きてる意味ってなんだよ?

 これ以上、俺にどうしろってんだよ」


妻「私が知るわけないじゃない。

 甘えないで」


○暗転

 のち明転

男一人板付き

女スポットライト

男:女=7:3くらいの注目度。


女N「そしてその日は訪れた。

午前中に会社のプレゼンを終え、病院に駆け込む男。

高鳴る鼓動、汗ばむ手のひら。


妻の出産日だった。


体重3.65kgの女の子。

男は父親になった。


同時に。

男は、新しいプロジェクトの主任になる、はずだった。

資質も人望も十分、勝算はあった。

しかし主任になったのは、手塩にかけ育ててきた、ずっと年下の後輩だった。


男は後輩を祝福できる器量はあるが、憎しみを抱かないほど大人ではなかった。

男は、ここに来て限界だった」


男「わずかな優越を得ていた仕事では、後輩に劣ると烙印を押された。

俺は今まで懇切丁寧に教えた子に、使われるハメになる。


そして、夫婦二人だけの家庭に、子供がやってくる。

俺に一人の人間を育てることができるのか?

フワフワとまわりに沿って生きてきた俺に。

生き方を伝えられるのか!?

自分の生きる道さえ決まっていないのに!!

新しい命!

愛すべき娘に!!

なんと名前を付ければいいんだ!!!」


女N「男は気づくと、深夜の富士山を登っていた」


○暗転


 $第三場$


○音楽

雰囲気変え

○明転

女一人板付き

男スポットライト

女:男=7:3くらいの注目度。


女「あー!足があがんない、疲れた。

一休みしよ」


男N「女は25才。

短期大学を卒業後、デザイナーとして生計が立ってきた。

やりたいことがやれていた。

そして・・・。


初めて相手を意識したのは、中学三年・高校受験のとき。

容姿は悪くなく、趣味が合い不満もなかったので、高校進学の際付き合い始めた。

それからずっと、一緒だった。

あの日も、あの日も、あの日も、あの日も、あの日も、あの日も、あの日も、あの日も・・・。

そしてやがてある考えが浮かぶ。

結婚か。

自分はデザイナーの職を得て、やりたいことをやれている。

相手は気心知れて、悪くない。

それでも不安がよぎる」


女「このまま、このまま。

ずっと同じ毎日が続くの?

結婚して、子供産んで、独り立ちして、老いて、死んで・・・」


○暗転

 のち明転

○彼役、男役と区別するためジャンパー着る、眼鏡つけるなど外見変化



女「ねえ、仕事どう?」


彼「どうって、何が?」


女「楽しい?」


彼「楽しくない・・・。でも悪くない。固定給万歳」


女「ふーん」


彼「何だよ?」


女「高尾山、楽しかったね」


彼「そうだな」


女「アタシ、これからどうしようかなって」


彼「唐突だな・・・、これから?」


女「そう、これから。

 アタシもそろそろ20代後半、わかるでしょ?」


彼「なるほどね。結婚かー」


女「は?」


彼「え?」


女「なんやそのナメた態度は!!

 こちとら人生かかっとるんじゃ、真剣にやれや!!!!」


彼「う、ご、ごめん・・・

 そんな怒るなよ」


女「ホント、コイツ大丈夫かな?」


彼「ひどい言い草だ」


女「あんたに将来性感じないのよ」


彼「言い直すなよ」


女「アニメの主人公みたくかっこよく告白できないの?」


彼「うるせーよ」


女「まったく、夢もキボーもありゃしない」


彼「はいはい」


女「・・・」


彼「なんだよその目は。これだけツーカーの仲で、今更そんな告白したってサムイだろ」


女「もー、そういう態度がいけないのよ。もっと情熱的にさあ」


彼「実際、サムイだろ?」


女「?

 ちょっとまってガチで言ってる?」


彼「ああそうだよ」


女「え?え?え?」


男「おかしいか?」


女「アンタ、あたしのことなんだと思ってるの?」


彼「ん?彼女だろ」


女「それ以上は?」


彼「それ以上?

  以上も以下もないだろ。

  慣性の法則に従って付き合い続けてる俺ら」


女「え、ねえ、ほんとにそう思ってるの?」


彼「そうだよ」


女「・・・」


彼「だからなんだよその目は」


女「ねえ、聞いて」


彼「なんだよ」


女「私、もうあなたと一緒に居られない」


○照明変化 or 音楽


彼「何それ」


女「別れよう」


彼「・・・どうして。今まで充分楽しかったじゃないか」


女「うん。楽しかった。ホント、楽しかった。

 でもさ、もう終わり」


彼「だから、何でだよ」


女「・・・。・・・。・・・。

 アンタなんて、元々タイプじゃなかった。

 ただの惰性の人間関係。

 それじゃさよなら」


彼「待てよ!

 一人で勝手に完結すんな!

 本音を言えよ!」


女「・・・ごめん」


彼「今までずっと一緒だったんだ、そんな簡単に心を整理できねーよ!

 頼む待ってくれ!

 今まで何回もケンカしたけど、何回も仲直りできた。

 今回だって!!」


女「ごめんなさい。

  私、このまま日常に埋もれたくないの。

  アンタには本当、感謝してる。

  色々な思い出、くれた。

  でも、でもさ。

  私、もっと頑張らないと、一歩踏み出したいの。

  アンタとの日々は、なくてはならない日々だった。

  ・・・でももう色あせて朽ち始めてる。

  さようなら」


彼「おい、まて、まてよ、おい!」


○暗転

 のち明転

女一人板付き

男スポットライト

女:男=7:3くらいの注目度。



男N「女は別れた。

もう一年経つ。

女の中の「好き」という感情は消え失せていた。

それでも、それでも」


女「気持ちなんてとっくに整理がついてる。

また会ったって、辛いだけ。残酷な真実が待っている。

元にはもどれない。

何より、アイツに会わせる顔がない。


だけど声が頭から離れない。

どうしても、離れない・・・。

はなれないの・・・。


声が聞きたい。

一声聞けたら、安心する。

聞きたい。訊きたい!聴きたい!!

お願い、聞かせて!!

一回だけ、一言だけでいいから、言って!


・・・未練がましくて自分が嫌になる。


気持ち悪くて吐き気がする。

吐きたい!

この気持ちを吐きだしたい!!

もう、いやーーーーーーーー!!!」


○暗転


男N「女は気づくと、深夜の富士山を登っていた」



 $第四場$


○スポットライト1


男「もう10時を回ったか。

病院寄ってタクシー乗って走って、ここまでぶっ通しだからさすがに休むか。


あ、あそこにに山小屋がある。

(山小屋入場)

もう寝るか。

ていうか人あんまいないな」


○暗転

のちスポットライト2


女「もう22時。

あ、アニメの録画忘れた。

まいっか。

あ、仕事のメール出してない。

まいっか。

もう俗世は嫌になっちゃた。


あーあ、山はいいなあ。

地上はまだ暑いけど、山はやっぱり涼しい。

(山小屋入場)

あら、あそこの人、大丈夫かしら?」


○明転


男「あの」


女「ッ、はい?」


男「大丈夫ですか?」


女「え?」


男「いや、何か思い詰めていた顔をしてたから」


女「不思議。私も今全く同じことを言おうとしていました」


男「え・・・」


男女苦笑。


男「そんなに思い詰めた表情してました?」


女「ええ、まるで捨てられた子犬みたいな」


男「・・・」


女「ごめんなさい」


男「そういうあなたは、ペットが死んでしまったかのような顔をされてますよ」


女「・・・」


男「(咳払い)

 とりあえず、自己紹介。

 私谷原と申します」


女「私は須藤です。初めまして」


男「初めまして、須藤さん。

 今回は何人で登られれているんですか?」


女「1人です」


男「1人!

 私が言うのもなんですが若い女性一人で、危なくないんですか?」


女「それは・・・秘密です」


男「あ、すみません。話しかけるのご迷惑でしたか」


女「いえ、気にしないでください」


男「はあ」


女「ちょっと過去と決別したくて。 ほら、山って非日常じゃないですか

  日常のチマチマした嫌なことを忘れられる」


男「そう、ですね。決別?」


女「はい・・・少し」


男「あなたにも事情がおありなんですね」


女「うん(相槌)」


男「実は私も、実は距離を置きたいことがあってここへ来たんです」


女「そうなんですか」


男「はい、お恥ずかしながら」


女「なんか、奇遇ですね」


男「はい。

・・・よかったら、一緒に登りませんか?

その、登山は初めてで」


女「(訝し気な目)」


男「あ、ご心配なく!私には妻も子もいます」


女「ホントですか?悪質なナンパ、とかじゃないですよね?」


男「違いますって!

 勢いで山麓まで来てしまって、道中テキトーに服買って、準備もできてなくて不安で・・・」


女「そう、ですか・・・」


男「それに登山は、ええ、その、初めてで」


女「・・・分かりました。

 では僭越ながら、お供させて頂きます」


男「本当ですか!ありがとうございます!」


女「思ったより素直な顔されますね」


男「え、そうですか」


女「はい。

  待ち合せはいつにしましょうか」


男「明日の朝7時、山小屋の入り口でどうでしょう」


女「いいですね、明日朝7時、ここの山小屋の入り口付近で」


男「はい!よかったー」


女「そんな心配しなくても、大丈夫ですよ

  世界遺産に認定されてから登山者も増えてるし、初心者にもやさしいはずです」


男「本当ですか?」


女「本当に怖いのは冬。装備を間違えると冬の山は凍死します・・・。

  幸い、谷原さんは今回厚着だから大丈夫だと思います。それにその時期子の富士山は閉山してるから、今は安全、大丈夫ですよ」


男「それを聞いて安心しました。お詳しいですね」


女「私、結構登山は長いんです」


男「!それは頼もしい」


女「ただ、一人で登山に来たことはなくて、技術的には問題ないはずですけど、心細かったんです」


男「そんな、もっと自信を持ってください!始められて長いんでしょう?」


女「5年です」


男「十分じゃないですか」


女「うーん。

 私ってもともとアウトドアな方じゃなかったんです。

 外に出たがらず、運動も苦手で。

 引きこもってよくアニメ見てました。

 でも・・・彼が外に連れ出してくれて!

 最初に高尾山に登って、すごいキツかったんですけど、頂上からの景色見たら疲れ吹っ飛んじゃって、

 もう嬉しくって感動で!!

 もうハマりにハマって!!

 登山道具揃えていく中でドンドン、ワクワクして!!

 楽しくて楽しくて仕方なかったんです!

 仕事、あ私デザイナーしてるんですけど、どんどん調子が良くなって!!

 仕上がりもいいし、仕事もたくさんもらえるようになって!

 やっとデザイナーだけで食べていけるようになったんです!!!

 本当、アイツのおかげ。

 アイツには感謝・・・」


男「どうされました?」


女「・・・」


男「・・・」


女「(口を押えて)ごめんなさい」


男「大丈夫ですか」


女「少し気持ち悪くなっちゃって・・・」


男「水飲みます?」


女「あ、いえ、大丈夫、です・・・」


男「もう休みましょうか」


女「いいえ!話を、最後まで言わせてください!」


男「わかりました」


女「それで、色んなきっかけをくれた彼氏と、先月別れたんです。

 その、日常を浪費して、つまらなくなっていく人間関係が、怖くて」


男「そう、ですか」


女「今、気持ちの整理がつかなくて、山に逃げてるんです」


男「そうだったんですね・・・。

 すみません、嫌なことを思い出させてしまって」


女「いいえ、これを克服するための登山でもありますし、引きずっている自分の落ち度です」


男「まあまあ、5年も付き合ったのならショックは大きいでしょう」


女「大丈夫です」


男「あまり自分に厳しくしないで」


女「平気」


男「自分の感情から逃げると、辛いだけですよ」


女「うるさいなあ!!アンタに何が分かるのよ

ほっといてよ!私のテリトリーに土足で入ってこないでよ!!

なにいい人ぶって年下の小娘に講釈垂れてるのよ!

そんなに男の人は偉いの?家庭持ってれば威張れるの?

他人の問題に横から口出せるほど立派なの?

奥さんに捨てられた代わりを、私で埋めないでよ!」


男「いや。

 あなたが、あまりに辛そうだから」


女「ホンッット人の心が分からない人ね!

 ガサツなあなたには分からないでしょうけど、触れてほしくない問題だってあるの!

 解決しようとするだけが問題への向き合い方じゃないの!

 正しいことと善いことは違うの!!

 あんたにそこまで私を背負えるの!?

 仕事も家庭も投げ出してるあなたに!!」


男「おい、今何っつった。

 会社を捨てた?家庭を捨てた?

 フザけるな!!!

 俺は常に会社の利益を考えてるし、家庭の幸福を考えてきた。

 そしてそのために常に正しい選択をしてきた。

 だけどそれでどうなった?

 会社は俺を使い捨て、若い方をひいきした!

 こんなにも家庭に時間と労力を尽くしてるのに、まだアレをしろコレをしろ。

 俺にこれ以上何しろっていうんだよ!!!

 毎日毎時毎秒不満とグチを飲み込んで、自分を殺して笑顔を保つ苦労がお前にわかるのか!!」


女「は?自分を殺して?最低ね」


男「なんだと?」


女「自分を殺して、一体何のイミがあるのよ。

 会社でも家でも自分を殺してるの?

 そこまで逃げてるの?

 それじゃあなたがいるイミがほぼないじゃない」


男「違う!俺は会社と家庭のためを思って・・・」


女「それで自分を殺すのが、偽善の自傷行為だって言ってるの!」


男「何だと、この、未練がましい依存体質め!」


女「何ですって!この卑怯者!」


男「何だと!!」


○バイオリニスト:咳払い


男女「・・・。」


男「もう寝よう」


女「そうね」


○音楽

 いがみ合う二人を落ち着いて眠らせ、癒すような曲。

○照明変化

 深夜から朝が明ける様。


男「ん」


女「なんだ、いたの」


男「そりゃこっちのセリフだ」


女「・・・」


男「・・・」


男女「・・・」


男「昨日は、言いすぎたよ」


女「わ、私こそ・・・」


男「ともかく、一緒に行こう」


女「・・・そうね」


 $第五場$



○照明変化

 暗転中スポットライト1,2


男N「登りながら、徐々にとりとめのない話をし始めた。

高校の話、飼ってたペットの話、血液型の話」


女N「石に上り、坂を登り、空を昇る。

段々と、心がほぐれていく」


○照明変化

 朝から昼になる様。


女「改めて、おめでとう、娘さん」


男「あ、ああ。

  ありがとう」


女「ねえ、少しだけ、少しだけ昨日の話の続きしない?」


男「そうだな・・・。

 うん、そうするか。

 一言で表すと、自信がなくて逃げたんだ、今回の登山」


女「逃げた?」


男「ああ。

娘が生まれたのは今日・・・いや昨日か、の午後。

そして午前中は会社にいた。

奇しくもその日は後輩か私か、会社で下半期のチーム主任を決める日だった。

実力でも人望でも私が勝っていた。

でも違った。

選ばれたのは後輩だった」


女「それは・・・残念だったわね。どうして負けたの?」


男「私になくて彼にあったもの、それは志だと思う。

生活のため、と割り切って仕事する私に比べて、彼は輝いていた。

心の底から仕事を楽しんでいた。

私は、来るべきライフイベントをこなすために、会社で時間を浪費していたにすぎない」


女「浪費か・・・」


男「そんな、心もとない精神で、娘を育てられるのだろうか。

娘にちゃんとした名前を付けられるだろうか。

急に怖くなった」


女「・・・」


男「一人の大人をつくりあげることができるのだろうかと」


女「うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。

 あまり考えすぎない方がいいんじゃない?」


男「あっさりだな」


女「実際に問題起きないと分からないし。

それに、そこまで悩めるのなら十分本気だと思うよ」


男「いや、俺なんて、仕事に不満ばかりだ」


女「そりゃサラリーマンだもの。

  選べないことたくさんあるんでしょ」


男「そうだ。仕事も選べない」


女「選べない仕事でもちゃんとしようとするの、立派だと思うよ」


男「そ、そうかぁ。

改めて。

あんたは何故ここへ?」


女「”一言で表すと、”傷心登山。

1年前に失恋したんだけど、ずっと忘れられないの」


男「昨日のアレか」


女「そう。

  気持ちの賞味期限は切れてるし、また会っても何にもならない。

  分かってるの、自分が馬鹿だって」


男「・・・」


女「でも、どこかで相手が変わってくれているんじゃないか、いままでは全て幸せへのプロローグにすぎないんじゃないか、って思いたい自分がいる。

未練がましくて、自分が嫌になりそう・・・」


男「あんまり自分を嫌うなよ。うーん。

無理に気持ちを変えようとするから、そうなるんじゃないのか。

それだけ一緒の時間が好きだった、ってことだろ。

落ち着くまで、その心と向き合えばいい。そのうちいいことあるさ」


女「・・・。

ありがとう、そんな風に言ってくれるなんて、思わなかった」


男「中年のおっさんなめんなよ」


女「あげる」


男「なんだこれ」


女「アイツのウインドブレーカー。

 頂上は寒いから、これ着な」


男「いいのか」


女「いい。どうにか捨てるつもりだったから」


男「・・・そうか」


 $第六場$


○音楽

 昼から夕方まで日が暮れる様

 さらに二人が頂上に近づいていく様。

○照明変化

 深みのある紅と紫(藤の花的な)色



女「頂上ね」


男「ああ」


女「折角だからお酒飲む?

  ラフロイグというウイスキー持ってきたの」


男「飲もう。

  と、その前に。

 折角だ、写真とるか。

 スマホスマホ・・・。

え?」


女「どうしたの?」


男「部長からメッセージ来てた。

『谷原くん。


今回の案件、本当は谷原くんに任せようと思っていた。

でもよく考えたら奥さんの出産があるだろう。

初めての出産は大変だ、私の元部下を支えてやってくれ。


谷原君がしっかり教育してくれたおかげで、松江君にも十分力量はある。

今回は後輩に譲ってくれたまえ。

子育てにひと段落着いたら、今度こそ君の出番だ。


少年よ大志を抱け。

中年よ妻子を抱け。

なんちゃって!


五藤』


・・・」


女「よかったじゃん?」


男「なんだ、そういうことかあ・・・。




アー、つかれた」


女「大切にしなよ、自分が積み上げてきたものを」


男「(無言の首肯)。

結局、何だったんだろうな」


女「何が?」


男「生きる目的」


女「それってなくちゃダメ?」


男「ないと進めない」


女「へんなの。

山みたく、

『そこに人生があるから』

じゃいけないの?」


男「ダメ」


女「うわ、メンドクサ!!

自分がこれから何したいかなんて、普通わかんないよ。

いや、ゼッタイわからない。

自分に囚われないで。

何がしたいかじゃなくって、たまには誰にしたいか、で考えたら?」


男「誰・・あ。そうだな、それもいいかもな。

ところで、そう言うアンタはどうすんだ?」


女「しらない」


男「無責任だな、ハハハ」


女「悪い?」


男「悪いよ。

まだ若いんだから、もっと・・・いや違うな。

もう若くない。

責任を果たさなきゃいけなくなっていくんだから、自分だけの未来を作ったらどうだ?

自分がありのままでいられる場所を。

唯一無二のこの瞬間を生きて・・・」


女「あ、空がきれい」


男「おい聞けよ!!!

・・・。

ま、いっか」


女「(身じろいで)風が冷たい。

どうして夕暮れってこんな寂しいんだろう」


男「おい、既婚者の手を握るな。

指絡めるな」


女「すごい、夜空が墜ちてくる

藤の花知ってる?あの色みたい」


男「おい」


女「ごめん。

今この瞬間、私の横に居るのはあなた。

少しくらい甘えさせてよ。


ふぅー」


男「どした?」


女「実は、元カレから手紙が来てたの。

お酒飲んでバカになって、日本一の山の頂上で読もうと思ってた。

気持ちがぶり返したら、恐くて」


男「しょうがねえな、一緒に読むよ。

そのあと乾杯だ。

スマホで照らせばいいか?」


女「うん、お願い。


(一呼吸分フルで声を出して)

あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。


緊張する。

だって5年。

5年ずっと一緒だったのよ!」


男「そうだな」


女「でも、ね。

 前に進まないと」


(手紙を開く動作)


え?」


男女「


『XXXXX』

ア、ハハハハハハハハハハ」


女「うわ、好き勝手に振り回されたのに、コイツ。

とんだドマゾや・・・」


男「よくがんばったな」


女「ここで泣いたらダメ・・・」


男「大丈夫か?」


女「うん。

大丈夫。

平気!

なんか安心しちゃった。


今日、この瞬間。

藤色の空の下、富士山の頂上で、二度と来ない今に。

あなたといれてよかった」


男「詩的表現だな、さすがデザイナー・・・・・・・・・・・・。

あ」


女「(はにかんで)何?」


男「決まった」


女「ん?」


男「娘の名前」


女「名前は?」


男「谷原」


女「谷原」


男「フジ」


女「谷原フジ。フジちゃん。

いい名前。

でもいいの?」


男「これ以上悩んだって仕方ない。

これがしっくり来るんだ。」


女「大人になったら・・・フジさんね」


男「フジさんを育てるには、俺自身が富士山にならないとな。

 もう迷わない。

 俺は俺のすべきことをする。

 当面の俺の、人生の目的だ。

 (張り切って)いくぞー!!」


女「それじゃあお互いのわだかまりが解決したということで!」


女、グラスを渡し注ぐパントマイム。


男「輝かしい未来に!」


女「大切な想い出に!」


男女「乾杯!!」


○音楽


$了$

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