第11話:研究所の正体

 静と共に研究所の秘密エリアに侵入した部隊の片方は、静の指示通り、研究所の捜索に当たっていた。静から怪しい場所の捜索を命じられその部屋があるとされる扉の前に到着した。

 別動隊の隊長を任されたカイは残りの4人と共に突入の準備にあたる。


 「上からは見えたんだよな・・・」


 入り口の前には窓一つなく、無機質な廊下が広がっている。上と下で歩く人間が違う。そういう事だろうとカイは考える。上の廊下を歩くのはある程度立場のある人間。メインは恐らくこっち側。

 まだ気になる事はある。侵入してからそこそこ時間は経過している。最初こそ、迎え撃つ存在が居たが、それ以降は殆ど無い。部長である静の方には人が現れたが、自分達の方には来ていない。それが、カイには不思議でたまらなかった。


 「カイさん、扉開きます」

 「おし、全員気をつけろ」


 扉の両側に身を寄せ、中からの攻撃に備える。報告の時点では人が居なくても、今は違うかも知れない。万が一は常に考える。それが静の教えでもある。

 パスコードが認証され、自動扉が開かれる。中からは何の反応もない。中には、寝台の様な物が数台と複数の計器。それに薬品だ。一見すれば処置室とも見えるが、明らかにそこには不要の物が幾つかあった。


 「カメラが無いな」


 室内をぐるりと見渡したカイが、この部屋の不自然さを口にする。カメラが無い、それのどこが不自然なのか。これが普通のまともな場所の一室であれば不自然ではないのかも知れない。だが、ここは違う。こういった違法な場所では、嫌と言う程カメラが設置されている事が殆ど。実際、他の場所を捜査した時はその数多くのカメラが証拠になるので捜査員としても非常に助かっている。

 だが、この施設には、入った時からカメラが少ないのだ。まるで、必要ないと言わんばかりに。若しくは、あると困るのか。


 「ええ、ここへ来る途中の通路も、数は多くありませんでした」

 「カメラ以外の方法で監視してるのでしょうか?」


 だとしたら何か。

 重量センサー、赤外線、サーモセンサー。考えればきりがない。だが、ここに入れた時点で今の三つは除外できる。スイッチが切れていた、と言う状況を除けば。

 となると、残される可能性は一つに絞られる。


 「――っまずい、全員外へ出ろ!」


 カイの声に疑問一つ持たずに5人全員外へ出る。直後だった。


 ギュイーーン、ドン!


 甲高い音、何かを溜めるような音がした。そして、部屋が爆発した。

 発動したのは、魔法。高濃度に圧縮したエネルギーを瞬時に放出するタイプの高度な魔法だ。

 間一髪のところで逃げることに成功したカイ部隊。すぐにこの事態を静に報告する。罠の事と、重要な証拠が破壊された事を。


 「滝本部長、こちら第2班。応答願います」

 「こちら滝本。どうした?」

 「先程言われた怪しい部屋を捜索したところ、爆発しました」

 「やはりか。振動はこちらでも感じた。状況は?」

 「負傷者は居ません。証拠となりそうな物が数点吹っ飛んだかと」

 「問題ない。こちらで、幾つか資料を押収した。そのまま捜査を続けてくれ」

 「ひょっとしたら、至る所に罠、若しくは遠隔で操作可能な仕掛けがあるかも知れません。十分ご注意を」

 「了解。そちらも細心の注意を払え」


 通信を終え、カイ達は爆発した部屋の捜索に戻る。その際、カイ達は持っているバッグからゴーグルを取り出す。このゴーグルは、魔法や特殊能力で仕掛けがされている場合、それが見えると言う代物。


 「全員ゴーグル着用。上下左右、あらゆる方向に気をつけろ」


 まずは、使用された魔法の特定から始める。持ち込んだ機器を使えばどんな種類の魔法や能力が使用されたのかが判別できる。この危機は、広域時空警察が独自に開発した物。この機器が生まれてから、広域時空警察の捜査能力は格段に向上した。今では、一般警察にも導入されるほか、改良も行われ警備システムとしても運用されてる。

 ゴーグルを通して見えたのは、仕掛けが発動した痕跡だった。


 「どうやら、人の体温に反応するタイプの仕掛けですね」

 「人の体温?」


 カイは顎に手を当て考える。この仕掛けが常備されていたのなら、稼働してる時点で発動してしまう。つまり、仕掛けられてからそんなに時間は経過していない。


 「使用されたのは魔法か?」

 「はい。かなり高度な物と思われます。術式も複雑ですし、幾つかある魔法世界の研究機関に協力を仰ぎますか?」

 「それは後で考えよう。とりあえず、他の捜索を続けよう」


 簡単に調べ、部屋を後にする。他にも調べなくてはならない事が山ほどある。

 一つ一つの部屋をしらみつぶしに調べて行くが不気味なほどに人が居ない。その事が、隊員達の頭に嫌な考えを過らせる。


 「いくらなんでも人が少なすぎません?」

 「ああ。少し前の部長の戦闘を最後に音沙汰ねぇ」

 「逃げられた。そう考えた方が良いのでは?」

 「・・・」


 本当に逃げられたとなれば、かなり取り返しのつかない事態になる。今日はただでさえ、大事の事故が発生している。部長である静はこの事件を早期解決することで、どうにかしようとしている。それは、カイにも分かる。それに、事前に上がった情報が通りなら、一刻を争う。その事前の情報は、この場所で正しい事が証明された。その事を議論しようとは思わない。

 逃げられたのだとしたら、一体いつなのか。


 「第2班、応答せよ」

 「こちら第2班」

 「そっち、誰かと会ったか?」

 

 声の主は静。


 「いえ。警備員、研究員、その他1人も見当たりません」

 「こちらも同様だ。誰かが居た痕跡はあっても、人気がない。どう思う?」


 静は質問を投げかける。通信で話すカイと、質問をした静の頭には同じ結論が浮かんでいた。


 ――取り逃がした


 静の部隊がここへ侵入する少し前の事だ。この研究所の所長を、所長室で拘束したと通信があった。その時に、ここに居た人間の多くはどこかへ逃げた。恐らく、被害者とされる人間も連れて。

 余程大きな犯罪を行っているのか、利用価値が高いのか、置いて行くと言う選択肢は無かったらしい。


 「最悪の事態を考えるべきかと」

 「そうだな・・・」


 5秒程の沈黙の後。


 「一度集まろう。場所はそこから2ブロック行ったとこに階段がある。そこで」

 「ラジャ」


 通信を終え、カイ達は指示された階段を目指す。道中に仕掛けられた罠に警戒しながら。地下構造物である故、必要以上の罠に掛かると、最悪崩壊しかねない。それでも、のんびり歩いてる時間は無い。隊員達に緊張が走る。

 通路を抜け階段を上がった場所で静の部隊と合流するカイの部隊。


 「全員居るな?」

 「ハッ」


 合流したカイの部隊の隊員全員が敬礼で応える。


 「先程地上部隊より、制圧した所長室のパソコンのデータが送られてきた。見てくれ」


 静は隊員たちの持つ端末に、送られてきたデータを転送する。送られたのは、この研究所の本当の施設図。

 全容は地上8階、地下6階の構造。公になってるのは地下3階まで。

 地上部分に関しては、公になってる通り。しかし、地下は違った。今静達が居るのは地下4階部分。先程爆発したのは地下5階部分にあたる。他にも、この敷地の建物全棟分の図面が送られてくる。


 「ここが例のコンピュータールームですね」

 「ああ。サブコンピュータールーム自体は普通の機器と一緒なのか?」

 「もしくは、あえて他の機器と一緒にしてるか、ですね」


 ただの点検に武装した警備員を連れ歩くほどなのに、何故一般職員の目に付く場所を選んだのか。


 「木を隠すなら森の中。機械を隠すなら、機械の中、と言うわけか」

 「だとしたら、浅はかではありませんか?」

 「何がだ?」


 ラディッシュが疑問を呈す。


 「武装した警備員を連れ歩く事です。おまけに、侵入が見つかった後、平気で銃撃戦になってます」

 「それは恐らくサブコンピュータールームが別棟なのが理由ね」


 現在現場対処に当たってる研究所は全4棟から成る。そのうち、今居るのがメインとなってる1号棟。静が他の棟よりも、この1号棟に力を注いだのは、割と単純理由だった。他の棟の明かりが消えていたから。

 もう一つ理由がある。それは、強制捜査の表向きの目的。今回の現場対処の目的は、違法武器の所持である。そのため、大人数且つ大胆な捜査を行えない。


 「立ち入りの制限はどうなってる?」

 「入れるのは所長以下、限られた者達だけの様です。特に一部区域は、所定の研修を終了してないと立ち入れない区域の様です。これは、各世界共通の物ですね」

 「なるほど、そういう場所なら一般研究者は早々居ないだろうな」


 静は端末の図面の一ヵ所に赤い目印をつけた。


 「予定を変更する。先に、違法装置の押収を行う」

 「それは・・・」

 「先に逃げ道を抑えた方が良いだろう。すぐに応援も呼ぶ」


 全員が無言で頷く。


 「待機中の第一級・第二級犯罪対策室に告ぐ。各員の端末にこの研究所の図面を転送した。確認の後、地下4階から地下6階の捜索に当たれ。以上」


 通信を終え、静達は研究所の奥へと向かう。

 目指すのは最下層の地下6階、制限区域とされる場所。そこには、危険を知らせるマークがされている。おそらく、そこに違法の空間移動装置がある。


 「止まれ!」


 地下5階の通路進んでいた時だ。静が部隊を静止させる。装着したゴーグルから、魔法による仕掛けが見えた。

 すかさず静は所持している無効化球を投げつける。投げられた球は仕掛けの魔法に反応し結界の様な空間を生み出す。部隊はその中を走り抜ける。

 ここに居た人間たちは慎重なのか、それとも逃走を優先したのか。広域時空警察自体を封じ込めようとはしてない。連絡では、1階には多くの職員や研究員も居たと言う。それこそ、武器を所持した。まるで反対に見えるこの違和感を抱えながらも目的の場所を目指す静。


 「この先ね」


 地下6階にある扉の前に立つ。この場所は入り組んだ通路の奥にあり、まさに最深部と呼ぶに相応しい場所にあった。扉には危険区域を示す大きなマーク。少ない監視カメラも、この扉の周りには複数あった。

 扉はかなり重厚な作り。中から危険な物が漏れ出ない造りになっている。


 「扉はうちと同じように見えますね」 

 「そうね。恐らく空間移動による衝撃によって、余計な物が漏れ出るのを危惧したのね。バレる、と言う意味で」


 扉を開くためのパスコードを解析して行く。専用の機器を繋ぎ、設定されたパスコードを打ち込む。

 パスコードを打ち込むと、警報音とランプが点滅し、扉が開かれる。完全に扉が開くのを待ってから、中へ入る。

 そこには、人こそ居なかった物の確実に違法とされる物が佇んでいた。


 「ありましたね」

 「あぁ」


 証拠となる物は見つけた。それでも、静の表情は浮かないまま。

 

 「こちら滝本。捜査中の第一・第二報告を」

 「こちら第一、ゴルド。地下5階の部屋にて、状況のリストと思われる物を発見」

 「同じく第一、ラフィセル。地下6階にて監禁場と思われる場所を発見。人は居ません」

 「こちら第二、ナジャ。他の関連施設と思われる資料を発見」


 続々と報告は上がって来るが、肝心の物は出てこない。完全に後手に回った。その結果、みすみす取り逃がす結果となってしまった。

 静は、今後の方針を練り直すのと、現時点における報告、さらに今回の事態における応援要請を行う為一度戻る決断をする。


 「了解。私は一度本部へ戻る。引き続き捜索続行を命ずる」


 通信を終えた静は隊員にこの場所の捜査を任せると、隊員の1人であるクックを連れて地上の駐車場へ帰還する。

 駐車場には既に多くの捜査車両が連なっていた。違法武器の所持と使用により、研究所に大規模な捜査が行われている。所長含め、研究員、職員の逮捕者も続出している。


 「お疲れ様です」

 

 静の帰還に気付いた捜査員が敬礼する。静もそれに敬礼で返す。

 

 「状況は?」

 「はっ。違法武器に関しては所持を概ね認めてます」

 「だろうな。下の事については?」

 

 肝心なのはそっちだ。


 「そちらにつきましては、認知している者が少ないですね。先程拘束した研究所の所長も口を割りません」

 「電子機器の解析にどれくらい時間かかる?」

 「今起こってる事態を鑑みて、丸2日はかかるかと」


 現在『タイタン』にある本部ではティアの捜索に人員が割かれている。他の支部には空間移動の監視を依頼中。まだ、依頼できる箇所は残されているが、そこにもこれから依頼を行いに行くところ。


 「で、空間移動の波動の方は?」

 「それが特に何も観測できなかったと」

 「なんだと?」


 それはおかしい。そう思いたくなるが、静は先程の報告を思いだす。


 「関連施設」

 「は?」


 静の呟きが聞えたのか、聞いていた捜査員が聞き返す。


 「ここは中継点なのかも知れない」


 この事件、思ったより大事になるかもしれない。もしそうなら、すぐにでも次の行動を起こす必要がある。捜査員もかなりの数を動員することになる。

 事は『タイタン』のみでは片付かないかも知れない。

 この事件の背後には大きな犯罪組織が潜んでる。そんな事さえ感じた静。


 「第二種武器所持による現場対処は一度終了とし、以後は事後捜査とする。状況についても引き続き第一・第二で捜査続行。第一捜査課も、引き続き捜査続行。以上」


 静は通信で指示を出すと、急いで本部へと向かった。


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